読書時間:およそ5分。
あらすじ:江戸川乱歩の『指環』は、1925年『新青年』(大正14年7月号)にて、『白昼夢』とともに「小品二篇」というタイトルで一括発表されたが、『白昼夢』が好評だったのに対し、『指環』の評価は芳しくなかった。著者自身「愚作だった」と認めているけれど、僕は好きな小説なので、指環Re:ベンジ!
々
【E】
「全く黙殺されてしまったので、私自身もなる程愚作だったなと悟った」
々
【A】
「失礼ですが、いつかも新幹線でご一緒になりませんでしたか?」
【B】
「……ああ、私も思い出しましたよ。やはりこの線でしたね」
【A】
「先日はろくにお話もできませんでしたね。お仕事ですか?」
【B】
「ええ。あなたもお仕事で?」
【A】
「恥ずかしながら求職中でして。それにしても、あのときはとんだ災難でしたね」
【B】
「まったく。私もあのときはどうしようかと思いましたよ」
【A】
「あなたが私の隣の席へいらっしゃったのは、あれはS駅を過ぎて間もなくでしたね。ビジネスバッグと……、たしか黒い折りたたみ傘をお持ちでした。雨も降っていないのに――と、ちょっと不思議に思ったもので、覚えていたんです」
【B】
「そうでしたか、天気予報で向こうは降っていると言っていたので」
【A】
「なるほど。しかしいきなりこの車両に、興奮した人たちがドヤドヤ入ってきたのには驚きました。そのうちの一人のご婦人が、一緒にやってきた車掌さんに、あなたのほうを指さしながら何か囁きましたよね」
【B】
「よく覚えてますね。車掌さんに『お客様失礼ですが――』と言われたときには、変な気がしましたよ。よく聞いてみると、私がそのご婦人のダイヤの指輪を盗んだと言うから驚きました」
【A】
「ですが、あなたの態度は立派でしたよ。『ばかを言わないでください。人違いではないですか? なんなら私の身体を調べていただいても構いません』なんて、なかなか冷静には言えませんよ」
【B】
「おだてないでくださいよ。私だって、本当はドキドキしていたんです」
【A】
「その後は車掌室で取り調べを?」
【B】
「ええ、さすがに車掌さんはああしたことには慣れているようで、念入りに検査されました。ご婦人の旦那という男の方まで、うるさく調べようとするので、仕方なく見てもらいましたが、もちろん品物は出てきませんでした。疑いが晴れて、みなさんきちんと謝ってくれましたが」
【A】
「では、痛快だったのでは?」
【B】
「ご冗談を。とてもそんな余裕は……、思い出しただけでひやひやしますよ。席に戻ってきてからも、周りの人がまだ変な目で私を見ているような気がして、落ち着きませんでした」
【A】
「しかし不思議ですね。あの指輪とうとう出てこなかったそうじゃないですか。とても不思議です」
【B】
「…………」
【A】
「…………」
【B】
「ハハハハハハ。オイ、いい加減お互いしらばくれるのは止そうじゃねえか。このとおり、誰も聞いちゃいねえ。紳士ぶるのも、そろそろ飽きてきたぜ」
【A】
「フン、じゃあやっぱりそうだったのか」
【B】
「お前もなかなか隅に置けないよ。気づいてたんだろ? お前の前の網ポケットに入れた折りたたみ傘のこと。なのに一言も言わないで、俺が席を離れている間に持ち逃げしようとするなんざ、なかなかどうして玄人だよ」
【A】
「なるほど、たしかに俺は賢く立ち回ったつもりだった。が、ちゃんとお前に先手を打たれていたんだからかなわねえ。折りたたみ傘の中に指輪はなかった」
【B】
「しかし、お前は俺が傘の中に指輪を仕込むのを見逃さなかったはずだぜ」
【A】
「そう。だが指輪はなかった。バッグから取り出した黒い折りたたみ傘の内側に、黒いテープで貼りつけておけば、たとえ開いても、なかなか気づかれはしないだろう。俺の前の網ポケットに入れておけば、車掌もお前のものだとは思うまい。もし俺が折りたたみ傘を持ち逃げしなければ、後で回収できる。最悪、その日のうちに回収できなくても、後日遺失物として受け取ることもできただろう。上手い手だと思ったよ」
【B】
「ハハハハハハ。だが指輪はなかった」
【A】
「傘の中に隠したんじゃなかったら、いったい何のために、俺に指輪を隠す素振りを見せたんだ?」
【B】
「まあ考えてみな。せっかく苦労して手に入れた品物を、たとえ傘の中に隠しても、俺のいないうちに誰かさんに持っていかれないとは限らねえ。遺失物になったとしても、日にどれだけの落し物があると思う? 必ず回収できるというのは、楽観的過ぎるんじゃねえか?」
【A】
「じゃあやっぱり、俺に指輪を隠す素振りを見せたわけがわからない」
【B】
「まあ聞けよ。こういうわけだ。あのときじつはちょっとドジをしちまってね。亭主の奴に勘ぐられちまったから、大慌てで逃げ出したのさ。どうする暇もない。だが、お前の隣の席まできて様子を見ると、すぐに追いかけてもこない。なるほど、車掌に知らせに行ったんだな、これはいよいよ油断できねえ――が、例の物をどう始末すべきか、咄嗟のことで日頃自慢の知恵も出ない。恥ずかしい話だが、ただイライラするしかなかったよ」
【A】
「なるほど」
【B】
「すると、フッといい手を考えついた。というのが、例の折りたたみ傘さ。まさかお前があれを見て黙っているとは思わなかったが。きっとこれ見よがしに告げ口するに違いない。俺が傘の中に隠したとわかれば、まずはそれを検めようとする。しかしそこに指輪はない。車掌をはじめ、それを見ていた者たちは、はたして本当にこの男が――と自信を失くす。そうなればこっちのものさ。強気に突っぱねてもいいし、俺の話術でうやむやにする自信もあった。最悪、身体検査を受けるはめになっても、この男ではなかったのかもしれない――と思いながら調べるんだから、自然検査の手も疎かになる。誤魔化すのなんて余裕だよ」
【A】
「考えたな。こいつは一杯食わされたよ」
【B】
「ところがお前は何も言わない。さあ言え、早く言え、と心の中で念じても、ウンともスンとも言い出さねえ。とうとう身体検査の段になっても、知らんふりだ。おれも『さては』と感づいた。『こいつとんだ食わせものだ、このまま知らないふりをして、持ち逃げする気でいやがる』、パニックになりそうだったぜ」
【A】
「フフン、いい気味だぜ……、だがちょっと待てよ。だったらお前はあれをいったいどこへ隠したんだ? 向こうは自信満々のまま、念入りに調べられたんだろ? でも、とうとう見つからなかった」
【B】
「お前もずいぶんめでたいねえ」
【A】
「何のことを言ってるんだ? いい加減、もったいぶらないで教えてくれよ。後学のためにもぜひ聞いておきてーんだ」
【B】
「ハハハ……、まあ、いいじゃねーか」
【A】
「よくねーよ。焦らすなよ」
【B】
「ま、嘘だと思われるのも癪だから、じゃあ話すけど、怒るなよ? じつは、お前が折りたたみ傘にちらちら気を取られている隙に、お前が腰にジャラジャラさせている鍵のフックに引っかけたのさ。あのときのお前は隙だらけだったぜ。ん? いつ取り戻したのかって? 言うまでもない。あの後気まずくなったのか、お前すぐに席を移っただろ? そのときさ」
*
【C】
「やれやれやっと行ったか」
【B】
「おや、どうかしましたか車掌さん」
【C】
「ハハハハハハ。オイ、しらばくれっこは止そうじゃねえか」
【B】
「……誰が聞いてるとも限らないんだぞ?」
【C】
「フン。このとおり、誰も聞いちゃいねえよ」
【B】
「で、何の用だ?」
【C】
「いやいや、最近お疲れなのかと思ってよ。こないだは、らしくないヘマやらかしたし」
【B】
「…………」
【C】
「今日もそうさ。あいつ、件のときもお前の隣に座ってただろ? 犯行を知られた相手に、二度も出会うなんざ、ますますお前らしくない」
【B】
「上から何も聞いていないのか?」
【C】
「何もって……、何を?」
【B】
「採用試験だよ」
【C】
「ああ、それで」
【B】
「あれはダメだな。結局カラクリに気づけなかった」
【C】
「何のカラクリだよ?」
【B】
「社会のカラクリさ」
【C】
「ハハハ……、そりゃそうだろ。この国の一般人は、会社が組織的なスリで儲けているなんて思わないさ。ましてや専門の部署があるだなんて」
【B】
「国だって、地方自治体だって、よくよく考えてみればなんでこんなにってな額の金を使っているふりをして、横領三昧じゃないか。それが会社であっても不思議じゃない。社会で起こっていることは、当然会社でも起こっている」
【C】
「スリも横領も、たしかにどちらも『盗み』には違いない」
【B】
「で、何の用だ?」
【C】
「いやいや、だから最近お疲れなのかと思って、リフレッシュのお誘いだよ。今日が何曜日か忘れてんのか?」
【B】
「金曜日だが」
【C】
「そう、花金さ」
【B】
「それ死語だぞ」
【C】
「そう、プレミアムフライデーさ」
【B】
「……で?」
【C】
「飲みに行くから、先に帰んなよ!」
【B】
「……やれやれ。じゃあ今度採用になった新人を連れてってもいいか?」
【C】
「新人?」
【B】
「そう、やつの前職は結婚詐欺師さ」
<プレミアムウィークエンド、始>
々
【N】
「全く黙殺されてしまったので、僕自身もなる程愚作だったなと悟った?」
々
<エンドリピートエンド、リピート?>
※
読んでいただきありがとうございました。
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