狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『アンゴウ/坂口安吾』です。
坂口安吾 さんの『アンゴウ』は文字数11500字ほどの短編小説です。運命的に再会した一冊の本に残された暗号に、友と妻の浮気の影を見た矢島は、その謎を追う。すべての暗号を解読した矢島の見る真実とは!? エウレカ! 安吾⇒アンゴウ? 遊び心に感動!
未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
狐人的あらすじ
戦後間もない昭和二十年代前半の東京、矢島は社用で出た神田の古本屋で、一冊の本に再会する。それは、矢島の出征中、戦火で焼き払われてしまった本だった。懐かしさから手に取り、ページを捲ってみると、扉には「神尾蔵書」と印が捺してある――見覚えのあるその印から、戦地で帰らぬ人となった旧友、神尾のものに違いない。
矢島は本を購入し、社に戻って開いてみると、ページの間から一枚のメモが出てきた。メモには「34 14 14」……、といった数字の羅列だけが綴られている――まさか、暗号ではあるまいが……、34ページ、14行目、14字……、解読してみると、それはまさしく語をなしている暗号だった。
「いつもの処にいます七月五日午後三時」
神尾は、昭和二十年二月に出征しているから、メモの日付は、矢島の出征した昭和十九年の日付だろう。メモ用紙は、矢島の勤める出版社のもので、紙のない当時、社員は皆自宅に持ち込み利用していた。本の持ち主であり、矢島の友人であった神尾も同社に勤めていた。二人は同好の士であり、同じ本を持っていた。そして暗号の筆跡は、どうやら女性のもの――妻子ある神尾の恋人からのものかもしれない……。
矢島と神尾、二人が持つ同じ本と、同じ社のメモ用紙を使った暗号通信、女性の筆跡――まさか神尾の恋人は……、そこで矢島は妻タカ子に思いを馳せる。矢島が戦争から戻ると、タカ子は空爆により失明し、二人の子供は失われていた。友は戦地から戻らず、タカ子は失明し――不貞を働く者たちへの天罰ではなかろうか……、浅ましいとはわかっていても、考えずにはいられなかった。
疑いが日に日に深まっていたある日、社用で仙台に赴くことになった矢島は、神尾夫人の疎開先を訪ねることにした。そして例の本について話題を持ち出すと、夫人は疎開前に神尾の蔵書をほとんど始末したが、その本はこちらに持ってきているという。確認してみると、たしかに同じ本がそこにはあった。改めてみると、その本には蔵書印がなく、赤線の引いてある箇所を見ると……、なるほどそれは矢島自身の蔵書だった。
やはり、神尾とタカ子がこの本を暗号用に使ったとき、入れ違いがあったのではないだろうか。しかし、打ちひしがれる矢島の脳裏に一つの記憶が浮かび上がってくる。じつはこの本を取り違えたのは矢島だった。矢島の出征前、神尾が自宅に招いて開いてくれた惜別の宴の際、貸していた本を返してもらったのだが、そのうちの一冊が神尾の購入以前から貸していたこの本だったのだ。酔っ払い、ろくに確認もせず持って帰ってきたから、自分のものと神尾のものとを取り違えていたらしい。
しかしそうなると、矢島の自宅にあったはずの神尾の本が、どうして神田の古本屋に並んでいたのか……、矢島の蔵書はすべて戦火で焼かれてしまったはずなのに。東京に戻った矢島は、再び古本屋へ赴き、店の主人に本の売り主について尋ねてみると、それは出張買取した本だということで、売り主の家を知ることができた。
訪ねてみると家主は不在、しかしその人の勤め先で会うことができた。その人は、学術専門出版店の編集者だった。同様の職業、愛書家同志ということで、親切に矢島の質問に答えてくれた。その本は、十一冊の本と一緒に路上で購入したものだという。タイトルを聞いてみると、すべて矢島の蔵書に違いなかった。外へ持ち出して焼け残ったものが盗まれたのではないでしょうか……、だが、タカ子からそんな話は聞いていない。
その晩、ついに矢島はタカ子に訊いた。君はあの本を持ち出さなかった。しかしあの本は焼けていなかった。いったい誰が持ち出したのだろう。思い返してごらん。
空襲のあったあの日、タカ子は子供たちを連れて、一度は防空壕に避難した。しかし何一つ家財を持ち出すことはできず、それではあとで困ることになる――と二人の子供に促されて、再び壕を出たのだ。タカ子は食料と布団を運んだ。子供たちも何かを運んでいた。だけどタカ子にはそれを見ることができなかった。タカ子が最後に見たものは、爆弾の破裂音と閃光だった。
翌日矢島が出社すると、例の蔵書の所有者から電話があった。路上で買い求めたかつての矢島の蔵書すべてに、話に聞いた数字のメモが残されていたのを思い出したのだという。その日の帰り、本の所有者と一緒に、その人の家へ。矢島は本を調べさせてもらい、すべての暗号を解読した――いや、解読する途中から、矢島はこれまでの人生で流した分よりもさらに多くの涙を流したのだった。
狐人的読書感想
さて、いかがでしたでしょうか。
『アンゴウ』というタイトルは「安吾」のもじりからきているもので、だとすると、どこか滑稽味や、何かしら遊び心のある小説なのかなあ、などと、勝手に漠然と、イメージしながら読み始めてみたのですが、予想を裏切る……、いえ、予想をはるかに超える「滑稽さ」と「遊び心」を描いた感動的な小説でした。
ネタバレはしないよう気をつけてあらすじを書いたつもりですが、多くの方に察せられてしまう出来かもしれません。タイトルのことをいうならば、「暗号」を『アンゴウ』とカタカナ表記にされているところに、重大な意味があると見るべきで、秀逸なタイトルだと思いました。
作中で重要なガジェットとなっている一冊の本ですが、太田亮著『日本古代に於ける社会組織の研究』というものなのですが、調べてみたところ、実際に存在する書籍のようです。正式なタイトルは『日本上代に於ける社会組織の研究』というようですが。出版年は1929年(昭和4年)、なんと1000ページ超えという大作……、国立国会図書館を中心に、各図書館に所蔵があるようですが、手に取って読む機会はきっとないでしょうねえ……(興味のある方はぜひ、という人任せ)。
坂口安吾 さんのミステリー小説を読むのはこれが初めてだったわけなのですが(てか坂口安吾 さんの作品自体これが4作目)、どうやら当たりを引いたようです。もしかしたら、全作品が当たりなのかもしれませんが、人にもおすすめできる小説でした。
とにかく感動的なラストが良いです。小説を読んでいて、別の展開を想像してみる、というのは、一つ読書をする楽しみだと思うのですが、この『アンゴウ』という作品については、これ以上のラストはないのではなかろうか、と思わされるくらいの結末です。
ぜひ誰かに読んでもらって、あれこれ語り合いたくなるところではあるのですが、とはいえ、ひねくれものであるところの僕としては、決してツッコミどころのない小説ではなく、狐人たる僕としては独り語るしかなく――ということで、以下『アンゴウ』の矢島のように、自分勝手に綴ってみたいと思います。
自分勝手とかいってしまいましたが、本作では、主人公・矢島の自己中心的な在り方が際立っているように感じました。まあ、物語の主人公なのだから、そういった向きはあって当然だともいえるのですが。
矢島の難なく暗号を解き明かすところや、好奇心の強さ、行動力などは主人公向きの性質ですが、とにかく友人の神尾と自身の妻タカ子の関係を疑う猜疑心の強さが目につきました。空襲によって失明し、つらい思いをした妻を気遣う場面も見られますが、矢島が暗号の謎に挑む一連の行動には、やはり自己の嫉妬心が何よりも優先されているような印象を受けました。
結局ラストで得られる感動や慰めも、ただただ自身だけのものであって、そこに亡き友人や妻に対する思いのようなものは描かれておらず、だからといってもちろん良いラストであることに変わりはないわけなのですが、僕の中の感動値をちょっと引き下げた要因のようにも思われました。
しかし思えば、終戦間もなくのお話なので、当然ながら皆がつらい思いをしていて、戦争に行っていた矢島だってそうで、誰もが自身のことしか考えられなくなっているのは当たり前のような気もします。
そうでなくても、現実のことを鑑みれば、こうして矢島を非難的に語っている僕だって、自己中心的であることを否むことはできず、これこそが人間の真の在り方なのかもしれないなあ、と思わされるところがあります。
僕だけなのかどうかわかりませんが、小説や漫画、アニメや映画、ゲームなどに触れるとき、その主人公にどこか理想を求めてしまうところがあって、その理想像から乖離している人物像を見ると、ついつい否定的に捉えてしまう傾向があるように思えて、ちょっと反省です。
だけど、空想に理想を求めて何が悪い! ――と思う自分も心のどこかにいて、反省が足りん! といったお話なのですが、どうでしょうか(どうでしょうかとか訊かれても……)。
しかしながら、そうやって考えてみると『アンゴウ』は、浮気という観点からは、ひょっとしたら多くの男女が共感を覚える小説なのかもしれません。
矢島の猜疑心は、決して快いものではありませんでしたが、それはきっと自分にも存在するものだからこそ、そう感じたわけなのです。矢島が嫉妬に苦しむ心理描写の場面では、失明以前にはあれほど愛していた妻に対する思いが、失明後に薄らいでいるようなところがあります。そして目のある女の美しさを持っている未亡人の神尾夫人やその娘を眩しく思う描写があります。
これらは非常にリアルな人間描写といえるのではないでしょうか。この辺り、同性の友人同士で話をしたらどうでしょうねえ……おもしろそうな気もするし、話したくない内容のような気もします。
とある調査によれば、日本人の浮気率は30%ともいわれています。これは実際に行動を起こしたものの統計だそうなので、精神的なものを含めれば……(いわずもがな)。
(…………)
と、ともかく感動的な小説なので、ぜひご一読あれ!
(ひょっとして説得力なし?)
読書感想まとめ
「滑稽さ」と「遊び心」が感動的な小説でしたが、浮気を疑う心をちょっとは反省してほしかったなあ……。
狐人的読書メモ
利用者目線で暗号の使用難易度が高すぎるようにも思えました。
・『アンゴウ/坂口安吾』の概要
1948年(昭和23年)初出。坂口安吾 さんの短編ミステリー小説。
・ユウレカ!
「Eureka(エウレカ)」
ギリシャ語由来の感嘆詞。アルキメデスが叫んだらしい。『エウレカセブン』を思い出した。いままで考えたことなかったけれど、『エウレカセブン』の由来を発見した気分になった。ユウレカ!
以上、『アンゴウ/坂口安吾』の読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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