七階の運動/横光利一=七人のパーツを合わせて永遠の恋人を創る?

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

七階の運動-横光利一-イメージ

今回は『七階の運動/横光利一』です。

文字数6000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約20分。

理想の手、理想の足、理想の顔……、
複数人の好きなパーツだけを組み合わせて、
永遠の恋人を創ろうと思ったことある?

あったらちょっと恐い気もしますが、
そんな人におすすめします。

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

今日は昨日の続き。エレベーターは吐瀉を続けた。

デパートの御曹司、道楽息子の久慈はある夢想にとりつかれている。それはデパートを一つの女体に見立て、七層の各階で働くショップガールたちを手足や胴体とし、「永遠の女性」を創ろうというものだった。

久慈はデパートの一階から七階まで上り、それぞれのフロアで「永遠の女性」のパーツたちにつぎつぎとお札を渡していく。それが彼の日課だ。

久慈は六人までそれをすますと、七階からエレベーターで駆け下りて、能子の傍へ近づいていく。久慈は能子が苦手だった。この「永遠の女性」の頭だけは、彼の金を受け取ったことがない。

「あなたは人間の感能がお金でどこまで発達しているか、調べる機械のようなものなのよ」

能子は久慈の誘惑に従ってどこへでもついていく、しかし彼の誘惑にかかったことは一度もない。二人は久慈の車でホテルへ向かう。

「あなた、あたしはあれが恐いの」

それは、ガードの上を邁進する貨物列車、すれ違うオートバイ、電車の腹、トラック――近代機械文明、資本主義社会の象徴。

「あなた、あたしはあれが好きなの」

それは、下水の口で休息している浚渫船――資本主義社会からの排泄を暗示しているのか。

久慈は能子に会うと、いつも世界が新鮮に転倒するのを感じる。

ホテルでは、久慈と能子の間に行為はない。

ただ会話がある。

「あたしは野蛮人が大好きよ」「君には進化というものがないんだよ」「あら、野蛮人を軽蔑するのは、文明人の欠点よ」「それなら君は、自分の親父と結婚するがいい」「まあ、あなたは結婚を知らないのね、もしあなたが野蛮人なら、この服を脱いで踊ってあげるのに」「それはぜひ見てみたいな」「あなたはそんなときだけ野蛮人が好きなのね」「さあ、踊れ、今日は結婚式だ」「あら、あなた、わたしと結婚するつもりがあるの?」

久慈はいつまでも黙っていた――

今日は昨日の翌日。エレベーターは吐瀉を続けた。

能子は忙しそうに働いている。久慈は頭のとれた「永遠の女性」を眺めるため、またデパートを七階まで上っていく。

狐人的読書感想

横光利一さんはモダニズム作家などと呼ばれることもあるそうですが、『七階の運動』は「現代風」という意味においてこのモダニズムという言葉がぴったりくる作品のように思いました。

まあ、当然「当時の現代風」という意味なのですが。

当時、デパート(百貨店)やそこで働くショップガールは近代化の象徴のようなものだったでしょうし、また久慈は資本主義を体現したかのようなイヤな男です。

「永遠の女性」を妄想したり、そのために女性をお札で懐柔しようとしていたり――レトロで典型的なお金持ちといった印象を持ちます。

女性たちも女性たちで、お金でコロッといくなよ、などと思わず思ってしまいましたが、しかしこれは現代でもけっこうあることのような気がして、昔ならばなおのこと無理からぬことだったのかもしれません。

というのも、昔の百貨店女性店員の収入は、見た目の華やかさとは対照的に低かったそうです。

一日中立ちっぱなしのきつい仕事な上、お給料も少ないとなれば、妄想癖のある金持ちのボンボンになびいてしまうのも無理からぬこと、と思ってしまいますね。

それだけに、久慈になびかない能子の印象には鮮烈なものがあります。

おそらく資本主義へのアンチテーゼ的な存在として描かれているのですが、資本主義そのものの姿といえる久慈との対照は興味深いです。

簡単になびかない女性に執着してしまうのは男の性だという感じがしますが、久慈(資本主義)が能子(反資本主義)に惹かれているという構図には考えさせられるところがあります。

豊かになり、便利になる資本主義を、おおむね受け入れてはいても、それによって失われたり、歪められたりするものというのもやっぱり感じてはいて――久慈の姿には資本主義社会に生きる人々の普遍的な思いが反映されているように思えるのですよね。

違うかもしれませんが。

正直、いろいろ調べてみるまでは、この小説がどういうものなのか、いまいちよくわかりませんでした。

なんとな~く大人な雰囲気漂う小説である、ということだけは伝わってきたのですが。

最近の小説は会話文が主体になっている印象を持ちますが、この作品も昔の小説にしては珍しく会話文が多くなっていて、それだけに決して読みにくくはありませんでした。

しかも、この会話が非常に意味深な感じがして、僕としては楽しめたのですが、しかしこれは人を選ぶかもしれないな、という思いもあります。

なので、どういう人におすすめできるか、ということを考えてみるとけっこうむずかしい作品かもしれません。

横光利一作品の入りとしておすすめすべきものではない気がするし、多くの人に意味がわからないと言われてしまう気がするし――ある程度相手の嗜好を知っていないとおすすめしにくい気がします。

あるいは「永遠の恋人」の創造というところにスポットを当ててみればどうでしょうね?

あの人の手は理想の手、あの人の足は理想の足、あの人の顔は理想の顔――そうやって、複数人の理想のパーツを集めて、「永遠の恋人」を創ろうと思ったことありますか?

そんな人は久慈に共感できるかも?

あっても他人には言わないか、そんなこと。

そんなこんなで、これは親しい人におすすめできる作品?

――というのが今回のオチ。

読書感想まとめ

たぶん資本主義とかそういうことです。

狐人的読書メモ

資本主義を思うときにはいつも「持つ者の不幸と持たざる者の不幸」みたいなことを連想してしまう。

持たざる者である僕には持つ者の不幸は共感しにくいのだけれど、そんな僕の不幸も誰かから見れば持つ者の不幸ということになるのかもしれない。

みたいな。

結局人間は心の持ちようで、どこまでいっても不幸なのか、どこまでいっても幸福なのかはその人次第なのだろう。

みたいな。

・『七階の運動/横光利一』の概要

1927年(昭和2年)、『文藝時代』にて初出。一読では意味がわからないかもしれないが、おもしろい小説であるとは感じた。おすすめするには人を選ぶ。

以上、『七階の運動/横光利一』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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