手巾/芥川龍之介=ドラマツルギー?吸血鬼?初音ミク?作劇法?社会学?

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

手巾-芥川龍之介-イメージ

今回は『手巾/芥川龍之介』です。

文字数8000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約27分。

顔は微笑したまま、手はハンカチを二つに裂く。
あなたはこれに何を感じる?
武士道? 吸血鬼? 初音ミク? 作劇法? 社会学?
みんなが演じ合っているのが人間社会。
それがドラマツルギー?

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

大学教授、長谷川謹造が自宅のベランダで作劇の本を読みながら、日本の武士道について想いを馳せている。

最近、日本の文明は物質的方面においてかなりの進歩を示している。しかし精神的な進歩はほとんど認めることができない。いや、ある意味では堕落している。

長谷川は、この堕落を救うには武士道しかないと考え、自らが武士道をもって日本と西欧との懸け橋にならねばならないと考えている。

そんなところへ、一人の婦人が訪ねてくる。婦人は長谷川の教え子の母親だと名乗り、息子が闘病の末に亡くなったことを語る。

辛い話をしているはずなのに、取り乱すこともなく、微笑さえ浮かべている夫人の平静な態度を見て、長谷川はこれを不思議に思う。

が、ふと長谷川の目に留まった夫人の手には、一枚のハンカチが握られていて、それは激しくふるえ、いまにも引き裂かれそうになっていた。

夕食後、長谷川は再びベランダへ出ていた。あの婦人の態度こそ、日本の女の武士道だと感心していた。しかし、漫然と目を落としたページの一文を読んで、がらりと気持ちが変わってしまう。

その一文とは、「顔は微笑したまま、手はハンカチを二つに裂く」という演技の技法について書かれたものだった。著者によれば、それは臭味と名付けられるものらしい。

長谷川には、夫人が急に得体の知れない何物かに思えてならなかった。演出法と道徳上のこととはもちろん別物であるが、そこに含まれる暗示は、長谷川の気持ちを激しく乱した。

武士道と、その型とは……。

狐人的読書感想

長谷川先生の読んでいる本なのですが、ストリンドベリの『作劇術ドラマツルギー』となっていて、「ドラマツルギー? 吸血鬼のヴァンパイアハンターの?」と思いましたが、もちろん全然違いました。

ドラマツルギーはドイツ語で、作劇術、作劇法、演劇論をいうそうで、演劇に関する理論、創作のための方法論のことなのだとか。

社会学用語としてもドラマツルギーは用いられていて、簡単にいうと「人間社会は人々が互いに演技をし合って成り立っているもの」といった考え方のようです。

言われてみればたしかに、という気がして、ドラマツルギーはとても興味深い言葉だと思いました。

子供であったり、大人であったり、生徒であったり、教師であったり、先輩であったり、後輩であったり、友達であったり、親であったり、子どもであったり――学校でも会社でも家庭でも、自分は何らかの役割を演じている、と感じることは多いですよね。

「いい子を演じている」みたいな言葉がふと頭の中を過ります。

長谷川先生は武士道を信奉していて、息子を失った悲しみを人には見せないように、しかし内心ではハンカチを握りしめた手がふるえるほど、いまにもハンカチを引き裂きそうになるくらい悲しんでいる婦人の姿に、「日本の女の武士道」を見て感動するわけですが、前述のドラマツルギー(演技)を思って興覚めしてしまいます。

悲しみだけにかかわらず、人間感情って表現によって、ずいぶんと違った印象を受けますよね。

大げさに泣き叫んでいるのを見てかわいそうに思うこともあれば、なんだかうさんくさいなあと感じることもしばしばで、婦人のハンカチに見られるような悲しみ方はより深く共感できるような気がして、それでいてやはり演技的に見られる向きもあるように思えてきます。

とはいえやっぱり、感情表現は見た目が派手な方が、人心をよく惹きつけて得だという気がしますね。

実際の学校や会社や家族・友人関係でも、感情に任せた発言をする人のほうが何かと優先されているように感じられてしまいます。

だけど、何も言わないのだって演技しているといわれてしまえばそのように思えてきて――結局のところ、何が演技で何が本当の気持ちなのか、といった線引きは非常に難しいのではないでしょうか?

そんな感じの気持ちの揺らぎが、長谷川先生の最後の気持ち、『武士道と、さうしてそのマニイルと――』というあたりに通じている気がして、勝手に共感してしまったところでした(違うかもしれませんが)。

ちなみに、この作品にはおおむね3つの解釈があるそうです。

・武士道に象徴される伝統への皮肉
・夫人の心からの悲しみを演技と結び付ける安直さへの批判
・武士道の本質を理解できていない長谷川先生への批判

他にも、感情を押し隠すのは美徳か、現在でも物質的な進歩に比して精神的な進歩はあまり見られないんじゃなかろうか、などなど、部分的にいろいろな読み方ができそうですよね。

とても興味深い小説でした。

読書感想まとめ

いろんな意味でドラマツルギー?

狐人的読書メモ

長谷川謹造のモデルは『武士道』を著した新渡戸稲造。僕は『武士道の山』だけ読んだことがある。

・『手巾/芥川龍之介』の概要

1916年(大正5年)10月、『中央公論』にて初出。主人公のモデルは新渡戸稲造、題材提供は久米正雄とのこと。ドラマツルギー?

以上、『手巾/芥川龍之介』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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