城のある町にて/梶井基次郎=TVで一般人がいじられるのが不愉快ってことある?

狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

城のある町にて-梶井基次郎-イメージ

今回は『城のある町にて/梶井基次郎』です。

文字数20000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約60分。

可愛がっていた幼い妹が亡くなり、
傷心の主人公は姉の勧めで
姉一家が住む城のある町(三重県松阪市)に滞在する。

著者作品の中では珍しく、
明るくのどかでどこかやさしい小説。

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

可愛がっていた幼い妹が亡くなり傷心のたかしは、姉の心遣いの手紙を受けて、彼女の一家が暮らす家にしばらく滞在することになる。姉と義兄の夫婦、その娘の勝子、そして義兄の妹信子――城のある町での一家との暮らしが、峻の心をやさしく慰めてくれる。

・ある午後

夏。風が少し吹く午後、悲しいまでに晴れた空。白亜の小学校、銀行、お寺。城跡から眺めるパノラマ。下の町には屋根が並び、植物の緑が家々の間から萌え出している。蝉時雨。涼をとり、景色を眺めて立ちゆく人々。虫とりの子供たち。いつか、女の子らしい歌声が、峻の足元に高く響いていた。

・手品と花火

別の日の夜、峻は姉一家と一緒に手品を見に出かけた。インド人の手品師が客席から一人の男を舞台に上げた。インド人はその客をまるで見世物のように扱って、それが峻には不愉快だった。夕方、城跡に登ったとき、子供が花を「フローラ」と言った。たしかに「フラワー」とは言わなかった。遠くで花火の音と光がした。峻にはそのほうがよほど立派な手品に思えた。そんなことを考えているうちに不快感は洗われていき、あとの手品はみんなで一緒に楽しんだ。

・病気

ある日姉が病気になる。姉が嫁いでから病気で寝るのは二度目らしく、以前住んでいたところでは義兄も病気で寝たきりになったそうだ。その頃の思い出話がおもしろかった。

・勝子

峻は姪の勝子が男の子に地面へ叩きつけられているのを目撃した。ひどいことをすると思ったら、どうやらそういう子供の遊びらしい。それにしてもよく泣き出さないものだ。勝子はほかの女の子よりも明らかに強く叩きつけられていた。夜、姉が針を持って、勝子の片手に刺さったトゲを抜こうとすると、勝子は泣いた。ひょっとしたら、あのときのやせ我慢を破裂させているのかもしれない。なんとなく悲しく、峻には思えた。

・昼と夜

ある日の昼、峻は城の傍に立派な井戸があるのを見つけた。そこで洗濯をする二人の女がいた。うらやましく、すばらしく、幸福そうな眺めだった。峻は単純で、平明で、健康な世界のことを思う。それは食べてしまいたくなるような風景だった。

夜、電気を消し目をつむると、何かの運動する気配を感じることがある。そんなとき、峻は妖術さえ使えそうな気がする。たとえば子供時代、両手で囲いをつくり、弟に「この中に牛が見えるぜ」と言ってだまし、その両手で顔にフタをしたが、いまなら両手の囲いの中に牛や馬、田園、平野、市街、市場、劇場、船着き場や海を本当に現出させられそうな気がした。

・雨

八月も終わりになると夏休みも終わり、義兄の妹の信子が学校の寄宿舎へ帰ることになった。その前夜も峻はやはり眠りにくかった。ふと外を見ると、雨の降る軒下に信子の着物がかかったままになっていた。それは峻がもっとも目にした信子の普段着だった。その着物を見ていると、不思議なくらい信子の身体つきが思い出された。雨が行ってしまった。またくるだろうか? 峻は熱い額を感じながら、また雨がくるのを待っていた。

狐人的読書感想

梶井基次郎さんの小説といえば、実体験が色濃く反映されているというか、実体験そのものだというイメージがありますが、この『城のある町にて』もやはりそんな作品の一つですね。

実際の梶井基次郎さんの妹は異母妹(父が実家の女性従業員に産ませた子供)だったそうで、その存在を初めて知ったときには相当なショックを受けたといいますが、可愛がっていた妹が亡くなってしまったことは、それ以上に大きなショックだったのでしょうね。

それを気遣ったお姉さんが、「自分のところへ遊びにおいで」と手紙をくれたのはうれしかったんじゃないかなあ、などと想像してしまいます。

なんというか、お母さんだったりお姉さんだったり、作品から梶井家の女性にはやさしい印象を持ちます。梶井基次郎さん自身がそこまで落ち込むほど妹を可愛がっていたこともあって、梶井家はいい家族だったのではなかろうか、などと思ってみたりするのですが、どうでしょうね?

あまり内容に関係のないところ、作品背景の話から入ってしまいましたが、もう少しだけ。『城のある町にて』の「城のある町」とは、当時お姉さん一家の住んでいた三重県松阪町(現松阪市)のことのようです。

なので城跡とは松坂城のことなのでしょうが、ここから眺める町の景色が本当に魅力的に描かれているのが心に残りました。

穏やかでのどかな情景、色彩豊かな風景、いろいろな音も印象的で、昔の古きよき日本を思わせるところもあり、ぜひ行ってみたくなります。

まあ、現代ではさすがに瓦屋根ばかりが並んでいたりするわけはないでしょうが、どこかに作品で描かれている「城のある町」の名残が見つけられるのではないでしょうか。

さて、内容で一番印象に残った、というか、共感した部分は峻が姉一家と一緒に手品を見に行ったシーンでのことです。

インド人の手品師が、観客席から一人一般客を舞台に上げて、まるで見世物のように扱ってほかの客から笑いを取っている、そんな様子が峻には不愉快に感じられたという部分に、僕も思うところがありました。

テレビなどを見ていて、一般人がインタビューなどされて、その受け答えをスタジオの芸能人たちがいじり、笑いにしていることがありますが、そんな番組を見かけるたびに峻が抱いたのと同じような気持ちになることが僕にもあります。

芸能人の人たちも悪意を持って一般の人を笑い者にしているわけではなくて、一般の人もそれで不愉快になっていることもなく、むしろテレビに出られてうれしいくらいに思っているはずなので、不愉快に思う要素はどこにも見当たらないような気がするのですが、なんとなく漠然とした不快感に襲われるときがあります。

なんとも説明しにくい感情なので、ほかの人に聞いてみたこともなく、ひょっとすると僕だけが思っていることなのではと思ったこともあったので、『城のある町にて』で同じようなことが書かれていて、思わず「わかるわ~」となってしまいました。

この不愉快の感覚を説明するために、この作品の「手品と花火」の章だけ読んでもらうのは一つの手だなと、新たな発見をした気になったのは僕だけかもしれません。

(上記同じような人は、けっこういるような気がするときもあるし、まったくいないような気がするときもあるんですよね……、共感してくれる人いますか?)

そして気になったところといえば、やはり峻は、義兄の妹・信子のことが好きだったの? ――というところです。

ところどころでその素振りはあるのですが、決定的には書かれていない気がするんですよね。

最後の意味深な描写も恋慕なのかただの欲情なのか、迷うところがあります。また作品背景の話を持ち出して恐縮ですが、梶井基次郎さんも実際の義兄の妹に淡い恋心を抱いていたのでは……、という話もあります。

(病弱な文学青年の恋、とでもいえば響きがいいのですが、実際の梶井基次郎さんはかなりのガッチリタイプなんですよね……、肺結核ってどこか偉人を美化してしまう不思議な魔力がありますよね、新選組の沖田総司さんとか、僕の中ではけっこう梶井基次郎さんとキャラが被るときがあります)

さすがに代表作といわれるだけあって、梶井作品の中でもトップクラスにいい小説だと僕は感じましたし、いろいろ想像(?)してみておもしろい小説でもありました。

よろしければぜひに。

読書感想まとめ

梶井家の女性のやさしさ。のどかな日本の古きよき情景。テレビを見ていてたまに不愉快に思ってしまうこと。病弱な文学美青年の淡い恋について。

狐人的読書メモ

夢で不思議な所へ行っていて、ここは来た覚えがあると思っている。家のなかばかりで見馴れている家族を、ふと往来で他所よそ目に見る。子供の遊びは奇妙に見える。妖術。「フローラ」はローマ神話に登場する「花と豊穣と春」の女神。

・『城のある町にて/梶井基次郎』の概要

1925年(大正14年)、『青空』にて初出。著者の代表作の一つ。梶井作品の中ではあまり暗さの感じられない珍しい小説だと思った。それだけにより印象に残った作品だった。なんとなくいいと感じられる。

以上、『城のある町にて/梶井基次郎』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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コメント

  1. 庄司 佳伸 より:

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