人間腸詰/夢野久作=さらっとグロい、地球は丸く世界は円い。

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

人間腸詰-夢野久作-イメージ

今回は『人間腸詰ソーセージ/夢野久作』です。

文字25000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約60分。

腸詰になり損なった男の話。明治三十七年、セントルイス万博。ギャングに捕まり監禁された男の見たものは。腸詰製造機に生きながら投げ込まれる裸の女。ぐちゃぐちゃになる頭頭頭頭

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

江戸っ子大工の治吉が、若い頃の奇妙な体験(「腸詰ソーセージになり損なった話」)を語る(独白体形式)。

1904年(明治37年)、治吉が27歳のとき、アメリカのセントルイスで万国博覧会が開催され、日本も参加することになった。治吉は「台湾館」(当時、台湾は日本の植民地だった)を建設するため、仲間たちと共に渡米した。治吉の大工の腕前はアメリカの技師を驚かせた。退屈しのぎに作ったカラクリ箱は大好評で、新聞にも載るほどだった。

台湾館が完成し、いよいよ万博が始まった。治吉は、台湾館で出す烏龍茶の客引きとして、現場責任者で工学士の藤村に教わった英語の文句を毎日毎日怒鳴っていた。「じゃぱん、がばめん、ふおるもさ、ううろんち、わんかぷ、てんせんす。かみんかみん」

台湾館には給仕の美しい台湾娘が6人いて、若い治吉もちらちらと気になっていたが、手を出すことは固く戒められていた。が、6人のうち2人の娘が病気になり、セントルイスの中国料理店にいたチイチイとフイフイがその埋め合わせとして働きにくる。そして、2人ともなぜか競って治吉に色目を使う。治吉は舞い上がった。

ある晩、治吉はチイチイと示し合わせて、台湾館をこっそり抜け出し、チイチイに誘われるまま、とある建物に連れて行かれるが、そこはギャングのアジトだった。ギャングのボス、カント・デックは、盗んだ宝石を隠すためのカラクリ扉を作らせるため、女を使って治吉を誘拐したのだ。江戸っ子の治吉は犯罪に手を貸すつもりは毛頭なく、その脅迫を拒絶した。

カント・デックは、ある小部屋へと治吉を連れて行った。そこにはソーセージ製造機があった。カント・デックが合図をすると、大男がトロッコを押して入ってきた。トロッコには裸の女が載せられていた。女は病気になった台湾館の給仕娘のひとりだった。その右手には治吉に宛てた手紙が握られていた。手紙の内容は、ギャングが治吉の誘拐を企てているという警告だった。女は手紙ごとソーセージ製造機の中に放り込まれ――治吉は意識を失った。

治吉は監禁された。あまりのことに頭がおかしくなったのか、気づけば、あの「じゃぱん、がばめん、……」の文句を繰り返し繰り返し言い続けていた。台湾館では治吉と給仕娘2人が行方不明になったので大騒ぎになっていた。そしてその頃から、セントルイスではある噂が広まっていた。なんでも、あるホテルの屋上庭園に、真夜中の2時頃、日本人の幽霊が出るという……。

台湾館現場責任者の藤村は、その噂を聞いて閃くものがあった。噂の場所に行ってみると、自分が教えた客引きの文句が聞こえてくる……。藤村は、ワシントン大使を通じて、ニューヨーク市警に通報した。ギャングのアジトは一網打尽されて、治吉は救出された。

その後、万博は終わり、治吉はようやく病院を退院し、日本へ帰る船に乗った。航海の途上、領事館でもらったお土産を取り出すと、それはソーセージの缶詰だった。治吉は缶詰を開けて、ソーセージをナイフで切って――ナイフの刃に絡まる黒い髪、肉の間に挟まった三分角の紙切れ……自分の身代わりにソーセージとなったあの給仕娘がついてきたのか……。治吉はソーセージのように頭がゴチャゴチャになったような、世界が丸い道理が理解できたような――変な心持ちになった。

狐人的読書感想

ふむ。夢野久作さんらしい、グロくて怖いお話でした。人肉のソーセージとかハンバーグとかシューマイだとか、カニバリズムの話はホラーや、最近ではグロテスクな漫画の題材として見聞きしたりしますが、やはりおぞましく感じてしまいます。

ただ、語り部の治吉の口調が「べらんめぇ調」で、「鸚鵡おうむ小便しっこ」(ホーム・シック)などのユーモアを交えていて、あまり悲壮感というものはなく、ホラーとしての印象は薄いです。

いまから100年以上前にあったセントルイス万国博覧会が本作の舞台となっていますが、ここで世界に広まった食品がいくつも発明されたのだとか。ソーセージを細長いパンではさみ手を汚さずに食べられるホットドッグ、暑い中で涼しくいただけるアイスティー、手に持って歩いて食べられるアイスクリーム・コーンなどなど。

治吉の仲間で、植木屋の六の親父の言うことに『世界が丸いてえ理窟が……』(わからねえ)、『あの地球儀みてえなマン丸いものの上にドウしてコンナに水が溜まっているんだえ……』といったセリフがあるのですが、印象に残っています。

そういうことを考えると、目のまわるような気持ちになって、気が遠くなっていくような感じで――それを病気(地球癲癇)と治吉は言っていましたが、いままでの常識を覆されるような、理解しがたいものに接したときの気分というか。こういったなんとも言えない気持ちというのは、科学全盛の現代ではなかなか得がたい感情なのかもしれませんが、なんとなく共感できる気がします(とはいえ、似たような状況や体験があるのかと考えてみるのですが、明確に「これだ」というものはパッと出てこないんですよね)。

この気持ちはラスト、治吉が思った『世界の丸っこい道理がズンズンとわかって来るように思いましてね……』という感慨にも通じていて、それは自分の身代わりにソーセージになった給仕娘(フイちゃん)が、ソーセージになってまでも自分のそばにいる不思議な現象への感慨だと思うのですが、因縁としての円と地球の円がうまく合わさっていて秀逸な描写という感じです。

さらっとグロい、地球は丸く世界は円い、と思った、今回の狐人的読書感想でした。

読書感想まとめ

さらっとグロい、地球は丸く世界は円い。

狐人的読書メモ

・世界には、実際に人間ソーセージを作って食べた食人鬼事件があったりする。

・『人間腸詰/夢野久作』の概要

1936年(昭和11年)『新青年』にて初出。内容はグロテスクではあるが、語り部のユーモラスなべらんめぇ調で、それほど不快感なく読めた気がする。

以上、『人間腸詰/夢野久作』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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