葉/太宰治=「あの花、あのはな?」など、断片的狐人的読書感想。

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

葉-太宰治-イメージ

今回は『葉/太宰治』です。

文字10000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約34分。

花(小説)になれなかった葉(断片)。最初の短編作品集『晩年』の冒頭に置かれた意味。心に残るフレーズの数々。誰でもどれか一つは見つかるはず。あの花の名を知っている? 断片的狐人的読書感想。

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

1.『私がわるいことをしないで帰ったら、妻は笑顔をもって迎えた。』

2.『兄はこう言った。「小説を、くだらないとは思わぬ。おれには、ただ少しまだるっこいだけである。たった一行の真実を言いたいばかりに百頁の雰囲気をこしらえている」私は言い憎そうに、考え考えしながら答えた。「ほんとうに、言葉は短いほどよい。それだけで、信じさせることができるならば」』

3.『芸術の美は所詮しょせん、市民への奉仕の美である。』

4.『あの花の名を知っている? 指をふれればぱちんとわれて、きたない汁をはじきだし、みるみる指を腐らせる、あの花の名が判ったらねえ』

5.『「死ねば一番いいのだ。いや、僕だけじゃない。少くとも社会の進歩にマイナスの働きをなしている奴等は全部、死ねばいいのだ。それとも君、マイナスの者でもなんでも人はすべて死んではならぬという科学的な何か理由があるのかね」』

6.『生れてはじめて算術の教科書を手にした。小型の、まっくろい表紙。ああ、なかの数字の羅列られつがどんなに美しく眼にしみたことか。少年は、しばらくそれをいじくっていたが、やがて、巻末のペエジにすべての解答が記されているのを発見した。少年は眉をひそめてつぶやいたのである。「無礼だなあ」』

7.『お前はきりょうがわるいから、愛嬌あいきょうだけでもよくなさい。お前はからだが弱いから、心だけでもよくなさい。お前はうそがうまいから、行いだけでもよくなさい』

狐人的読書感想

『葉』は、短編小説、というか、フラグメント(断片)なのだとか。「花」(小説)になれなかった「葉」(断片)を寄せ集めたもの。『葉』は、太宰治さんの最初の短編作品集『晩年』の冒頭となる作品です。

そういえば、『東京八景』に出てきましたね、『晩年』。たしか、遺書として書かれたものだったように記憶しています。

調べてみたら、『二十数篇の中、十四篇だけを選び出し、あとの作品は、書き損じの原稿と共に焼き捨てた。』という記述があって、あるいは焼き捨てた原稿の中から『葉』に抜き出した断片もあったのかな、などと想像しました。

そんなわけで本作は、ストーリーとしてのつながりはないので、正直話としてはチンプンカンプンなものになっていますが、たぶん誰でも一つくらいは心に残るフラグメントがあるように思います。

そんなわけで今回のあらすじは、僕が読んで心に残ったフラグメントを7つ抜き出してみました(そんなわけであらすじが書きにくかったという事情もありますが……)。

1.は、「なんとなくいいなぁ」と思いました(まあ、全部「なんとなくいいなぁ」なのですが……)。自分が悪いことをすれば悲しむ人がいて、自分が悪いことをしなければ笑顔で迎えてくれる人がいる、なんてことは普段なかなか意識する機会がないように思うんですよね。

2.は、「兄、理系っぽいなぁ」といった感じです。たしかに、あるテーマについて長々しく綴っているのが小説であって、それを「まだるっこい」と言ってしまえばそれまでかもしれません。それに対して「私」が言っていることもまた一理あるなと感じます。「一行の言葉では伝えにくいことを伝えるためのものが小説である」というのは、たしかにその通りだと感じます。

3.は、芸術の美だけでなく、景色の美は観光、花の美は商品――いまや美というものはなんだって「市民への奉仕」(娯楽)ですよね。「市民への奉仕」(娯楽)が悪いものだとは思いませんが、現代では娯楽は消費物になっていて、小説などは特にその傾向が強いように感じ、どこか皮肉的な印象を受けたフレーズでした。

4.は、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(あのはな)を思い出しました。感動して泣きました。という、本作とはまったく関係ない心の残り方をしたフラグメントだというお話でした(泣、いや笑)。

5.は、頷けるような頷けないような。誰でも社会の恩恵を受けている以上は、たしかに社会貢献すべきであり、「マイナスの者は……」という理屈はわからなくはないのですが、ムダに思えるくらい個人の命を大切にできる社会はすばらしい社会なんじゃないかとも思えるんですよね。何人も命を捨ててはいけないという科学的理由がない、というのはその通りではあるのですが……。

6.は、「答えがあるのは無粋だ」と感じることがたしかにありますね。答えは一つじゃない、大切なのは答えじゃなくて過程である、みたいな? でも、必ず一つの答えがある、というのが、算術(算数、数学)のよさである、という気がします。

7.「弱点を補うように他の点を伸ばす努力をしなさい」的な? なかなかいい教えのように思いました。あるいは当たり前の教えなのかもしれませんが。「嘘がうまいから、行いをよくしなさい」はちょっと笑いましたが。女は器量より愛嬌? そうであったらいいなと思いますが、現実はどうでしょうね(言わずもがな?)。

フラグメントな今回の狐人的読書感想でした。

読書感想まとめ

「あの花、あのはな?」など、断片的狐人的読書感想。

狐人的読書メモ

・ちなみに『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』の正式な略称は「あの花」ではなくて「あのはな」。すべて平仮名表記が正しいらしい。

・冒頭のヴェルレーヌの詩『えらばれてあることの 恍惚こうこつと不安と 二つわれにあり』の引用は、「自分は選ばれた者である」という太宰治の自負の表れであるらしい。ちょっと意外な気がした。

・『葉/太宰治』の概要

1934年(昭和9年)『鷭』にて初出。太宰治の最初の短編集『晩年』に収録。その冒頭に置かれているところに意味があると思われる。エピグラフと36のフラグメント。アフォリズム的構成。昭和2年夏~昭和8年初頭にかけて、各年代の作者の想いを反映したもの(?)。「花」(発表作)に対する「葉」(没原稿)か。

以上、『葉/太宰治』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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