狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『琴のそら音/夏目漱石』です。
夏目漱石さんの『琴のそら音』は文字数24000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約60分。
ホラー&ラブコメ。
夏目漱石入門書としておすすめ。
琴出ないけど琴のそら音、変な音、恋の音?
嫌いなとこも好きなとこも友達!
読書が愛を強くする!
幽霊の正体見たりシミュラクラ!
未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
狐人的あらすじ
靖雄は学生時代からの友人、津田の下宿を久しぶりに訪う。法学士を取得した靖雄は卒業後、下っ端官僚として忙しい毎日。一方の津田は文学士、いまも大学に残り心理学、とくに幽霊についての心理作用を研究をしている。
会話は靖雄のグチを津田が聞く形で進む。
うちの迷信深い婆さんが困る、坊主の占いを信じ込み、引っ越したばかりの家が鬼門だからまた引っ越せ、そんなことだから婚約者が治らない――と言い出す始末。
靖雄の婚約者がインフルエンザだと聞いた津田は神妙な調子で「よく注意したまえ」。津田の親戚はインフルエンザから肺炎になって亡くなったと言う。
そしてその話は不思議な方向へ進んでいく――。
彼女は戦争に行く夫にある誓いを立てた。もし病気で亡くなるようなことがあっても魂だけはきっとお傍へ行く――夫はいつでもきなさい、と笑った。戦地で迎えたある朝、夫が鏡をのぞくと、そこに妻の姿が映った。それは彼女が息を引き取った、同日同刻のことだった。
季節外れの冷たい風、妙な響きの鐘の音、降り始める大粒の雨、夜中にすれ違った男二人――担いでいるのは乳飲み子の棺桶……、友人宅を辞して暗い帰り道、靖雄は不吉な予感にとらわれる。昨日生まれ、今日亡くなる者がある、昨日病気になって、今日亡くなる者がないとはいえない……。婚約者、露子のことが頭から離れない。
深夜、靖雄が帰宅すると、婆さんが青い顔をして出迎える。まさか、露子の身に何か。靖雄の顔色もただ事ではない。靖雄が婆さんに訊くと、そのような知らせは入っていない、しかし犬の遠吠えが虫の知らせに聞こえるという。靖雄は一笑に付そうとするも、旦那様も帰り道にお嬢様の病気のことを考えていたはず――と指摘されてドキリとする。
ともかく今夜はもう遅い。翌日様子を見に行くことにして、靖雄と婆さんは寝ることに。いつもは気にならない犬の遠吠えが妙に気になって、それが止むと、海の底へ沈んだような静寂がまた気になって眠れない。
結局一睡もできず早朝、靖雄が急いで婚約者宅を訪うと、驚いた様子の母親が出迎える。露子の様子を訊くと「とっくに治りました」との返事。そこへ元気な様子の露子がやってきて、早朝訪問の来意を問われ、靖雄はしどろもどろになりながら慌てて退散する。
帰り道のこと、なんとなく立ち寄った床屋で、他の客と主人の話を耳にする。一人の客が雑誌を読んでいて、狸が人を化かす話なのだが、狸に言わせれば、それは化かすのではなく催眠術で、相手が勝手に化かされてくれるのだという。
靖雄が床屋を出て我が家へ帰ると、中から女たちの笑い声が漏れ聞こえてくる。今度は靖雄の様子を気にした露子が家を訪っていて、すべての事情を婆さんから聞いていた。靖雄も露子も婆さんも、一緒になって笑った。
その後、露子はいっそう靖雄を愛するようになり、津田はこの話を本にして出版した。
文学士津田真方著幽霊論の七二頁にK君の例として載っているのは余の事である。
狐人的読書感想
冒頭のボーイズトークは楽しくて、そこからの暗いホラー展開が怖くて、最後明るいハッピーエンドのいい読後感でした。総じて、これを夏目漱石さんの描いたラブコメと捉えてみれば、とても味わい深く感じてしまうのですが、いかがでしょう?(違うか?)
琴のそら音、変な音、恋の音?
『琴のそら音』よりのちの夏目漱石作品に、『変な音』という掌編がありますが、著者の「生」に対する捉え方という点において、共通するものを感じました。『琴のそら音』でいう「昨日生れて今日亡くなる者もある……」といったところなのですが。
(▼「変」な音を漢字が似ているだけの理由で「恋」話に結びつけようとして失敗したのが懐かしい……?)
これらの作品から、夏目漱石さんは音を用いた表現が、とくに秀逸な印象を受けます。読書をしているとたまに、鋭敏な感覚で捉えたものを、秀でた文章に変換できるというのは、ある種の作家さんが持つひとつ才能だと感じますが、夏目漱石さんも優れた聴覚を有していたのかもしれません。
(▼上記は梶井基次郎さんの小説を読むとよく感じることです)
タイトル考察「琴出ないけど琴のそら音」
『琴のそら音』とのタイトルですが、やはり夏目漱石さんの短編小説(小品集)『永日小品』の『火事』という掌編にも、「微かに『琴』の音が洩れた」という描写がありました。
『琴のそら音』の「そら音」は、眠ろうとする靖雄の耳から離れない、そら音を思わせる犬の遠吠え、だと理解できますが、『琴』という文字は一文字も出ていません。
ちょっと気になって調べてみたのですが、日本には「琴御館宇志丸の伝説の琴」(伝説の琴!)というものがあって、これは敵が攻めてくると、ひとりでに音を奏でて敵襲を教えてくれる琴なのですが、ここからくる「霊的な琴」といった琴の信仰観というものが、日本文化にはあるのだとか。
僕はこの伝説をまったく知りませんでしたが、たしかに『琴のそら音』というタイトルからは、どこか神秘的なイメージを喚起させられました。
ちなみに明治初期から中期にかけての東京では、端唄や俗謡が流行っていたそうで、その伴奏楽器に東流二絃琴がよく用いられていたそうです(確証はありませんが、年代的に夏目漱石さんが影響を受けていた可能性はあるのかなあ、という補足)。
嫌いなところも好きなところも含めて友達
さて、靖雄と津田の友人関係ですが。
漫画などの影響か、友人関係というものに対し、「お互い上に見たり下に見たりしない」といったような、どこまでも対等な関係を、理想の友人像として思い描いてしまいがちなのですが、読書をしていると、そんなことはないのかなあ、と思わされることがあります(同じくらい理想の友情に感動することも多いのですが)。
(▼少年漫画の友情は主人公と一緒に戦っていける力を持っているか否かによって成立する件について)
冒頭の靖雄と津田のボーイズトーク。大学を卒業し、官僚としてエリート街道を歩み始め、婚約者もいる順風満帆の靖雄は、どこか津田を軽視している(下に見ている)ような印象を受けます。しかし一方で、大学の研究者になるほどに優れた津田の頭脳には、一目置いているような描写もあります。
軽視と尊敬と、一見すると背反する感情を抱いている相手と、よく仲良くできるなあ、などと思ってしますのですが、「上に見る下に見る」というよりも、「嫌いなところも好きなところもひっくるめての友達だ」といえたなら、それが現実的な本当の友人関係なのかもしれないなあ、と思いました。
『二個以上の物体を同等の程度で好悪するときは決断力の上に遅鈍なる影響を与えるのが原則だ』
――というのは、僕の印象に残った、夕飯のおかずを決められない靖雄に対して津田の言ったセリフの一部です。
靖雄は「また小難しいことを……」と辟易している様子でしたが、僕はこんなこと言ってくる奴、ちょっとお話してみたいな、と感じましたが、どうでしょうね?
気になったことそこはかとなく書き綴れば
『琴のそら音』のモチーフとしては、幕末から明治にかけて活躍した落語家、三遊亭圓朝さんの『牡丹灯籠』『真景累ヶ淵』、江戸時代後期の読本作者、上田秋成さんの日本怪談最高傑作とも謳われる『雨月物語』(「菊花の約」「浅茅が宿」)などとの類似が指摘されています。
とくに『牡丹灯籠』には「お露」という娘が登場して、『琴のそら音』の「露子」の名前と通じます。さらに津田のモデルとして、作品発表当時「明治の妖怪博士」ともでも呼ぶべき妖怪研究の第一人者であった、井上円了さんという方が考えられます。
ところで、インフルエンザって結構昔からあったんですね。16世紀イタリアで名付けられたそうですが、日本では平安時代の近畿地方で、それらしき病気が流行していたのだとか。江戸時代にも流行して、幕末になってインフルエンザの名称が、日本にもやってきたのだそう。
(引用)『遠い距離において、ある人の脳の細胞と、他の人の細胞が感じて一種の化学的変化を起すと……』
――これは津田が科学的に幽霊の正体を説明しようとしたセリフですが、「幽霊の正体を科学的に証明しよう」といった試みはちょっと面白く感じました。
金縛りは「疲れ過ぎた肉体は眠ったまま、脳だけが覚醒している状態」だと聞きますし、幽霊の正体はそのほとんどが錯覚で、これはシミュラクラ現象という脳の影響に起因するそうです(シミュラクラ現象――人間は二つの目と口といった3つの点を有する図形を人の顔と認識するようになっているのだといいます)。
靖雄が床屋で聞いた狸の話は、物語全体のまとめのようにも感じられて、おもしろかったです。人間すべては「気のもちよう」なんだなあ、みたいな。
読書が愛を強くする!
作中の露子はインフルエンザも治って元気な様子でしたが、自分自身も含め誰がいついなくなるか、それは本当にわからないことです。
普段は意識していませんが、それは明日かもしれないし、数カ月後数年後かもしれないし、何十年か先かもしれない。
大切な人が病気になったりして、ようやくそのことを悟り、心配する気持ちが相手にも伝わって、結果以前よりも仲良くなれたというのは、とても素敵なお話だと思いました。
それから、作中のエンディングとは反対に、もしも大切な誰かが病気で亡くなってしまった場合についても、あれこれ想像させられてしまいました。
家族、友達、恋人――もちろん自分自身のことも含めて、「いつまで生きていられるだろうか」ということは、日頃なかなか意識していないものです。
そのときになって後悔しないためにも、『琴のそら音』のような小説を読んで、そういったことに思いを馳せて、感謝したり心配したりすることが、ときには必要だと感じました。
読書感想まとめ
読書が愛を強くする!
(大事な事なので、四度言いましたよ)
(――言い過ぎだよ!)
狐人的読書メモ
『倫敦塔』『幻影の盾』と読みにくいのが続いたけれど『琴のそら音』は読みやすかった。夏目漱石入門書としておすすめできそう。
(▼あと最近の読書は神楽坂、茗荷谷――「山の手」に縁がある)
⇒山の手小景/泉鏡花=東京山の手小景、矢来町(神楽坂)と茗荷谷に住みたい。
・『琴のそら音/夏目漱石』の概要
1905年(明治38年)5月、雑誌『七人』にて初出。読みやすく、夏目漱石入門書としておすすめ。
・雲助
江戸時代、宿場や街道で駕籠を担いだり、荷物の運搬や川渡しなどに従事した人足のこと。住所不定、雲のようにあちらこちらとさまよっていたこと、あるいは網を張って獲物を待つ蜘蛛のようだったからとの由来も。蜘蛛助。
・ロード・ブローアム
イギリスの法学者、政治家ヘンリー・ピーター・ブルーム。「ロード」は「卿」を意味する敬称。姓は「ブルーアム」とも。
・灰色のチェスターフィールド
チェスターフィールドコート。膝丈ほどのコートの一種。チェスターフィールド伯爵が初めて着た、……らしい。
以上、『琴のそら音/夏目漱石』の狐人的な読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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