読書時間:およそ5分。
あらすじ:私の夫がウナギになったの。
ねえ、聞いてくれる? 私の話。
あのね、私の夫がね、ウナギになったの。
私の夫は夜釣りが好きで、とくにウナギは得意中の得意で、一晩出かけていくとね、本当に、バケツいっぱいのウナギを釣って帰ってくるの。
でも、ウナギ釣りなんて残酷でしょ? かわいそうじゃない。だから私、行かないで、行かないで、って、夫にいつも言ってたの。
そしたら、夫は友達の家に釣り道具を置くようになって、仕事帰りに友達の家に道具を取りにいって、そのままウナギ釣りに出かけてしまって、翌朝まで家に帰ってこなくなったわ。
私も少しうるさく言い過ぎたかしら、とは思ったんだけど、そういうことってなかなか言い出しにくいでしょ? それでいつのまにか、それが習慣みたいになっちゃって……。
昨夜もそんなふうにして、私の夫は夜釣りに出かけたんだと思ったの。もう十一月だっていうのに、湿った生暖かい風が吹いていて、なんだかいやな夜だったわよね。
私、なんだか妙な気分になっちゃって、眠らずに夫の帰りを待っていたの。こんなに暖かいと子供たちも寝苦しいかしら、と思ったんだけれど、あの子たちはぐっすり眠ってたわ。
私は一晩中、私の夫のことばかり考えてた。ちゃんと話をしよう、言い過ぎたことを謝ろうって……。
そうするうちに、いつのまにか朝になってた。からすの声がはっきり聞こえたのを覚えてる。夫は朝になっても帰ってこなかった。私は何かあったんじゃないかって心配になって、だけど友達と飲みにでも行ってるのかなって……。
でもお昼になっても帰ってこないから、私は私の夫を探しに家を出たの。
まずは夫の友達の家に行ってみたのね。
そしたら「来てませんよ」って。
心当たりの場所を夕方まで探したんだけど、結局何の手がかりも得られなかった。
それで、これからどこを探したらいいんだろう? って、ふらふら歩いてたら、ちょうどそこに一軒の屋台があってね……、ないかな、とは思ったんだけれど、「藁にもすがる思い」とでもいうのかしら、一応屋台の人に声をかけてみたの。
そしたら屋台の人はこんなことを言ったの。
「ああ、いらっしゃいましたよ、奥さんの言うようなひと、昨夜の十二時頃でしたかね、ちょっと雲が出始めていて、とうとう降り出したか、ってときにひとりで来ましたよ。大降りにならなければいいけどね、ってな話をしながら、お客さんが一杯飲むうちにすぐやんだんで、おっ、ちょうどいい、って、お金を置いて駆け出していって、……ええ、おひとりでしたよ、お友達は誰も連れていませんでした、……なんだか不気味というか、陰気で変な夜でしたね、あのお客さんが立ち去ってからここらはひっそりしちまって、びゅうびゅういやに生暖かい風ばかり……、それで妙にはっきりと覚えてるんです」
それを聞いてとりあえずほっとして、もちろんそれだけで安心はできないけれど、なんとなく、ひょっとしたらもう、私の夫は家に帰ってきてくれてるかもしれないわ、とか思い始めてきて、それで家に帰ってきたの。
帰ったらね、子供たちが言うの。
「お父さんは帰らないよ」
「かえらないわ」
「だけどね、台所にね、いつものウナギがいるんだよ」
「おっきい、なが~い、ウナギよ」
「誰が持ってきたのかわからない。でも逃げるといけないからふたをしたんだ」
「ふたりでいしをのっけたの」
「いって見てみなよ」
「あたちたち、そとでおとうちゃんをまってるから」
「でもお母さん、ウナギを見てもさわっちゃいけないよ」
「さわるとなくなりまちゅよ」
それで子供たちはどこかにいなくなっちゃって、私は台所へウナギを見に行った。あかりをつけるのも忘れて、暗がりの中を歩いて、台所に行ったの。
……たしかにそこにはウナギがいた。
そのウナギを見てね、私はこう思ったの。
きっと夫が帰ってきて、ウナギを置いていったんだわ。こんなに遅くなっちゃって、子供たちにもごはんをつくってあげなくちゃ。
さばいたわ。包丁で。
だってウナギだもの、さばくでしょ、普通。
それが私の夫だったの。
で、その途中であなたが訪ねてきたわけ。私の、夫の、友達である、あなたが。ひとの家に勝手に上がってくるなんて信じられないけれど……、まあ、それはもういいわ。こうして話を聞いてもらってるわけだし。
……それでね、……さっきの続きなんだけどね、……そう、ウナギの、……晩御飯の話、……え? じゃあ夫を食べるつもりなのかって? そう、そうよ! 私は夫を食べるの! だけどあれは夫じゃなくてウナギなの! でも私の夫なのよ!
ねえ、私が悪いの? 全部私が悪かったの? でも、しょうがないでしょ? 好きだったら呪うか、その命を食べるしかないじゃない。私の夫はウナギだった。だから私はウナギをさばいたの。夫が帰ってこなかったのは夜釣りに行っていたからなのよ? 女のところへなんか行っていないんだから! ね、ね、ねえ、そうでしょう?
そうだって言いなさいよ! ……ねえ、なんでさっきから何も言わないのよ。
……え? あなた、よく見たらあの女じゃない、なんでうちにいるの? なんで動かないの? そんなに真っ赤になっちゃって……、ひょっとして怒ってるの? ああ、そうか、あなたも、ウナギなんだ、だから、私に、さばかれにきたんだ、ウナギは、さばかなくちゃ、だもんね、さばいて食べなくちゃだもんね、待っててね、いまさばくから、さばいてあげるから、そしたら一緒に食べましょうね?
「ふふふ、ウナギがいるよ」
「おみなちゃい」
「おっと、おまえは見ちゃあいけないよ」
「さわりまちゅよ」
「ダメだったら、触るとなくなっちゃうよ」
……ちょっとあんたたち何言ってんの?
さっきから部屋のすみでじっとこっちを見て、なに超越者みたいな顔してくすくす笑ってんのよ? お母さんがそんなにおもしろい? こっけいなの? ウナギをさばく私の姿がそんなにおもしろいのかよ! ふふふ、私が小さいウナギはさばけないとでも思ってんの? ははは、ばかにしないでよ! やってやろうじゃないの! さばいてやろうじゃないの! あはは……。
「……むだでちゅよ」
「……部屋のすみをよく見てごらんよ」
「あたちたちを」
「ぼくたちをよく見てごらん」
「あたちたちはウナギをたべれなかったから」
「ずっと何も食べられなかったから」
「おかあちゃんはもうあたちたちをさばけないよ」
「そう、だってぼくたちはもう……」
……そっか、私もウナギだったんだ。
……だったら、私は、ウナギをさばかなくちゃ、ね。
<終>
<……終? あなた本当にこれで終わりだと思うの? うふふふふふふ……>
<……終?>
※
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