狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『算盤が恋を語る話/江戸川乱歩』です。
文字数8000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約22分。
人生で一度も恋をしたことがない、
世にも内気な青年Tが、
会社の後輩女子社員に、
暗号を使って想いを告げる!
結果やいかに……。
草食系男子と思わせ女子のミステリー・ラブコメ。
未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
狐人的あらすじ
もうすぐ三十、一度も恋をしたことがない、どころか、女の子とまともに話をしたことさえない、世にも内気な青年T。
そんな彼にもいよいよ恋の予感。
お相手は会社の同僚、Tが働く会計部で、隣の席のS子。
どうにか想いを伝えたい――Tはある暗号を考えつく。
『十二億四千五百三十二万二千二百二十二円七十二銭』
早朝、Tは誰よりも早く出勤して、彼女のデスクの算盤を取って、その数字を弾いては、机の上に出しておく。
それを毎日繰り返した。
なかなか気づかないS子。しかしそのうち、退社時ちゃんと片付けたはずの算盤が、毎朝机の真ん中に置かれていることに不審を抱き、あるときは「十二億四千……」と、その金額を読んでいる。
ある日、いつもより長く算盤を見つめていたS子が、ハッとしてTのほうを振り向くと、パッタリ目が合う二人。赤面して視線を逸らすS子の様子に、Tは彼女がすべてを悟り、自分の想いが伝わったことを確信する。
Tの考え付いた暗号とは、ひらがなの五十音を数字に変換したもの。
すなわち、『十二(12)億』は一行目(あ行)の第二字『い』となる。同じように『四千五百』は四行目(た行)の第五字だから『と』。『三十二万』は『し』。『二千二百』は『き』。『二十二円』も『き』。『七十二銭』は『み』。
いとしききみ(愛しき君)。
Tはさらなるメッセージを算盤の暗号に託し、
『六十二万五千五百八十一円七十一銭』
ひのやま(樋の山遊園地――デートの待ち合わせ場所を示す)。
数日後、機は熟したと見ると、
『二十四億六千三百二十一万六千四百九十二円五十二銭』
けうかへりに(今日帰りに)。
その日、退社したS子の机の上に、あの算盤が置いてある。
『八十三万二千二百七十一円三十三銭』
ゆきます。
行きます!
Tは事務室を飛び出すと、息を切らせて樋の山遊園地へと駈けつける。
しかし、いつまで待ってもS子が来ない。
二時間後、Tの頭の中に、あるとんでもない考えが思い浮かぶ。大急ぎで会社へ引き返し、S子の机の本立てにある原価計算簿を取り出して開く。
そこに記入されていた数字は――
『八十三万二千二百七十一円三十三銭』。
なんたる奇跡。
……S子は少しも気づいていなかったのだ。
狐人的読書感想
『十五億七十五万三千二百九十五円十二銭』
おもしろい。
――と感じましたが、いかがでしょう?
前回読んだ『日記帳』も暗号もので、恋をする内気な弟が出てきて、最後は誰も救われなお話でしたが、『算盤が恋を語る話』は滑稽味溢れるオチで笑えました(笑ったら失礼なのですが)。
『日記帳』の弟と『算盤が恋を語る話』のT。
両者に共通しているのは、とても内気な性格であること、恋をしていること、その想いを暗号で伝えようとする着想、そして、その暗号がまったく相手に伝わらないこと。
「その暗号、誰も気づけないよ!」
と、
前回同様のツッコミをTにも入れたくなりました。
本作で用いられた五十音図を使った暗号、単純なものなのでわかりやすいようにも思うのですが、しかしながらこれ、ミステリー小説と疑って読むからわかるのであって、日常で使われたら、たぶん気づけるひとってかなり少ないように思います(日常の中に暗号が隠されていると思って生活してるひと、いませんもんね)。
その意味で、S子がTの想いに気づかなかったのは当然の帰結なのですが、長いこと机の上の算盤を見て考え込んで、ハッとして目が合うと赤面して視線を逸らしたり、算盤を出していたのがTだと気づいて確認したり――たしかに思わせぶりな振る舞いをしているのもまた事実。
……S子はひょっとして思わせ女子?
――とか思ってしまったのは僕だけ?
ちなみに、『思わせ女子』とは、思わせぶりな態度を取って、周りの男性を勘違いさせてしまう女子のことですが、まわりにそんな女子はいませんか?
小悪魔系とか言ったりもするのでしょうか、その行動はだいたいパターン化されていて、LINEやメールの返事をまめにしてくれたり、「好き」(ライクのほう)という言葉を頻繁に使ってきたり、じっと目を見てきたり――といったことが挙げられるようです。
本人としては、すぐに返事を返したり、目を見て相手の話を聞くのは礼儀だし、素直に相手のことを友達として「好き」と口にしているだけなのだそうですが、これに男子は、結構勘違いしてしまうのだとか(心当たりのある方はご注意を!)。
逆に、勘違いした男性がストーカー化することもあるので、思わせ女子はその点においても注意が必要みたいですね。
まあ、作中のS子の場合、思わせ女子なのか否かは微妙なところではありますが(Tの一方的な勘違いとも受け取れますよね―――としか受け取れない?)。
S子がTにまったく気がなかったとしたら、会社の先輩が毎朝早く出勤して、ちゃんとしまっておいたはずの道具を机に出されている気分って、どうなのでしょうね?
不気味で、それこそストーカーに思われても仕方ない気がしてしまいます。
とはいえTの気持ちもわからなくはない――
てか草食系男子とかいわれる現代、共感できるひとは、当時よりも多いのではないでしょうか?
「そうですか。今度のは大分大仕事ですね。でもうまいもんですよ。そいつを倍にも売りつけるんですからね」
ああ、おれは飛んでもない下品なことをいってしまった。Tはそれに気づくと思わず顔を赤くしました。この普通の人々には何でもない様なことがTには非常に気になるのです。そして、その赤面した所を相手に見られたという意識が、彼のほおを一層ほてらします。
うっかり恋を打あけて、もしはねつけられたら、それがこわいのでした。臆病でいながら人一倍自尊心の強い彼は、そうして恋を拒絶せられた場合の、気まずさはずかしさが、何よりも恐ろしく感じられたのです。
――以上は、Tの内気なパーソナルが、非常によく伝わってくる描写でしたが、この辺り、僕も共感できる部分がありましたが、どうでしょう?
その意味で、算盤という古い道具がテーマとなった作品ですが、どこか現代的な雰囲気のある小説だと感じました。
タイトルだけ見ると『算盤が恋を語る話』、やはり「算盤」という字から古風な感じを受けて、とても秀逸なものに思えますが(惹かれるタイトル、タイトルのいい小説はいい)。
そんなわけで、S子とTの想いの齟齬、「算盤」と「思わせ女子」「ストーカー」「草食系」などの雰囲気の齟齬が、狐人的におもしろい作品でした。
――ところで。
じつは、S子は暗号には気づいていなかったけれど、Tのことは憎からず思っている、という可能性はありませんかね?
すてきな(?)後日談を期待してしまうのですが……。
もしくはTのストーカー的行為に耐えかねたS子が、上司にそのことを相談して……、といった可能性のほうがありうるのでしょうか?
たしかに不気味で遠まわし(過ぎる)とはいえ、自分の想いを相手に伝えようと努力しているTの姿は、草食系男子全盛の時代、あるいは絶食系男子が増加している現代だからこそ、評価されてしかるべき姿勢だと思えるのですが、はたして……。
読書感想まとめ
草食系男子と思わせ女子のミステリー・ラブコメ。
狐人的読書メモ
僕はTを応援します!
・『算盤が恋を語る話/江戸川乱歩』
1925年(大正14年)4月、『写真報知』にて初出。江戸川乱歩初期短編。
以上、『算盤が恋を語る話/江戸川乱歩』の狐人的な読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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