狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『螢/織田作之助』です。
文字数11500字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約22分。
始めから諦めているようでは成功はない? でも諦めてないと失敗した時きつくない? 諦めてるから立ち直りも早く螢火のように精一杯生きられる! そんなわけで人生に過度な期待はしないでください。
未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
狐人的あらすじ
登勢の母は五十一で女の子を生んで息を引きとり、生まれた赤児は十日目に亡くなり、父は傷心で半年たたぬうちに旅立った。
登勢を引き取った伯父は「耳の肉のうすい女は総じて不運になりやすいものだ」と言い、登勢は素直に頷いて、自分の行く末を諦める習わしがついた。
登勢は十八で伏見の船宿、寺田屋に嫁いだ。
姑のお定は継子の伊助よりも実子である椙に入り婿をとって家督を継がせたく、登勢をいじめる。新郎の伊助は働き者ではあったが、潔癖症で吃り癖があり、宿を掃除する以外まったく脳のない男だった。
自然、寺田屋は登勢が切り回さねばならなくなる。はじめは女中にもなめられていたが、腰が低く、嫌な顔一つ見せず働く登勢を、次第に誰もなめられなくなる。
あるとき、芝居道楽の小姑、椙が男と駆け落ちして姿を消す。その一年後の寝苦しい夏の夜、登勢は寺田屋の軒下に捨てられている赤児を拾う。
登勢は赤児をお光と名づけて大切に育てる。いつも意地悪な継母のお定が、このときばかりは強く反対しなかったのが不思議だった。やがて登勢はお千代を生むが、継子のお光も変わらぬ愛情で育てた。
お定が亡くなる。重荷がなくなった登勢の幸せな日々が始まり、お染が生まれるが、その幸せは長くは続かなかった。
お染は四つで流行り病にかかって亡くなってしまう。その年の冬、小姑の椙が八年ぶりに寺田屋に現れ、お光は自分が捨てた子だと言い、あっという間に連れて行ってしまう。
生来の諦め癖から気後れしてしまい、引き止めることもできなかった登勢。まもなく、お光に代わるように、お良という声の美しい十二の娘を養女にする。
文久二年の寺田屋騒動、慶応二年の寺田屋遭難――寺田屋は幕末の動乱に巻き込まれていく。坂本龍馬とお良の結婚。坂本遭難の噂……。
登勢は命ある限りの螢火のように生きた。
狐人的読書感想
「耳の肉のうすい女は総じて不運になりやすいものだ」って本当なんですかねえ……、耳たぶの大きな耳は福耳とかいわれて幸運の相とされていることを鑑みると、なんとなく説得力があるような気がしてしまうんですよね。
この小説には登勢という女性の人生が、まさに川の流れのように描かれているのですが、その生き方が本当に印象に残る作品です。
登勢は十四歳のときに家族を相次いで失い、引き取ってくれた叔父に上のような耳のことを言われて妙に納得してしまい、自分の人生に諦め癖がついてしまいます。
自分の人生に諦め癖がついてしまう、などと言ってしまうと、あまりいいふうには聞こえないかもしれませんが、この姿勢はひとつ見習うべきもののように、僕には感じられました。
端から自分の人生を諦めていて、期待もしなければ希望もなければ、何が楽しくて生きているんだろう、という気にもなるかもしれませんが、その期待や希望が叶わなかったときの失望や絶望は計り知れません。
だから、今度もまたダメかもしれない……、ある程度の諦めをもってことに臨むのは、悪い結果が出たときの精神的なダメージコントロールをするためにも必要なことではなかろうか、などと考えてしまうわけです。
とはいえ、始めから諦めていては幸運や幸福をつかみ取るなどできるはずがない、というような考え方もできるので、人生に希望することと諦観すること、このバランスはとても難しく感じてしまいます。
「諦めるな!」と自信を持って言える人は、すごい人だと思いますが、挫折したことがないのか、あるいは挫折しても最終的には成功してきた幸せな人なんだろうなあ、と想像してしまいます。
「どうせダメだろう……」と諦めてしまう人は、やっぱり不幸な印象を持ってしまいます。
この小説の主人公である登勢は後者のような人で、実際に幸薄いと感じられる人生ですが、しかし彼女が不幸なのかと問われれば、決してそんなことはないと言えます。
諦め癖があるからこそ、立ち直りも早く、常に前向きに螢火のように勢いっぱいの明るさで生きられる、というところに、僕も見習うべき人生に対する姿勢を感じました。
すなわち、諦め癖があり、立ち直りも遅い自分の性格を、深く反省するような、今回の読書感想でした。
読書感想まとめ
人生に過度な期待はしないでください?
狐人的読書メモ
・『登勢はなぜか赤児の泣声が好きだった』『父親も赤児の泣声ほどまじりけのない真剣なものはない。あの火のついたような声を聴いていると、しぜんに心がすんでくると……』――『勝負師』においても、阪田三吉の発言として同じような描写が出てくる。ただうるさいとしか思えない自分としてはとても興味深い考え方で印象に残る。
・寺田屋事件……というか、幕末の維新志士などの活躍を、それにかかわった脇役的な人たちの視点から描くというのは、とてもおもしろい着想だという気がしたが、あるいはそんな作品はすでにありふれているのだろうか? 要チェックのこと。
・『螢/織田作之助』の概要
1944年(昭和19年)9月、『文芸春秋』にて初出。名短編として挙げている人も多いようで、織田作之助小説の入りとしてもおすすめできる作品かもしれない。
以上、『螢/織田作之助』の狐人的な読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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