狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『まぼろし/国木田独歩』です。
国木田独歩 さんの『まぼろし』は文字数5500字ほどの短編小説です。『絶望』と『かれ』の二本立て。失恋した彼女と没落した武士がまぼろしとなります。国木田独歩 さんの初恋と明治維新後の士族について勉強しました。『るろ剣』の斎藤一と侍ジャパン?
未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
狐人的あらすじ
- 絶望
文造が約束通り彼女を訪ねると、彼女はすでにいなくなっていた。居合わせた二人の妹に訊ねると、彼女は母とどこかへ出たという。もうお稽古はしてくださらないという。そして彼女は夜通し泣いていたという……。
ショックを受けた文造は自宅に帰った。彼女にもう会えないと思うとめまいがした。突然呼ばれて振り返ると、使用人が一通の手紙を持って立っていた。それはやはり彼女からのもので、決定的な別れを告げていた。
鉛のような絶望が文造の胸を圧した。『幻影のように彼女は現われて来てまた幻影のように消えてしまった……』
文造は座布団に顔を埋めて哭いた。
- かれ
秋の末、友人宅から自宅へ、自分は夜道を急いでいた。深い霧が出ていて、街灯のおぼろな光が美しい。人や車が幻影のように現れ、幻影のように消えていく――不意に、酔った男の声が聞こえ、自分とすれ違った。自分は驚いて振り向いて見ると、男の幻のような影は、たちまち霧のうちに消えてしまった。
もしやいまのはかれではなかったか……、自分はかれのことを思った。かれは一つの『悲惨』だ。明治の時代を作るために力を振るい、しかし新時代になじむことができず、今をののしり昔を誇った。
それから二週間ほどのち、突然かれが自分の自宅を訪れた。かれは酒気を帯びていた。自分はかれと話をした。以前には見られなかった不審な挙動を見た。酒を出すとかれは喜びを隠し切れない様子だった。野卑な喜びの色がその満面に動いた。自分はかれの運命を思って憐れになった。
かれは突然暇を告げた。自分は驚いて止めたが、止まらなかった。かれは夕闇のうちに消えてしまった。まぼろしのように。
狐人的読書感想
さて、いかがでしたでしょうか。
国木田独歩 さんの『まぼろし』は、『絶望』と『かれ』の二本立てとなっています。『まぼろし』には「はかなく消えてゆくもの」といった意味がありますが、この作品では『絶望』の「彼女」、『かれ』の「かれ」と、それぞれにおいて一人の人物を『まぼろし』として描いています。
以下、それぞれについて見ていきたいと思います。
お付き合いいただけましたら幸いです。
独歩は失恋に『絶望』する(そして彼女はまぼろしに)
まずは『絶望』ですね。国木田独歩 さんの初恋……。
(ちなみに『初恋/国木田独歩』の読書感想あります)
これは失恋の物語です。しかも国木田独歩 さん自身の失恋をモチーフにしたもので、彼女のモデルとなったのは、現在の山口県田布施町に一時身を寄せていたときの恋人・石崎トミ さんという方だそうです。調べてみると、これは1891年のことなので、年齢的には二十歳の頃のお話なのですねえ……。
作中では明確に描かれてはいませんが(そんな雰囲気は感じられますが)、どうやら彼女の両親の反対があって、この恋は実らなかったのだとか。
国木田独歩 さんが熱心なキリスト教徒だったことが原因とされていますが、……う~ん、いまではちょっと考えにくいですよねえ。
ひょっとして国木田独歩 さん、彼女の両親に嫌われるようなことをしちゃったの? と勘繰ってしまいそうです。
ただ、「踏み絵」に代表される禁教令は、明治時代の初期まで続いていたといいますから、それを思えば無理からぬことだったのかなあ……、と想像はできます。
信教の自由が保障さている現代日本では、やはり実感しにくいところではありますが(僕だけ?)。
あらすじではほぼ省いてしまいましたが、短文の中に失恋のショックが如実に伝わってくるような描写がなされていて、どこかしら共感できる方が多いかもしれません。
かくいう僕は、以下の引用部分が非常にリアルに感じました。
『彼女は今まで自己の価値を知らなかったのである、しかしあの一条からどうして自分のような一介の書生を思わないようになっただろう……自分には何もかもよくわかっている。』
ショックのあまり、相手の心変わりを疑っているわけですが、どうでしょう? 恋人に別れを告げられたとき、こんなふうに思ったことありませんか?
そうはいっても、失恋直後の文造は、これでも自分を納得させることができず、彼女の優しい言葉、微笑み、愛らしい目元を思い浮かべては悲しみに暮れます。
座布団に顔を埋めて――といった件は、枕に顔を埋める女子を連想してしまい、思わず「女子か!」とツッコミそうになりましたが、実際には女子のほうがこんなことはしなくて、案外男子のほうがやってしまうことなのかもしれないなあ、と思い直し、その点もじつはリアル? と思わされてしまいました。
「泣」を「哭」としているところも、思いの深さが伝わってきます。「哭」の字には「泣き叫ぶ」といった意味がありますが、僕はなんだか禍々しい感じを受けるんですよねえ。
職業上からくる偏見(よくないのですが)かもしれませんが、またしても文豪には激情家が多いイメージが着実に定着しつつある今日この頃なのでした。
(文豪の激情が感じられる読書感想はこちら)
- ⇒文鳥/夏目漱石=文鳥は淡雪の精。世話のできない人は飼っちゃダメ!
- ⇒随筆読書感想『チャンス 太宰治』太宰治の恋愛論! 肉食叱咤! 絶食激励!
- ⇒詩歌読書感想『汚れっちまった悲しみに…… 中原中也』悲しみの色は赤?
『かれ』は時代に没落する(そしてかれはまぼろしに)
つぎは『かれ』ですね。霧がつくる幻想的な光景が印象に残ります。
これは没落武士の物語といえるのではないでしょうか。国木田独歩 さんが山口県育ちということを、この度初めて知りましたが、その影響からか明治維新に強い関心を持っていたのはどうやら有名なお話のようです。作中の「かれ」は、『明治の時代を作るために幾分の力を奮った男』といわれるように、維新志士の一人だったのかなあ、と想像できます。そして『ついにこの時代の精神に触れず』の一文だけからも、新時代に適応できず落ちぶれていくさまが目に浮かびます。
映画化もされた『武士の家計簿』によれば、とくに旧藩士はひどい状況だったらしく、警官(『るろ剣』の斎藤一のイメージ強し)のような公務員に就けたのは士族全体の一割ほどだったともいわれています。
廃刀令と秩禄処分に反発して、熊本県(神風連の乱)、福岡県(秋月の乱)、山口県(萩の乱)で士族反乱が起きていますし、やはり維新の立役者たちといえども、彼らからすれば時代に見捨てられる形で、没落していく者たちも多かったのかもしれません(勉強不足により仮定形です)。
僕としては、武士の見方をちょっとだけ改めさせられるような、歴史の勉強になったような物語でした。武士といえば、武士道に代表されるように、いまや海外でも知られている日本の精神的象徴になっていますが、僕はどちらかといえば悪いイメージのほうが強いです。
(ちなみに『武士道の山 新渡戸稲造』の読書感想はこちら)
以前にも書きましたが、武士の中の侍は現代で言うところの「サラリーマン」的な存在で、そうなってくると「侍ジャパン」ってそんなにカッコいいネーミングじゃないよね、という気がしてしまいます(ある意味非常に日本らしいネーミングですが)。
(侍のイメージについての読書感想はこちら)
なので明治維新後、没落した士族と聞けば、なんだかいままで偉そうにして、農民から搾取してきたつけが回ってきたように思い(もちろんそんな武士ばかりだったわけでもないのでしょうが)、新時代に適合できなかったのも自分のせいだろ、くらいに思っていたのですが。
しかし、急激な時代の変化に適応するというのも、「言うは易く行うは難し」と考え直しました。もしも自分がこの時代の武士の立場で、これに対応できるのか、と訊かれれば、自信を持って「できる」とは言えない気がします。
『かれ』では、一人の武士が落ちぶれていくさまがありありと描かれていて、かれを見る自分の『言うべからざる痛ましさ』や『何とも言えずあわれ』といった感情が実感できて、同じようにかれを憐れに思いました。
常に思ってきたことなのですが、歴史の教科書って歴史上の出来事をなかなか実感として捉えられない向きがあるように思うのです(僕だけ?)。なので、『かれ』のようなその時代を実感できる文学作品を織り交ぜて勉強するというのは、一つの勉強法として有効な気がします。
とはいえ、その時代に最適な文学作品を選び出す作業を思えば、なかなか難しそうではありますが。そんな暇があれば、一つでも多く年表を暗記したほうが、テストでは効果的かもしれませんねえ……。
ともあれ、狐人的にはちょっと勉強させられた今日この頃なのでした。
読書感想まとめ
国木田独歩 さんの『まぼろし』は二本立ての短編小説。『絶望』では狐人的に「失恋」を実感できず、『かれ』では狐人的に「歴史」を実感させられた作品でした。
狐人的読書メモ
……いまって「2017 WBC」真っ最中ですよね。侍ジャパンは先日(2017年3月12日)もオランダに勝利したばかり。……カッコいいネーミングじゃないとか書いてしまいましたが、「がんばれ! 侍ジャパン!」
・『まぼろし/国木田独歩』の概要
1898年(明治31年)5月『国民之友』初出。第一文集『武蔵野』所収。
以上、『まぼろし/国木田独歩』の読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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