榛名/横光利一=群馬!観光?戦艦!ミリオタ?艦娘!艦これ?なにそれ?おいしいの?

狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

榛名-横光利一-イメージ

今回は『榛名はるな/横光利一』です。

文字数9000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約42分。

連載小説の大仕事を終えた横光先生。
疲れ果て、何か大過を犯した後のような気分でやってきた
榛名は天国に近い場所だった。

榛名富士、榛名湖の静謐で美しい情景。

「だいぶお疲れのようですが、大丈夫ですか?」
「はい、榛名は大丈夫です!」

え? 金剛型戦艦? 艦娘?
なにそれ? おいしいの?

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

真夏、「私」は九ヶ月間続けてきた連載小説を昨夜書き終えて、群馬の榛名に避暑に向かう。子供たちは後から追ってくることになっている。「私」はその仕事については、何か取り返しのつかない過ちを犯してしまった気分があったが、極限まで疲れ果てていたので、とにかく一週間はゆっくりしたいと考えていた。いや、何も考えたくなかった。

榛名は友人も絶賛していた観光地である。「私」は雲の中に沈む榛名山のいただきと、円い小さな榛名湖を胸に描いた。ケーブルカーに乗って山頂へ上り、自動車で高原の中を行き、徒歩で森を抜けると、農家とさして変わらない、たった一軒の宿屋に辿り着いた。「私」は縁側に座って湖面に映る雲を眺め、榛名富士の空気を吸うと、もはや天国にでもいるような心持ちがした。

美しい若い女中が茶を持ってきてくれた。乗馬の青年が、森から出てきて、湖を見渡しながら静かに通っていった。眠る犬、腹を干した岸のボート、芝生の上にぽつりと見えるキャンプ、淡紅色の花魁おいらん草の一群――「私」は都会の濁りが身体の中から流れ出すような、ぐったりした疲れを感じた。何もやる気が起きない、「私」はただ眠るばかりだ。

「湖の向こうに見える小屋は氷屋ひやですよ」と、女中が「私」の質問に答えてくれた。湖面に一つ浮かぶ白い箱は、一週間前の灯籠流しの残り物だという。――突然、湖面に雨の波紋。ほの暗い森の中から、眠るように沈んでいくモーター音。飛び立つ鳥、その足元から木の葉の上に、滴り落ちる粗い水滴。微風に揺れる少女の髪。石の上を蹴る蟋蟀こおろぎ。草の中を下る娘たちの傘が舞い、一人の若者が抜き手を切って雨中を泳ぐ。

女中はたびたび「私」の部屋を訪れては、故郷の話や去っていった客の話をするようになった。夕暮れの榛名の景色も静謐で美しい。夕食に出た焼き茄子なすがどこか見覚えのある焼き方だと思ったら、それは昼食に出されたこの宿の茄子だった。こんなにも直近の過去を忘れていた事実に「私」は驚く。沈黙と静けさの中で、ここだけは時の流れが違うのだろうか。女中は「私」にお酌をしながら、前にあった心中事件などの話をした。「私」と女中は湖畔を散歩したりもした。

翌日も、風景はまた昨日とどこも変わらない。「私」が退屈を感じて散歩に出ると、しかしそこには新たな発見があった。

その翌日には「私」はもう目的地へ立たねばならなかった。女中は使いがあるからと、一緒に森の中まで連れ立って行った。また来年の夏はもっと早くから来るといいでしょう――。

午後、目的の温泉場に着いた。そこは子連れ客でごった返していた。休暇にもかかわらず、子供たちの世話に追われるどこかの課長らしい年配客がいた。疲れ果てた課長の、たまの休暇の唯一の感想は、「川を流れる水はみな違うのだろうが、いつ見ても同じように流れているね。奇妙なものだ」というものだった。

「私」はおっつけやってくる二人の子のことを思った。

「私」の休みもそれまでだ。

狐人的読書感想

フジミ模型 1/350 高速戦艦 榛名1944

あなたは「榛名はるな」と聞いてまず何を思い浮かべますか?

群馬県の榛名山や榛名湖を思い浮かべるあなたは地元の方か旅行好き? 金剛型戦艦(3番艦)を思い浮かべるあなたはミリオタや戦艦好き? 艦娘(かんむす)を思い浮かべるあなたは『艦隊これくしょん―艦これ―』好き?

かくいう僕は「榛名って何?」となってしまったのはここだけの話ですが(汗)

横光利一さんの『榛名』は、旅行記というか、私小説といった趣の短編小説ですが、これと対になるような作品に、以前当ブログでも読書感想を書いた『比叡ひえい』があります。

場所は違いますが(比叡山は滋賀県と京都府にまたがる山)、『榛名』は家族と合流する前のことが、『比叡』は家族と合流した後のことが、それぞれ描かれているところに双子作品的な連続性があるように感じられます。

ちなみに『比叡』は金剛型戦艦(2番艦)で、ということは当然のことながら(?)『艦これ』の艦娘としても登場しています。金剛型戦艦の四姉妹といって、『艦これ』の「榛名」と「比叡」は姉妹関係にあるようですが、実際の戦艦の設定が反映されていておもしろく感じました。

――てか『艦これ』の感想になっていますが、ここからはまじめに(?)横光利一さんの『榛名』を読んで気になったところを書き連ねていきたいと思います。

まずは冒頭、「私」は「九ヶ月間続けてきた仕事を昨夜終えたばかり」であることが語られているのですが、これは『紋章』という雑誌連載小説の脱稿のことを指しているそうです。

定期試験や大仕事を終えたばかりといえば、「疲れたからとにかく寝たい」とか、「よっしゃ! 遊ぶぞ!」とかいう感じだと思うのですが、作中の私は「疲労も極限にまでいっているのだ」とは言っていても、「何か大過を犯した後のような」とも語っていて、晴れ晴れとした気持ちとは真逆の感情がここにあったように思い、違和感を覚えた部分でした。

しかしこれは僕の無知からくる違和感であったようで、きちんと『紋章』を読んでいれば、あるいはその後に書かれた『純粋小説論』を読んでいれば、違和感なく読めたところかもしれません。

『純粋小説論』は、純文学と通俗小説を併合させた小説を書こう、と、横光利一さんの展開した評論のようで、その試みにチャレンジした小説が『紋章』とのこと、純文学から通俗小説へ、これまでのスタイルを変えて挑んだ小説の脱稿後だと捉えれば、たしかに「何か大過を犯した後のような」という思いもわかるような気がしました。

通俗小説はエンターテインメント小説と言い換えてもいいのでしょうか、純文学との分類は、現在でもたしかに難しいところがあるように思います。

文学でも音楽でも絵画でも、「芸術と娯楽の違いってなんなのだろう?」とか考え始めてみると、明確にはわからないように僕などは感じてしまうのですが、いかがでしょう?

たとえば「マンガはおもしろさがすべてだ」みたいに言われることもありますが、「もはやこのマンガは芸術だ」と思えるような漫画もありますよね(ありませんか?)。現に『ジョジョ』とか、かのルーヴル美術館も定期的に漫画展を開催しているほどですしね。

作者と受け手、双方が認めてさえいればそれは芸術といってよいのかもしれませんが、そうなってくると人類全部が同一の認識を得る作品というのは存在しないと思われるわけで、エンターテインメントとは何か、芸術とは何か、みたいな問題は、僕などにはかなりややこしい問いのように思われてきます。

ただ、大衆的にはやっぱりエンターテインメントが求められているわけで、現在においても純文学よりエンターテインメント小説、小説よりもマンガ……、と、より娯楽性の強いものが好まれている傾向が見受けられ、横光利一さんの『純粋小説論』はその意味では先見の明ある評論だと思ったのですが、どうでしょうね?

……などと、とりとめなくつらつら書いてしまいました。

もうひとつ、僕がおもに興味を持ったのは、榛名富士、榛名湖という場所でした。横光利一さんの『榛名』から、僕はそこに「天国に近い場所」というような印象を抱いたのですが、これはぜひ読んだ方のご意見を伺ってみたいところです。

静かな榛名富士や榛名湖の情景描写がとても美しく感じられて、ひきこもりがちの僕も思わず行ってみたくなるような気持になったのですが(本当に?)、群馬県では榛名富士、榛名湖、そして伊香保温泉は有名な観光地なのだそうですね(もちろん―?―知りませんでしたが)。

静謐な空気の中では、昼食にも出た夕食の焼き茄子を、もっと昔に見たように思ってしまうような、特殊な時間の流れとでもいうような体験ができるのかと思えば、いっそう興味深いです。

現在では観光地に静けさを求めるのは難しくなってきているようにも感じていますが、作中の「私」も見られなかった灯籠流しはぜひ一度見てみたい気がします。

「天国に近い場所」にはもう一つ、女中が話してくれたような心中スポット的な意味合いもあります。調べてみると、榛名湖には実際にそういった話があるみたいで、ちょっと怖いように思いました(榛名湖で溺れたら絶対に助からない説)。

ラストの、疲れ果てた課長さんの、感慨の一言には何か深い意味があるような気がするのですが、単純に家族サービスに疲れたお父さんを想像してしまい、ちょっと笑ってしまう場面でした。

『あの流れている水は皆違うんだろうが、いつ見ても同じように流れているね。奇妙なものだな』

お父さんがそんなこと言い出したらちょっと心配してしまいますが(「お父さん大丈夫?」「はい、榛名は大丈夫です!」―?―)、家族と一緒だとどこに来ても日常と同じだということ?

うんざりしているのか、あるいは日常の尊さを謳っているのか――お父さんいつもお疲れ様です。

読書感想まとめ

艦これアーケード/No.023 榛名

金剛型戦艦ではなく、艦娘でもなく、群馬の榛名富士と榛名湖と伊香保温泉を描いた横光利一さんの短編小説。……旅行好きのみならず、ミリオタや『艦これ』好きにおすすめしても大丈夫?

狐人的読書メモ

風景を見て、何を感じ、どのように書けるか、というところにやはりひとつ作家の才能を感じる。『私は日に日に都会に集まっている敏感な人間が、肉体に備えられた自身の完全な防音器のために、却って一層聾のようになり始め、その逆に鈍感な肉体が、不完全な防音器官の障害で一層物音に敏感になっている近ごろの変異な徴候を、今この身に滲み渡る休息の静けさの中から新鮮に感じてきた』。

ちなみに榛名山と榛名湖は、『頭文字D』の主人公・藤原拓海のホームコース「秋名山」と「秋名湖」のモチーフとなっているらしい。

[まとめ買い] 頭文字D(ヤングマガジンコミックス)

・『榛名/横光利一』の概要

1922年(大正11年)1月『中央公論』にて初出。榛名富士、榛名湖、伊香保温泉について描かれている。『比叡』との類似性、『紋章』と『純粋小説論』の間にクッションのように書かれた小説で、純文学性からエンターテインメント性へとシフトしていくなか書かれた作品であるところが大変に興味深い。

以上、『榛名/横光利一』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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