浚渫船/葉山嘉樹=ケーキみたいな甘いことを言うからうっかり呑み込んじゃいそうになる。

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

浚渫船-葉山嘉樹-イメージ

今回は『浚渫船しゅんせつせん/葉山嘉樹』です。

文字数5000字ほど。
狐人的読書時間は約16分。

浚渫船は河川の土砂をさらう船のこと。

イライラしてると甘いものが欲しくなったり、
つらいときには誰かにやさしくしてほしかったり。

ところどころで共感できるプロレタリア短編小説です。

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

浚渫船しゅんせつせんは河川や港湾の土砂をさらう船。土砂が水底に溜まって水深が浅くなると、船の通行や停泊に支障をきたすため、浚渫という作業が必要になる。

夜明けの頃、「私」は同僚とともに船を降りた。「私」は、けがをした足の痛みが堪えられなくなってきて、次第に自暴自棄な気分になってくる。いよいよ感情が昂ってきて、荷物を運河に放り込んでしまった。

同僚が「私」をなだめるも、どんどん「私」は興奮していく――どうせ俺たち労働者は使い捨ての道具に過ぎない、仕事中に負ったけがの補償はない、裁判を起こしたところで相手は何億という資本金を持つ会社だ、五年十年と引っぱられればその間どうやって食べていく? 呪ってやる。労働者には呪うことしかできない。

同僚はそんな「私」を置いて先に行ってしまう。小説の美しいヒロインも手を差し伸べてはくれない。他の船の上の船員が「私」を見つけて快活に笑う。あんな船に乗っているくらいならクビになった方がマシだ。けがさえなければ、たしかに言うとおりかもしれない。だが「私」は懲戒下船の手続きをとられたばかりで、一銭の障害手当さえもらえていない。

――遊んでちゃ食えないんだ。だから働くんだ。働いて怪我をしても、働けなくなりゃ食えないんだ!――

「私」は一つの重い計画を、放り出した荷物の代わりに背負って、折れた歯のように疼く足で、桟橋へと引き返した。

狐人的読書感想

浚渫船-葉山嘉樹-狐人的読書感想-イメージ

言うまでもなく(だけど言う)葉山嘉樹さんのプロレタリア小説です。

仕事中にけがをして、(それが原因なのかは明記されていませんが)働いていた船をクビになってしまい、下船した直後の「私」の、徐々に昂っていく心情が克明に描かれていて、随所に共感を覚えるところがあります。

冒頭、「私」をなだめる同僚の言葉が「栗きんとん」のように甘く聞こえる、といったような描写があるのですが、これはいまの「私」が滅茶苦茶に甘いものに飢えていて、だからついうっかりその言葉を呑み込んでしまいそうになったというのですが、なんだかわかるような気がしました。

イライラしてると甘いものが欲しくなる、みたいな(状況が深刻過ぎるので、ひょっとしたら違うかもしれませんが)。

ちょっと話が逸れますが、イライラしてると「糖分が足りてないんじゃない?」みたいなことを言われることもありますが、糖分を甘いもので補う必要はないんですよね。ご飯とかの炭水化物も突き詰めれば糖質になるわけですから(糖質制限ダイエット)。

甘いものにはたしかにストレス軽減効果があるようなのですが、依存性もあるようです。(依存と言うとちょっと怖く感じますが)なので一度食べると習慣的に甘いものが欲しくなるのはこのせいのようです。

糖分は頭の働きにも大切とか言われていますが、炭水化物など別の食物から摂れているものなので、とくに食べる必要のないものですが、どうしても欲しくなってしまうものですよねえ……。

――というあたり、ダイエッターの方などは共感できるところではないでしょうか(これを言わんがためにずいぶんと横道に逸れてしまいました)。

自暴自棄になって、荷物を運河に投げてしまって、いろいろわめいてその場にへたり込んでしまう「私」ですが、さまざまな考えが頭を巡り、あれこれ言ってくる同僚を疎ましく思いながらも、肩に手を触れてくれるのを待っている場面があります。ここもわかる気がしました。

なんやかんや言ってもつらいときは誰かにやさしくしてほしい、みたいな。

だけど「私」が五分間待っていても、同僚は手を触れてはくれず、待ちきれなくなってさっさと先に行ってしまっていたのは切ないです。

……まあ「私」が甘えているだけだと言われてしまえばそれまでなのかもしれませんが。さらに仕事の同僚にこれを求めるのもお門違いな気もします。きっと家族や友人、恋人だって、求めるときに求める慰めを与えてくれるとは限りませんよね。

ちょっと寂しいようにも思いますが、人間の孤独というか、現実を見たように思ったところでした。

私を通りすがりに、自動車に援け乗せて、その邸宅に連れて行ってくれる、小説の美しいヒロインも、そこには立っていなかった。

――という部分はさすがにヒロインちっくな感傷に過ぎるだろ、と思わずツッコミを入れたくなってしまいましたが(笑)。

とはいえ実際、仕事をクビになったばかりで、おまけに足をけがしていて、一銭の傷害手当もなく(おそらく退職金もない)、これからどうやって生きていけばいいのかわからないような状況の人を目の前にして、さすがに上のようなツッコミはできないでしょう。

裁判を起こそうにも、大きな資本金を持つ会社を相手に、何年も戦い抜くだけの裁判費用を負担することは、やはり一般人には難しく、そのことは現代においても変わらない真理のように感じました。

弱者のための社会とはいっても、「所詮この世は弱肉強食」というのが真理だとすれば、そんな社会の到来は難しいことなのかもしれません。

労災については、いまではさすがにここまでひどくないでしょうが、退職金については非正規雇用が増加する現代において、ちゃんともらえるのかどうかわからない(てかもらえない?)、という方も少なくないのではないでしょうか?

この読書中ふと、会社というものは、社員が不満を持たないように、最大限利益を吸収する機関であるかのような印象を持ちました。

そこに人と人との感情的なやりとりはなく、人が不満を持たないギリギリのバランスを調整するシステムが、重視される社会になっているのではないかと。

それがいいことなのか、悪いことなのかはわかりませんが。

非正規雇用であれば会社への帰属意識は低く、言われた仕事をただ淡々とこなして定時になれば帰る。会社の飲み会やイベントなんかには絶対参加しない。

こうした現状を、非正規雇用化する社会が生み出したのか、あるいは個人主義化する個人が生み出したのかもまたわかりませんが。

プロレタリア文学といえば、労働環境の整っていなかった昔のこととばかり思って読んでしまうのですが、読み終わってみるといつも現代の労働環境について思わされるところがあります。

最後のところで、「私」は「一つの重い計画」を背負って、桟橋へ引き返していくのですが……、何をしようとしているのか気になるところです。

よからぬことにならなければよいのですが……(はたして)。

読書感想まとめ

プロレタリア文学といえば昔のことなのかもしれませんが、読むといつも現代の労働のことを思わされます。

狐人的読書メモ

浚渫船-葉山嘉樹-狐人的読書メモ-イメージ

所詮この世は焼肉定食。美味ければ繁盛し、不味ければ潰れる。

・『浚渫船/葉山嘉樹』の概要

1926年(大正15年)『文芸戦線』(9月号)初出。葉山嘉樹のプロレタリア小説。著者自身、讃岐丸で船員生活を送っていた。その頃のことをモデルにした短編小説。

以上、『浚渫船/葉山嘉樹』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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