新樹の言葉/太宰治=ポジティブに生きる乳兄弟を見習いたい!

狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

新樹の言葉-太宰治-イメージ

今回は『新樹の言葉/太宰治』です。

文字数15000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約32分。

私は思いがけず乳兄弟と出会い大歓喜する。彼らのポジティブさをすばらしく思う。ところでいま乳兄弟っている? 人間がグールの母親の乳を飲むと、グールと義兄弟になれるらしいです。

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

早春の頃、仕事で甲府にきていた作家の私は、道で郵便屋の青年に声をかけられる。青木大蔵さん、内藤幸吉さんを知っていますか、あなたは幸吉さんの兄さんです――私は身に覚えがなく、困惑する。

夕方頃、私の宿の部屋を幸吉が訪ねてくる。話を聞いてみると、幸吉の母はおつるだという。つるは私の乳母をしてくれていたひとで、つまり私と幸吉は乳兄弟だった。私は思いがけぬ出会いに大歓喜する。

私は生まれてすぐ乳母に預けられた。つるはいつも私の味方で、私の教育に専念してくれた。大人の道徳を教え、いろいろな本を読み聞かせてくれた。私はつるを母だと思って育った。

つるは甲州の甲斐絹かいき問屋の番頭に嫁いでいった。お別れも言えなかった私はそのことを悲しく悔しく思った。小学校二、三年の頃、つるが一度だけ私の家に来てくれたことがあった。そのとき連れていた男の子が幸吉だった。

私は高校に入った年、つるが亡くなったことを聞かされていた。つるの夫は独立し、甲府で呉服屋を営んでいたが、つるが亡くなってから店は衰運の一途を辿り、幸吉が中学校を卒業する直前に亡くなったという。

私と幸吉は食事をするため連れ立って宿を出た。幸吉には妹がいて、両親を亡くしてからは兄妹二人、いろいろな苦労があったようだ。あの郵便屋は幸吉の友達で、私の名前をいつも幸吉から聞かされており、郵便物の宛名を見てひょっとしたら……、と声をかけてくれたらしい。

私と幸吉は古風で立派な料亭に入る。幸吉は、今日は絶対にここだ、と決めていたらしい。なぜならここが、かつての彼の家だったからだ。

私は悪く酔っぱらってしまい、ひどく感傷的な恥ずかしいことを言ってしまい、やがて妹が合流する頃には何を言い何をしたか、ほとんど覚えていないような有様だったが、兄妹はそんな私にも愛想を尽かさず対応してくれた。妹の微笑は夢のように美しく、つるに酷似していた。

翌日昼頃に目を覚ました私は、いい弟といい妹のために、もう少し偉くなりたいと奮起する。

それから二日目、あの料亭で火事が起きた。私と幸吉兄妹はその様子を眺めていた。兄妹は過剰に感傷に浸ることはなく、その姿は凛として美しかった。私は感傷に浸りすぎる自分を愚かしく、恥ずかしく思った。

君たちは、幸福だ。大勝利だ。そうして、もっと、もっと幸せになれる。

そんな二人を見て、私はこっそり力こぶをいれていた。

狐人的読書感想

太宰治さんが「私は多少でも自分で実際に経験したことでなければ、一行も一字も書けない……」と言っているのは有名なお話かもしれません。

『新樹の言葉』にもやはり自身の経験が反映されていて、作中の私と同じように、太宰治さんも乳母に育てられたといいます。

乳母といえば文字通り「乳を与える母」となるわけですが、実の母の代わりに子育てをする女性ですね。

現在ではあまり聞かれない言葉に思えますが、ベビーシッターなどの言葉に変わっているんですかね?

とはいえ、作中の私は小学校二、三年まで母を知らず、乳母に育てられたとなっているので、やはり現在のベビーシッターとはだいぶ異なるように感じられます。

生みの母よりも育ての母に愛着を持ってしまうというのは仕方のないことだと思ってしまいます。生みの母にも身体が弱かった、という事情はありますが、人間やはり想いよりも行為に、より愛情を見出してしまうものですよね。

そんなわけで乳母のいない現代、乳兄弟というのもまたなかなかいないように思うのですが、しかし私が乳兄弟に親しみを覚えた気持ちは、想像に難くないという気がしました。

ちょっと話がそれるかもしれませんが、イスラム教圏では乳兄弟は実の兄弟と同等とみなされるそうで、法律で乳兄弟にあたる男女の結婚が禁止されていると聞いて驚いてしまいました。人間がグールの母親の乳を吸うとグールと義兄弟になる、という伝承もあるらしいです。

『新樹の言葉』は主人公の私と乳兄弟の幸吉兄妹との出会いの物語だといえそうですが、私と幸吉兄妹との温度差が印象に残ります。

私は実の母よりも母と慕っていた乳母の息子たちに出会い、大歓喜してひどく感傷的になります。一方で幸吉兄妹は乳兄弟である私に会えたことは嬉しそうですが、過去に特別のこだわりがあるようには見えません。

幸吉兄妹は父母を亡くし、つらいことも多かったでしょうが、それぞれが過去にとらわれることなく、立派に成長しています。

そうした乳兄弟の姿を見て、私は自分の感傷を恥ずかしく思い、彼らの姿を賛美するほど好意的に受け止めているんですよね。

過去にとらわれずに生きるって、口で言うほど簡単なことではないように思ってしまいます。

よく時間が心の傷をいやしてくれる、なんて言葉を聞きますが、はたして本当にそうなるのかなあ、なんて疑問に思うこともあるんですよね。

かつて自分たちが育った家が燃えているのを見ても、ひょうひょうとしている幸吉兄妹を、僕も好意的に感じることができました。

あるいは「幸吉兄妹は情が薄い」といった感想もあるのかもしれませんが、しかし過去にとらわれて暗く後ろ向きに生きるよりも、未来を見据えて明るく前向きに生きたほうが、やっぱりいいように思います。

僕はどちらかといえばネガティブ思考なので、幸吉兄妹みたくポジティブシンキングで生きられたらいいのになあ、と感じた、今回の狐人的読書感想でした。

読書感想まとめ

ポジティブに生きる乳兄弟を見習いたい!

狐人的読書メモ

・『……この災難に甘えたい卑劣な根性も、頭をもたげて来て、こんなに不愉快で、仕事なんてできるものか、など申しわけみたいにつぶやいて、押入れから甲州産の白葡萄酒の一升びんをとり出し、茶呑茶碗で、がぶがぶのんで、酔って来たので蒲団ひいて寝てしまった。』

・上の引用について、自分に言い訳してついつい怠けてしまう気持ちに共感してしまった。

・『新樹の言葉/太宰治』の概要

1939年(昭和14年)『愛と美について』にて初出。ネットの評価はいまいちな印象を受けたが、狐人的には楽しめた作品。新潮文庫短編集の表題にもなっている。

以上、『新樹の言葉/太宰治』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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