狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『妖氛録/中島敦』です。
中島敦の『妖氛録』は文字数5000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約19分。
これは傾国の美女の物語。
夏姫は悪女か悲劇のヒロインか。女か母か。
はたまた美魔女か白狐か?
……サキュバスじゃないよね?
最近サキュバスが出たアニメといえば……
続きはブログで!
未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
狐人的あらすじ
中国春秋時代。鄭の夏姫は美しかった。隣国である陳の貴族御叔に嫁いだ。やがて御叔が亡くなった。夏姫は陳の君主霊公と情を交わした。また他の貴族孔寧と儀行父とも同様だった。三人は互いにそのことを知っていたが、嫉妬はなく、むしろおもしろがっていた。
夏姫と御叔の子徴舒はそれに耐えられなかった。君主である霊公を弑した。孔寧と儀行父は楚へ逃れた。当時の慣わしとして、一国に内乱が起こると、それを鎮圧する名目で、他国の侵略があった。動いたのは楚の荘王だった。徴舒は捕らえられ処刑された。
荘王は夏姫を妾にしようとしたが、臣下の巫臣の諫言によってこれを諦めた。すると今度は将軍子反が夏姫を娶ろうとする。巫臣はこれをも諫めた。結局、荘王は老いた臣下の襄老に夏姫を与える。襄老が戦で亡くなると、その息子の黒要が夏姫を妾にする。
荘王と子反に夏姫を断念させた巫臣。じつは夏姫を狙っていた。しかし状況的に楚で夏姫を娶るのは困難だった。巫臣は一計を案じてまず夏姫を故郷の鄭に帰国させた。荘王が亡くなってのち、楚と斉の同盟の使者となったことを機に、巫臣はその任を放棄して夏姫のいる鄭へと奔った。
その後、巫臣は夏姫を連れて晋に亡命、官職を得て落ち着いた。夏姫を巫臣に横取りされた子反は激怒し、巫臣が晋で仕官できないよう策動するも、それは失敗に終わる。怒りの収まらぬ子反は、楚に残っていた巫臣の一族を根絶やしにする。
これを聞いた巫臣は、復讐の書簡を子反に送り、晋と呉に国交を結ばせ楚を挟撃する。この戦で子反は失態をさらし責任を取る。巫臣の復讐はここになった。
晩年まで巫臣は夏姫の不貞を疑ってやきもきさせられた。自分の息子たちでさえ疑わざるを得なかった。
50に近づいても美しい白狐のようなあの女はいったい。自分は夏姫を手に入れたと思ったが、はたして本当にそうだったのか。自分をはじめとする男たちも、また夏姫も、ばかげた踊りを踊らされていたに過ぎないのではないか……。
踊らせた繰り手の心がのり移ったように、彼はしまりもなくゲラゲラと笑い出した。
狐人的読書感想
妖氛録(ようふんろく)。タイトルからして読めない漢字で、中身もやはり漢字が多く、とくに固有名詞が読みづらく、だけど内容はおもしろいので、ぜひ読んでほしいと思うのですが、以上の理由からおすすめしづらく(だけどやっぱりおすすめするわけなのですが)。
(▼タイトルが読めない!)
夏姫――やはり傾国の美女として有名な方のようです(僕はこの度初めて知りましたが)。「もう五十に近い筈であるのに、肌は処子の様な艶を有っている」とありますから、現代でいうところの「美魔女」ということでよろしいのでしょうか?
ちなみに、「美魔女」という言葉を生んだファッション雑誌『美STORY』によれば、美魔女の定義は以下のとおり。
- 年齢という言葉が無意味なほどの輝いた容姿
- 経験を積み重ねて磨かれた内面の美しさ
- いつまでも美を追求し続ける好奇心と向上心
- 美しさが自己満足にならない社交性
これらを備えた「エイジレスビューティー」を美魔女と呼ぶのだそうです。「年齢を感じさせない若さを保っている大人の女性」の意味で使われることも多いようなので、この意味で夏姫は美魔女といってよさそうですが。
上で示したように、美魔女の要件として「内面の美しさ、好奇心と向上心、社交性」などが挙げられていますが、『妖氛録』で夏姫のキャラクターはまったく描かれていません。
主人公というよりは、舞台装置の一部という感じがします(その意味でこの物語の主人公は巫臣といえるのかもしれませんが、それでもやはり夏姫の印象が強く残り、やっぱり夏姫が主人公?)。
なので、欲深く自分勝手な男たちに翻弄されて、かわいそうな気もするのですが、作中の夏姫は超然として彼らを受け入れているので、そういった感情もあまり湧いてきませんでした。
現実の歴史上の意見も分かれているようで、「男たちを手玉に取った悪女」という見方もあれば、「運命に翻弄された悲劇の女性」とされることもあるようですね。
調べてみると、作中になかったエピソードとして、夏姫はまだ10歳のとき、異母兄弟に目をつけられていたのだとか。なんか東野圭吾さんの小説『白夜行』の雪穂を思い起こしてしまいましたが。
陳の貴族である孔寧と儀行父にその身を委ねたのは、息子の官位を保つためだったともあるので、この話を聞くと、やはり運命に翻弄された、我が子を愛する母性を持った、一人の女性だったのかもしれません、とか思ってしまいます。
夢のなかで仙人に会い、男の精気を吸う術を学び、だから美魔女たり得たという伝説もありました。まあ、これはただの伝説でしょう(きっと?)。
(白狐のような夏姫も所詮は操られたにすぎぬのだ)
上の伝説から、僕などは「サキュバス」などを彷彿とさせられてしまいますが、引用のとおり、中島敦さん(作中の巫臣)は夏姫を「白狐」にたとえていて、(勝手に)狐人を名乗っている僕としてはかなり興味を引かれてしまう描写でした。
(全然関係ありませんが、最近のサキュバス登場作品といえば、『亜人ちゃんは語りたい』とか、『この素晴らしい世界に祝福を!』とかを思い浮かべてしまいますね)
実際北極地域には、ホッキョクグマならぬホッキョクギツネ、という真っ白な狐が生息しています(ちなみに「白狐」は「びゃっこ」「はくこ」「しろぎつね」などと読めます)。
中島敦さん(作中の巫臣)が表現したかったように、妖としての白狐は稲荷神の眷属であり、じつは人々に幸福をもたらす善狐です。
文脈的に、おそらく人を欺く悪狐として、夏姫を比喩するために「白狐」を用いたのだと思われるのですが、狐人的にはちょっとイメージ違いな気がしてしまったところでした。
夏姫は切れ長の瞳と、杏の花のように白い肌を持っていたといわれているので、そこからの連想だったのかもしれませんが。
中島敦さんの作品の中には『狐憑』という小説もあるので、ひょっとして「狐」は、中島敦さんにとっても重要な意味のあるモチーフだったのかもしれません(「狐」を重要なモチーフにしている作家さんとしては、『ごんぎつね』などが有名な新美南吉さんを真っ先に思い浮かべてしまいますが)。
(▼中島敦さんの『狐憑』の読書感想はこちら)
『妖氛録』は中国の歴史書『春秋左氏伝(左伝)』を原典とする小説なので、『盈虚』『牛人』の『古俗』の系統といえるのかもしれませんが、両作品のテーマとしてよくいわれるところの「運命」といったものをあまり感じられないように思いました。ラストで巫臣は、たしかに運命的な何か(操り手)の存在を悟っているのですが。
(▼中島敦さんの『牛人』の読書感想はこちら)
……ひょっとしたら、作品の中心となる明確なテーマが決まっておらず、未完成な小説なのかもしれないなあ、と、ふと思いました。『妖氛録』が未発表作品であることも、この思いつきの一因になっているのですが、どうでしょうねえ……。傾国の美女の物語は、歴史的事象としてもおもしろいので、エンターテインメントとして読むだけならば、とくに何かを訴えかけるような、文学的テーマみたいなものを必要としないかもしれませんが(自信なし)。
やはり「世界のきびしい悪意」といった運命を描きたかったのか、それとも男女の愛の世界を構築したかったのか……、答えがない以上不毛な試みなのかもしれませんが、考えてみておもしろいところかもしれない、とも思いました。
読書感想まとめ
夏姫、美魔女、白狐に興味を持つ。
運命か、愛か。
――とはいえ、ただ傾国の美女の物語としておもしろい。
狐人的読書メモ
白狐は怒ると祟るけど、根はいい奴なのです。
・『妖氛録/中島敦』の概要
傾国の美女の物語。中国の歴史書『春秋左氏伝』をもとにしている。未発表作。執筆時期不明であるが、使用された原稿用紙の製造時期からして、1942年(昭和17年4月以降)に書かれた、という見方がある。
以上、『妖氛録/中島敦』の狐人的な読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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