狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『夜釣/泉鏡花』です。
泉鏡花 さんの『夜釣』は文字数3300字ほどの短編小説です。釣りが趣味の岩さんは鰻になってしまったのか? 子供は幽霊を見られるって本当? 不可解なラストの挿話。泉鏡花さんの生原稿のお値段は? 仏教・霊感・『開運!なんでも鑑定団』と絡めてご紹介します。
未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
狐人的あらすじ
岩次という釣り好きの男がいた。とくに素人には難しい鰻を釣るのが得意だった。しかし信心深い女房は、岩次の殺生を気にしていた。
十一月の末頃、仕事場から帰った岩次は、何やら気の急く様子で、「ちょっと友達のところへ」と言って、家を出た。
そして夜が更けても戻ってこない。
女房は何度も戸口に立った。いつもの夜釣りに決まっている。釣り道具は持って行かなかったけれど、無用な殺生はよくないからと、自分がしきりに止めるものだから、知り合いのところに預けているのを、女房は知っていた。きっと途中で友達に会って、飲んだくれているに違いない――そうして心配しているうちに、夜は明けて、昼になってしまった。
女房は夫を探して心当たりを尋ねて回った。しかしどこにもいないし、誰も知らない。日が暮れるまで探して、ようやく顔なじみの茶飯屋が、覚束ないながらも、心当たりがあるという。
茶飯屋の話によると、岩次は昨夜十二時頃、一人でここにやってきた。そして、通り雨をやり過ごしてから、また一人で去っていった――変に陰気で不気味な晩だった。
女房はとにかくその話を心遣りに、子供たちの晩御飯の準備もしていなかったと、家路を急ぐ。家の近くまでくると、路地口のところに、四歳になる娘と五歳になる長男が立っていた。
女房が「お父さんは帰ってきた?」と、隠し切れない期待を込めて訊くと、子供たちは「帰っていない」とそれぞれ答える。しかし子供たちの話はそれで終わりではなかった。なんでも大きな長い鰻が、台所の手桶の中にいるのだとか。逃げてはいけないから蓋をして、二人で石を乗っけたらしい……。
女房は子供たちを連れて家の中に入ろうとするが、子供たちは「お父さんを待つ」のだと言って、手を引き合って駆けていく――そして振り向きざまにこう言う。
「おつかあ、鰻を見ても触つちや不可いよ。」
「触るとなくなりますよ。」
女房は、言い知れぬ予感に寒気を覚えながら、台所へ……、そこには、たしかに手桶が一つ……、とても子供の手では……、と思われる、大きな沢庵石が乗っている。
石をのけて、蓋を外すと、中の鰻が尖った頭を上げて、女房の蒼白い顔をじっと見た……。
狐人的読書感想
さて、いかがでしたでしょうか。岩さんは鰻になってしまった――ということでよろしいでしょうか? ……てか、怖っ! ホラー小説? 趣的には怪談と言ったほうが適当なのでしょうか? なんの覚悟もしていなかったので、思わずぶるってしまったのは、僕だけ?
『夜釣』の怖さその1:鰻になった(?)岩さん
仏教の基本的な教えに「五戒」というものがありますよね。
「不殺生戒・不偸盗戒・不邪婬戒・不妄語戒・不飲酒戒」です。
殺生、盗み、みだら、嘘をつくこと、飲酒――をそれぞれ戒めているものですが、『夜釣』はまさに不殺生戒を表している物語のように思えます。
釣りは文化的な側面もあってか、あまりそんなふうに考えたことがありませんでしたが、たしかに針が刺さったら痛いですよねえ……、だったら虫とか草とかはどうなのよ、っていうふうにも広がりそうで、すごく考えさせられるお話です。
仏教の不殺生戒というのは、「命を奪うという結果」を戒めているのではなくて、「命を奪おうとする意志」を戒めているのだといいます。
で、適切な例になるかわかりませんが、猫はネズミを捕まえますが(最近の飼い猫はネズミと仲良くなる場合もあるのだそうですが)、必ずしも食べるためとは限らないそうです。
その姿は、人間からしたら、ただ狩りを楽しんでいるだけのようにも映るのですが、それは狩猟本能の延長線上にある行いですよね。
遥か昔、人間も当然狩猟を行っていた時代があるわけで、釣りに楽しみを覚えてはいても、それ自体が狩猟本能の名残だと思えば、一概に悪いことだと捉えることもできず……、仏教の不殺生戒に違反しているとも言い難いように思うのですが、どうでしょう?
「幸福論」同様に、これも「答えのない問題」の一つといえそうです。
(よろしければこちらの「答えのない問題」も)
これらの問題については、結局のところ、個人個人で納得のいく答えを出すしかない、ということなのですが。
こういったことをあれこれ考えるのも、発達した人間の脳が生み出すエゴであって、どの価値観が正しくてどの価値観が間違っているというのは、時代時代に浸透している倫理観――あえて乱暴な言い方をするならば多数決の結果でしかなく、であればやはり正しい答えも存在しない、といういつもの結論に至ってしまうわけなのでした。
……なんか、ただ怖かったというお話がしたかっただけなのに、こんなお話をしてしまって自分でもびっくりです。しかもそれらしくまとめたつもりで、結局曖昧に濁しているだけという体たらくに反省。
(最近反省してばっかりのような気が……)
『夜釣』の怖さその2:岩さんの二人の子供たち
そんなわけで(?)『夜釣』怖かったというお話に戻るわけなのですが。
釣りを趣味としていた岩さんが鰻になってしまった――と考えるのも怖いといえば怖いのですが、僕が一番怖かったのは、じつは岩さんの二人の子供たちです。
てか、言うことなすこと作為的過ぎないですかね?
(あらすじの引用部分の台詞とか)
これはぜひお母さんの方に訊いてみたくなったのですが、子供が何かしらこちらの恐怖をあおるような言動をすることって、実際にあるんでしょうか?
よく聞くのは、幽霊のような存在を示唆する言動が、子供の頃にはよくあるよね――みたいなお話なのですが。
岩さんの子供たちもこれに該当するだけで、こちらの考え過ぎなんですかねえ――とはいえ(いわずもがな)。
『夜釣』の怖さその3:意味不明なラストの挿話
怖いといえばもう一つ。
じつはあらすじでは省いてしまったのですが、『夜釣』のラストは、岩さんのお話とはまったく関係ないと思われる文で締めくくられているのです。
以下にその部分を引用します。
山東京伝が小説を書く時には、寝る事も食事をする事も忘れて熱心に書き続けたものだが、新しい小説の構造が頭に浮んでくると、真夜中にでも飛び起きて机に向つた。
そして興が深くなつて行くと、便所へ行く間も惜しいので、便器を机の傍に置いてゐたといふ事である。
山東京伝は、江戸時代の浮世絵師、戯作者(小説家)なのだそうですが、なぜその人の逸話といえるようなお話を最後に挿入したのか……、その意味が僕にはわからないわけなのですが。
強いて想像してみるならば、『釣狐昔塗笠(つりきつねむかしぬりかさ)』(狐!?)という作品を書いていて、これをモチーフに泉鏡花 さんが、『夜釣』を書いた、的なお話なのでしょうか?
意味がわからないと不安になり、ここに別の意味での恐怖を感じてしまうのは、はたして僕だけ?
最近、リドル・ストーリーというものの存在を知ったのですが、あえてはっきりとしたオチを書かないことで、謎の答えを読者に委ねるものなのだとか。
(リドル・ストーリーを学んだ読書感想はこちら)
「オチなし」と聞かされたら、嫌われる向きもあるようですが、僕はこういった物語が結構好きなことに気づかされた今日この頃です。
(とはいえ意味不明なのです。ご存知の方がいらっしゃったら、ぜひ教えていただきたいところ)
『夜釣』の怖さその余:生原稿のお値段はなんと
最後にちょっとした余談です。
今回読書感想を書くにあたっていろいろと調べていたら、なんと2016年12月27日に放送された『開運!なんでも鑑定団』(テレビ東京)にて、泉鏡花 さんの生原稿3点が持ち込まれていました。
そしてその中に、なんとなんと今回読書感想を書いた『夜釣』の生原稿があるというではありませんか!
泉鏡花 さんは、ほとんどの書きものを墨でされていたそうですが、『夜釣』は珍しいペン書きで、これは大変希少価値が高いものなのだそうです。
泉鏡花 さんの原稿の相場は、400字原稿用紙一枚20~30万円もするのだと知ってびっくりですが、『夜釣』は原稿用紙15枚ほどでペン書きの希少価値が付加されて、お値段なんと400万円!
『婦系図』とその他1点を合わせた3点の総額は750万円でした。
(…………)
という余談でした。
読書感想まとめ
僕にとっては3つの怖さが際立ったホラー小説(怪談)でした。
『夜釣/泉鏡花』の3つの怖さ
1.鰻になった(?)岩さん
2.岩さんの二人の子供たち
3.意味不明なラストの挿話
余.生原稿のお値段はなんと
(ちなみに、泉鏡花 さんの『夜釣』の生原稿のお値段は、なんと400万円でした)
狐人的読書メモ
やっぱり謎が残る物語がおもしろいと思う今日この頃。しかしながら岩さんの女房は、こんなにも夫を心配するなんて、とても良い奥さんですねえ。
・『夜釣/泉鏡花』の概要
1911年(明治44年)「新小説」初出。初出時のタイトルは『鰻』。
以上、『夜釣/泉鏡花』の読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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