女体/芥川龍之介=嫁に飽きた人はしらみになるべし!?

狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

女体-芥川龍之介-イメージ

今回は『女体/芥川龍之介』です。

文字1200字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約5分。

円みを暖く抱いて。それは大きな鍾乳石のよう。雪にさす月の光のような白さ。かすかに青い影を湛えている。遥な天際に描かれる曲線美……え、見飽きてる? しらみになって見るべし!

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

(今回は全文です)

『女体/芥川龍之介』

楊某ようぼうと云う支那人が、ある夏の夜、あまり蒸暑いのに眼がさめて、頬杖をつきながら腹んばいになって、とりとめのない妄想もうぞうに耽っていると、ふと一匹のしらみが寝床のふちを這っているのに気がついた。部屋の中にともした、うす暗いの光で、虱は小さな背中を銀のこなのように光らせながら、隣に寝ている細君の肩を目がけて、もずもず這って行くらしい。細君は、裸のまま、さっきから楊の方へ顔を向けて、安らかな寝息を立てているのである。

楊は、その虱ののろくさい歩みを眺めながら、こんな虫の世界はどんなだろうと思った。自分が二足か三足で行ける所も、虱には一時間もかからなければ、歩けない。しかもその歩きまわる所が、せいぜい寝床の上だけである。自分も虱に生れたら、さぞ退屈だった事であろう。……

そんな事を漫然と考えている中に、楊の意識は次第におぼろげになって来た。勿論夢ではない。そうかと云ってまた、うつつでもない。ただ、妙に恍惚たる心もちの底へ、沈むともなく沈んで行くのである。それがやがて、はっと眼がさめたような気に帰ったと思うと、いつか楊の魂はあの虱の体へはいって、汗臭い寝床の上を、蠕々然ぜんぜんぜんとして歩いている。楊は余りに事が意外なので、思わず茫然と立ちすくんだ。が、彼を驚かしたのは、独りそればかりではない。――

彼の行く手には、一座の高い山があった。それがまたおのずからなまるみを暖く抱いて、眼のとどかない上の方から、眼の先の寝床の上まで、大きな鍾乳石しょうにゅうせきのように垂れ下っている。その寝床についている部分は、中に火気を蔵しているかと思うほど、うす赤い柘榴ざくろの実の形を造っているが、そこを除いては、山一円、どこを見ても白くない所はない。その白さがまた、凝脂ぎょうしのような柔らかみのある、なめらかな色の白さで、山腹のなだらかなくぼみでさえ、丁度雪にさす月の光のような、かすかに青い影をたたえているだけである。まして光をうけている部分は、融けるような鼈甲色べっこういろの光沢を帯びて、どこの山脈にも見られない、美しい弓なりの曲線を、はるかな天際にえがいている。……

ようは驚嘆の眼を見開いて、この美しい山の姿を眺めた。が、その山が彼の細君の乳の一つだと云う事を知った時に、彼の驚きは果してどれくらいだった事であろう。彼は、愛もにくしみも、乃至ないしまた性欲も忘れて、この象牙ぞうげの山のような、巨大な乳房ちぶさを見守った。そうして、驚嘆の余り、寝床の汗臭いにおいも忘れたのか、いつまでも凝固こりかたまったように動かなかった。――楊は、虱になって始めて、細君の肉体の美しさを、如実に観ずる事が出来たのである。

しかし、芸術の士にとって、虱の如く見る可きものは、独り女体にょたいの美しさばかりではない。

狐人的読書感想

楊はしらみになって嫁の裸体を眺め、その乳房を雄大な山の風景のように見て、感動を覚えます。巨大なものに圧倒される気持ちは理解できるのですが、そこに自然風景のような美を感じるというのは独特な感じがして、僕にはちょっとわかりにくかったです。

(想像力不足ですかね……人間にとっては当たり前の大きさのものでも、本当に小さな生き物にとっては壮大な眺めになるわけで……たとえば、いまコーヒーを飲んでいる手元のマグカップとか……しらみの目で見るとその曲線が不思議に美しく見えるのかも……ちょっとしらみの視点でものを見てみたいですね……VRとかでできないかな……?)

いろんな視点からものを見るというのは、なにも芸術家ばかりでなく万人に大事なことだと思えますが、僕は普段から意識するようにしていながらも、しかしなかなかできていないという気がします。

別の人や生き物の視点で、できるだけ多角的にものごとを見たいと考えますが、人の斬新な意見を聞いたりすると、驚いたり、そちらの見方のほうが正しいような気がしたりして、自分の視野の狭さを実感することが結構あります。

楊は、『その虱ののろくさい歩みを眺めながら、こんな虫の世界はどんなだろうと思った。自分が二足か三足で行ける所も、虱には一時間もかからなければ、歩けない。しかもその歩きまわる所が、せいぜい寝床の上だけである。自分も虱に生れたら、さぞ退屈だった事であろう。……』と考えています。

これは完全に人間の視点であって、たしかに人間からすれば二、三足で行ける範囲しか動け回れないのは退屈かもしれませんが、しらみにとっては一時間もかかる大仕事であって、退屈なんて感じる暇もないでしょうね。

(そもそも、しらみは寝床の上以外の世界を知らないはずで、だったら自分の世界をちっぽけに感じることさえないのかも)

人間は、自分の住んでいる家があって、街があって、国があって、世界があって、地球があって、宇宙があって……、もっとずっと広い世界があることを知っている気になっていますが、しかし、宇宙のさらに外側に、もっとより広大な世界があるかもしれず……、みたいに想像して見ると、なんとなく不思議な気持ちになります。

これがしらみの視点でものを見るということなのでしょうかね?

(「そもそも」を言い出したら、しらみは人間のように思考はしていないはずなのだから、これは違いますかね?)

多角的に広い視野でものごとを見たいと思った、今回の狐人的読書感想でした。

3読書感想まとめ

嫁に飽きた人はしらみになるべし!?

狐人的読書メモ

・構成的には、最後の一行を言うために、効果的に物語が描写されていると感じた。

・小説は「一行で済むことを長々と書いているから好きじゃない」という話をどこかで聞いたはずだが(どこだったか……)、小説だからより実感でき、また小説だから伝えられることがあるように、狐人的には感じている。

・『女体/芥川龍之介』の概要

1917年(大正6年)『帝国文学』にて初出。1920年(大正9年)『影燈籠』(春陽堂)に、『黄梁夢』『英雄の器』『尾生の信』と共に「小品四種」の「三」として収録される。見慣れたものでも、視点を変えれば、新鮮な感動を感得できる、ということもいえるかもしれない。

以上、『女体/芥川龍之介』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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