春は馬車に乗って/横光利一=穏やかな秋、愛の修羅場の冬、そして融和と静寂の春。

狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

春は馬車に乗って-横光利一-イメージ

今回は『春は馬車に乗って/横光利一』です。

文字数10000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約36分。

穏やかな秋、愛の修羅場の冬、そして融和と静寂の春。
リアルな夫婦の闘病記録。
読後の余韻がよみがえるタイトルが秀逸。
切なイイ小説。
夫婦どちらにも見習うべき学ぶべき点、多々。

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

秋、庭の池に亀が泳ぐのを彼が見ていると、彼の妻はこの頃松の葉がきれいに光るのだと言う。長い間寝ていて感想がそれだけなのか、と彼が訊くと、妻は洗濯がしたいと返す。

彼は結婚するまでの苦労を考え、妻が胸の病気で床に伏したこの一年間のことを思った。あなたにもっと恩を返してから逝きたい。無理に起きようとする妻を、彼はなだめた。

次々に襲いくる苦痛、彼はそれを舐め尽くしてやろうと決心した。俺の身体は一本のフラスコ、まず透明でなければならない。

冬、彼は妻の食べたがる新鮮な鳥の臓物を探して、海岸町の鳥屋を訪ね回った。彼が帰って、妻に成果を見せながら饒舌に話していると、妻の「檻の中の理論」が飛び出してきて、知らぬ間に口論になってしまった。

なぜいつもそばにいてくれないのか、ほかの女と遊びたいのではないのか、私を看病するのはあなたのためで、私のことなんかちっとも思ってくれていないのではないか……。たしかに俺は俺のために何事も忍耐している、だが誰のためにこんなことをしていなければならないと思っているんだ……。

彼は生活のため、病人を養うために、別室で作家の仕事をした。すると妻は、またしても「檻の中の理論」を持ち出して、彼を攻め立ててくるのだった。

お前の敵は俺の仕事だ、だけどお前の敵は、じつは常にお前を助けてくれているんだよ……。あなたがそんなに冷たくなるくらいなら、もう私はいなくなってしまいたい……。

妻の病状が進むにつれて、彼は彼女のそばからますます離れられなくなった。たんをとってやらねばならないが、苦悶の中でさえ、いや苦悶の中だからこそ、妻は癇癪かんしゃくを起した。彼が冷静になればなるほど、妻はヒステリックになった。彼はたてのように打たれながら、妻のざらざらした胸を撫でさすった。

彼はこんなふうに考えてみた。いまのような、苦痛の頂点にあるときでさえ、妻が健康なとき、彼女から与えられた嫉妬の苦しみよりは、いくらもましなのではなかろうか。彼はそんな考えにすがるよりほかなかった。そして自嘲気味に笑うと、その笑いがまた妻のかんさわった。

彼は自分が先に逝って、この苦しみから逃れたいと思うことさえある。が、この生活の難局をどう乗り越えていくのか、自分の手腕を一度はっきり見たくもある。妻に弱々しくわがままを謝られると、もうやめていいと言われても、妻の腹を撫でる手を休める気がしなくなった。涙が出てきた。

早春、彼が医者のところに薬をもらいに行くと、医者は「あなたの奥さんはもうダメですよ」と言った。彼は放心して帰った。帰りの道中、もう妻を見たくないと思った。もし見なければ、いつまでも生きている妻を感じられるに違いない。妻の病室へ入ると、妻は彼が泣いたことを指摘した。その理由さえも。妻の覚悟はとっくに決まっている。

妻は見えなくなるだけ。永遠の別れにむけて、夫婦の準備は整ってしまった。そんなある日、知人からスイートピーの花束が届けられた。とうとう、春がやってきた。この花は馬車に乗って、海岸をまっさきに、春をきにやってきたんだ。妻は明るい花束の中へ蒼ざめた顔を埋めると、恍惚こうこつとして目を閉じた。

狐人的読書感想

春は馬車に乗って-横光利一-狐人的読書感想-イメージ

病気の妻と、献身的に看病する夫。まだ病状がそこまで進行していなかった穏やかな秋と、病気の悪化とともに修羅場となる冬と、苦しみの果てに訪れる融和と静寂の春。

リアルな夫婦の闘病記録とでもいえばいいのでしょうか、実際の著者の実体験が描かれた私小説的な短編なので、軽々に言うのはためらわれるところもあるのですが、切なイイ小説でした。

作中の妻は肺結核で、乳がんとは別ものだとはわかっているのですが、「胸の病気」ということで、最近報じられた小林麻央さんの訃報(2017年6月22日)をどうしても連想してしまいました。

ブログ(『KOKORO.』)で積極的に配信された前向きな闘病生活が、たくさんの人に勇気や希望を与えたということで、世間的にも大変評価されていて、狐人的にも本当にすごい取り組みだったと思っているのですが、やはり表に見せないところでは、病気の苦しみや葛藤があったのだろうなあ、と改めて想像させられました(ご冥福をお祈りいたします)。

『春は馬車に乗って』という小説には、とにかく病気の妻と、看病する夫のリアルな心情が、多用されている会話文と、「彼」の思いや考えが綴られた地の文からひしひしと伝わってくるように、僕には思えたので、そのあたりを以下あらすじに沿って順番に書き残しておきます。

まずはまだ修羅場に入る前の、そこまでは病気が悪化していなかったと思われる秋ですが、印象に残ったのは妻の「早くよくなって、シャッシャッと井戸で洗濯がしたい」という発言でした。「洗濯がしたい」というのは、いかにも日常的で平凡な願望のように思えたのです。

もし病気が治ったら何がしたい、ということは、重い病気にかかっている方はみなさん考えていらっしゃることだと思うのですが、好きなものをお腹いっぱい食べたいだとか、学校に行きたいだとか、それはやはり日常的な、平凡なものなのかもしれないなあ、という気がしました。

日常生活の尊さというものは、失ってみてはじめてわかるものなんだよなあ、と、読書で疑似体験してわかったつもりになっているのですが、やはり本当の実感というものは、実際に病気を体験してみなければわからないようにも感じています(かといって病気の体験は当然ながらしたくないわけなのですが)。

洗濯という選択と、あなたに恩を返してから逝きたいという妻のけなげさも同時に伝わってきて、「彼」の痛切な気持ちが察せられるところでした。

冬の修羅場は読んでいるこっちもつらかったですね。決して仲が悪いわけではなくて、お互いを想い合っている夫婦でも、これほどまでに険悪になってしまうというのは、身体的なものばかりでない、病気のもうひとつの恐ろしさを見たように思いました。人間関係が悪化すると病気までもが悪化するという悪循環を思わされたところでもあります。

なんといっても、妻の「檻の中の理論」はいちいちこたえました。

『それはあなたのためだからよ』とか言われてしまえば、たしかに看病をするのは妻に生きてほしいと願う「彼」のエゴともいえないことはないわけで、だけど「彼」の言い分どおり決してそれだけで看病をしているわけではないわけで、これはつらいなあ、と感じました。

なぜもっとそばにいてくれないのか、と詰問してくる妻に、『お前の敵は俺の仕事だ。しかし、お前の敵は、実は絶えずお前を助けているんだよ』といった「彼」の言葉には切実なものがありますよね。生活のためには仕事をしなければならず、始終そばにいては妻を養うことはできず――なんとなく妻の主張は鍵っ子の気持ちにも通じている気がして、シングルマザーや共働き世帯の葛藤をも連想させられたシーンでした。

妻のヒステリーをなだめながら、それでもこれは健康だったときの嫉妬に比べればマシだと考えたところや、いっそのこと自分が先に逝ってこの苦しみから解放されたい、だけどこの難局を乗り越えた自分を見てみたい、ヒステリーだった妻が急に弱々しく謝ってくると、撫でさする手を休める気がしなくなった――などなど、看病する夫の揺れる気持ちが伝わってきて、これは看護疲れや介護疲れ、実際に病気の家族を看護する、あるいは高齢の親御さんを介護する方などには強く共感できる部分なんじゃないかなあ、と想像しました。

早春、「あなたの奥さんはもうダメですよ」って、お医者さんもっと言い方あるだろうよ! と思わずツッコまずにはいられませんでしたが、「彼」の受けた衝撃を思いました。

「もう妻を見たくないと思った。もし見なければ、いつまでも生きている妻を感じられるに違いない」といった「シュレーディンガーの猫」的な思考は明らかに現実逃避ですが、そう思いたい気持ちはとてもよくわかります。

そして、弱り切った妻は自分の最期を悟り、夫は妻が見えなくなるだけだと、それぞれに覚悟を決めたラストシーンは本当に切なかったです。『春は馬車に乗って』のタイトルが凝縮された場面になっていて、とても秀逸さを感じさせられました。タイトルがいい小説は間違いなくいい小説です(と感じることは多いです)。

妻のヒステリーは何も病気に限った話ではなくて、健常な者でもその日の気分によってひとに冷たくしたり家族に当たってしまったりすることがあるように思いました。

人間、いつでも明るく元気に前向きに、とはなかなかいかないでしょうが、少なくともまわりのひとを暗くしてしてしまうような振る舞いは控えていきたいと願いました。

苦しみながらも愛する妻の看病を続けた「彼」の姿勢は、素直にすごいものだと感じました。自分もそんなふうにできるひとになりたいと、またそんなふうに思えるひとたちに出会っていきたいと、そんなふうに思ってもらえるひとになりたいと考えますが、はたして……。

読書感想まとめ

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病気になる者と看護する者、
双方の苦しみが描かれた切なイイ小説。

狐人的読書メモ

『春は馬車に乗って』、読後にこのタイトルを見ると本当に秀逸なタイトルだと思う。読後の余韻がよみがえる。

・『春は馬車に乗って/横光利一』の概要

1926年(大正15年)、雑誌『女性』(8月号)にて初出。翌年、改造社より単行本化。翻訳版あり(英題:Spring Riding in a Carriage)。読後の余韻がよみがえる秀逸なタイトル。切なイイ小説。おすすめ(年齢層はやや高めか?)。

以上、『春は馬車に乗って/横光利一』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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