狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『悪魔祈祷書/夢野久作』です。
文字数13000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約35分。
魔導書・外道祈祷書に書かれた真実。
世界は原子と悪により構成されている。
人間の歴史は悪徳と欲望の歴史だ。
堕天使ルシファーを召喚して書かせた
悪魔の聖書が現実に存在します。
未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
狐人的あらすじ
外はどしゃぶりの雨だった。ある古書店。雨宿りに立ち寄った大学助教授を店主が迎えた。店主は退屈しのぎと、饒舌に語り出す。
古書店にはやはり万引きが多い。箱の中身だけ持っていかれてしまい、損をすることもしばしばだ。かと思えば、大変な貴重本が舞い込んでくることもある。
この間もある学生が、先祖代々伝わってきたという聖書を売りにきた。買い取って調べてみると、1626年にイギリスでできた筆写本で、上等の紙が使われている。表紙も箱も立派なものだ。
これはいい買い物をした――と、店主はつぎに中身を読みはじめ……、ガタガタと震えた。それは悪魔の聖書、まぎれもなく『BOOK OF DEVIL PRAYER』(外道祈祷書)の実物だった。
『BOOK OF DEVIL PRAYER』(外道祈祷書)、著者はデュッコ・シュレーカー、かつてあのロスチャイルドの一族が、十万ポンドの懸賞金をかけて探したといわれる魔導書だ。よく見れば、箱に「MICHAEL SHIRO」の署名があり、どうやら天草四郎の蔵書として、日本に渡ってきていたらしい――見つからないはずだ。
その内容は、最初の四、五行は本物の聖書の文句が刻まれている。が、そこから先は恐ろしい悪魔の文章が延々と続く。
宇宙万物は原子からなる物質であり、人間の精神は脳内物質の化学作用に過ぎず、ゆえに神などは存在しない。ならば宗教はことごとく悪だ。救いを偽り、一部特権階級が弱者から奪う手段でしかない。
神はアダムとイブの行いを悪としたが、結果人間は繁栄したのではなかったか? ペルシアの王ダレイオスは捕虜にした女と男でどれほど残酷な遊びを楽しんだ? アレキサンダー大王は病人の体を使ってアラビア人を滅ぼそうとしなかったか? ロシアのピョートル大帝は――世界を支配するのは神ではなく、いつも悪魔で、錬金術からはじまる科学が人間を発展させてきた。
そんな調子で、話は新約聖書にまでも及ぶが、それは口にするのもおぞましい内容……、これは間違いなく、所有者に災いをもたらす魔本に違いない――と、思っていたら、この本が最近万引きされたのだと店主は言う。箱だけが棚の隅に残されており、中身がすっぽり抜かれていたのだ。
大学助教授は急に青ざめて取り乱しはじめた。
店主に有り金を渡すと怒涛のごとくしゃべり出した。
出来心だった、あれから不幸続き、妻が流産し、たった一人の息子も中毒で亡くなった、じつはあの本を息子の習い事の教師に貸してしまった、あの本に毒薬の製造法が? あのピアノ教師が毒を盛った……、妻は美人コンテストで1位になるほどで……、ま、まさかあの男と!
店主は慌てて大学助教授を宥めた。
先生、落ち着いてください、いまの話は全部ウソです、私の作り話なんです、貴重本ではありますが、あの本はただの聖書ですよ、先生が万引きしたことを、私はちゃんと知っていたんです。
狐人的読書感想
いやはや、普通におもしろかったです。
タイトルだけで僕の中の期待値はかなり上がっていたのですが、『悪魔祈祷書』、期待を裏切らない――いえ、いい意味で期待を裏切る作品でした。
クトゥルフ好きやファンタジー好き、あるいはゲーム好きなんかも、思わず手にしてしまうタイトルではないでしょうか?
魔導書といえば、天使や悪魔、または精霊などを召喚するための儀式やそのための様式などが書かれている本、といったイメージですが、実在するものとしては『ソロモンの鍵』、フィクションだと『ネクロノミコン』などはよく(?)聞かれるもののように思えます。
『悪魔祈祷書』あるいは『BOOK OF DEVIL PRAYER』(外道祈祷書)というのは初耳でしたが、これは夢野久作さんの創作ということで間違いないでしょうね(厳密には店主の創作)。
ネット上では「デュッコ・シュレーカー」という人物は実在していた、という話も見かけましたが、真偽のほどはわかりませんでした(少なくともグーグル検索では確認できず)。
作中の古書店の店主はこれを「悪魔の聖書」と呼ぶのですが、じつは「悪魔の聖書」と呼ばれるものは現実に存在していて、驚きました。
それはストックホルムのスウェーデン国立図書館が収蔵している『ギガス写本』というとても大きな聖書の写本(624ページ、高さ92cm、幅50cm、厚さ22cm、重さ75kg)で、中に悪魔の挿絵があったり、制作にまつわる伝説から「悪魔の聖書」と呼ばれるようになりました。
制作にまつわる伝説とは以下のようなものです。
1230年ボヘミアの修道院で、戒律を破り罰として監禁されていたあるベネディクト会の修道士(黒い修道士)が、厳しい刑罰に耐えるため一晩で写本することを誓ったのですが、当然それは時間的に無理な話で、それを悟った黒い修道士はなぜか神ではなく堕天使ルシファーに語りかけ、自分の魂と引き換えに写本を完成させてほしいと願い、悪魔がそれを完成させたというエピソードです。ちなみに、これを人間一人の手で完成させたのだとしたら、25~30年の歳月がかかったと考えられています。
『ギガス写本』はもともと320枚の紙が束ねられていたそうですが、一部が除去されているそうです(そこにはベネディクト会の禁欲的な規則が書かれていたとされています)。
夢野久作さんの『悪魔祈祷書』を読んだ方ならピンときたかもしれませんが、本作にも「(三十行削除)、(四十七行削除)」とわざわざ書かれている箇所があるんですよね。
ひょっとして、『ギガス写本』がモチーフなのでは? ――と思わされるところが多いです。
ただし内容については、『ギガス写本』は普通に聖書の写しだそうで、「外道祈祷書」のように神を冒涜したり、世界の成り立ちを「悪徳と欲望」で語っているわけではありません。
その点については、こんな言い方をするのは不謹慎かもしれませんが、断然「外道祈祷書」のほうがおもしろいですね。
あらすじでも一部まとめていますが、科学的、物質主義的に宗教を批判したり、欲深き人間の性について論じていたりするところは、無宗教な日本人としては思わず頷かされるところがあります。
『全世界の人類よ。皆、虚偽の聖書を棄てて、この真実の外道祈祷書を抱け。われは悪魔道のキリストなり。弱き者。貧しき者。悲しむ者は皆吾に従え』
未読の方はぜひ、この真実の外道祈祷書を抱いてみては?
読書感想まとめ
「悪魔の聖書」がおもしろい!
狐人的読書メモ
作中に『大英百科全書』と出てきてはじめて『アンサイクロペディア』の語源を悟った。『アンサイクロペディア』に『エンサイクロペディア』を自身のパロディだとする記事があって、ちょっとウケた。
・『悪魔祈祷書/夢野久作』の概要
1936年(昭和11年)、『サンデー毎日』にて初出。魔導書、グリモワール、外道祈祷書、悪魔の聖書。これらの言葉に惹かれるものを感じた人におすすめ。
以上、『悪魔祈祷書/夢野久作』の狐人的な読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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