狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『接吻/江戸川乱歩』です。
文字数6000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約20分。
新婚の宗三は仕事が終わると新妻の待つ家に飛んで帰った。
そこで宗三を硬直させた光景とは?
江戸川乱歩さんの短編小説がおもしろい。
接吻の使い方も秀逸です。
こんなときあなたならどうする?
未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
狐人的あらすじ
新婚の山名宗三は浮かれていた。四時の合図とともに役所を出て、新妻・花の待つ自宅へ飛んで帰った。宗三は、そこである光景を見て硬直した――。
ちょっとしたいたずらのつもりだった。驚かせてやろう――宗三はゆっくりと玄関ドアを開けて、音を立てないように靴を脱ぎ、そろりそろりと茶の間のほうに向かった。すると障子の隙間から、一枚の写真に泣きながら接吻する花の姿が見える。宗三は思わず、がらりと障子を開けて、「おい、いま帰ったぞ」。お花は慌てて写真を隠し、赤くなったり青くなったりへどもどした。
お花は宗三の上司である村山課長の遠縁の者で、彼の家に身を寄せていたのを、縁あって宗三が貰い受けることになった。当然仲立ち人は村山課長である。ひょっとしてあの写真に写っているのは……、宗三の疑念が膨らんでいく。
とはいえ写真のことは言い出せぬまま、宗三は気まずい夕食を終える。やがてお花が立ち上がり、こそこそと出て行く――きっと納戸のタンスに写真を隠しに行ったのに違いない。宗三がこっそり後を追うと……、やはりそうだ、正面のタンスの小抽斗に写真をしまう花の姿があった。宗三はそれを障子の小さな穴から確認して元の茶の間に戻り、知らぬ顔を決め込んだ。
深夜、お花の寝息を確認した宗三は、起き上がって納戸に向かう。正面のタンスの小抽斗を開けると、そこに村山の写真があった。宗三はがたがたと身を震わせて歯ぎしりした。
翌日、不機嫌な様子で役所へ出勤した宗三が村山に呼ばれる。先日提出した資料に誤りがあったのだ。たしかにこちらの落ち度である――だが今日の宗三には我慢できなかった。「そうですかッ」と一声怒鳴った宗三は、自席に戻るとすぐさま辞職願を書き、それを課長の前に投げつけて溜飲を下げた。
そのまま自宅に帰った宗三は花を呼びつけ、たったいま役所を辞めてきたことを告げて、例の写真の件を問いただした。そして花に出させた村山の写真をずたずたに引き裂いて火鉢の中にくべた。
花がきっと泣き出すだろうと、暗い愉悦に浸りかけていた宗三の前で、しかし花はクツクツと笑い出す。花が語るに、あのとき見ていた写真は宗三のものだったのだという。そして、その写真を隠したのは納戸の正面ではなく、左のタンスだという。が、宗三は昨夜たしかに、花が正面のタンスに写真を隠すのを見ていた。いくらふたつのタンスが似ているからといって、正面と左を見間違えるはずはない。
――と、花があることに気づく。そういえば、新しく買い整えた新式洋服のタンス、あれには扉の内側に鏡がついている。その扉が開いていて、ちょうど障子の穴の正面にきていたのだ。宗三の見た花の姿は鏡に映ったものだった。
さて形勢は逆転した。お役所を辞めて明日からどうするつもりなの? ――今度は宗三が、花に軽率な行動を責められる番だった。
しかしはたして、本当にこれが真実だろうか? 鏡のトリックが、彼女の創作ではなかったと、誰にいえるだろう? 男は多少陰険に見えても、性根の部分はお人よしにできている。女は表面何も知らない顔をしていても、心の底には陰険が巣食っている。
はたして、花が接吻していた写真は村山課長のものだったのではなかろうか?
だが宗三にそこまで邪推する陰険さはなかったのである。
狐人的読書感想
『接吻』は恋する男の嫉妬を描いた小説ですね。
最近の江戸川乱歩さん作品の読書では、どれも「恋する男の嫉妬を描く筆致の巧みさ」というものを思わされます(生意気言ってごめんなさい)。
主人公の宗三がまるで授業の済んだ小学生のように帰宅を急いだり、玄関を開ければ妻が兎のように飛び出してくるのではとか想像してにやけているあたり、大人になっても変わらない男性の無邪気さみたいなものを感じられて、微笑ましいような気がします。
このまま宗三ののろけがしばらく続くのかなと読み進めていくと、帰宅した宗三を地獄に突き落とす光景が待っている展開は、やはりさすがは江戸川乱歩さんです。一気に引き込まれてしまいます。
まさしく小学生のように、いきなり声をかけて驚かせてやろうとした宗三が見たものは、妻・花が誰かの写真に接吻しながら泣いている姿――嫉妬に狂う宗三。
夫婦であればひょっとして、これに似たシーンが現実でもあるように思ったのですが(浮気を疑うシチュエーション)、そのときすぐさま相手にことの次第を問いただせるか、あるいは宗三のように言い出せずに終わってしまうのか、わかれるところのように思いました。
はたして一般的にはどちらの対応が多いのでしょうねえ……。そのとき怒りに任せて相手に問いただしてしまい、決定的に関係がこじれてしまうのも怖いような気がしますが、かといって言い出せないまま悶々と過ごさなければならないのはつらいですよね。
宗三の場合は言い出せずに悶々と過ごすことになってしまいますが、このとき直情的に問いただしていれば、そんなことにはならなかったのかなあ、とふと想像しました(まあ、オチがオチだけにこの点についてもいくつかパターンが考えられるわけなのですが)。
想像する楽しさがあります。
ところで、浮気に気づいてしまったときの対処法というのがあります。
まずは冷静になること。当たり前のことですが、現実の場面に直面したとき、これはなかなかに難しいことだと思います。その場で直情的に問いただしてみても話し合いにはならず――いい結果に結びつくことは少ないようです。
そして証拠を集めること――まさに今回の宗三がとった行動ですね(意外と現実的な対処だったんですねえ)。そんなことをするのはちょっと気が引けてしまいますが、しかしその後の現実的な行動のためにも、これは必要なことのようです。
現実的な行動とは、ひとつは見ないふりをすること。精神衛生上よくないように思いますが、パートナーの一時の気の迷いであって、どうしても別れたくない場合には有効な手段みたいですね(ただし、浮気を知ったうえでも関係を続けられるような強い精神力がなければ、これはなかなか難しいようにも思えますが)。
もうひとつは真剣に話し合いをするということ。たしかにこのとき確たる証拠があれば、有利に話を展開できますね。続けるにしても別れるにしても……。
そして最後に離婚です。話し合いと同じように、これにもやはり証拠が有利に働くようですね。慰謝料など多くとるためには証拠が必要になってきます。
――て、何について話しているのでしょうね、僕は……。
話を戻します。
宗三が見つけた写真には彼の上司である村山課長が写っていました。これはかなりきついですよねえ。たぶん見知らぬ相手と浮気されているよりも、見知った相手と浮気されていたほうが、こちらの受ける精神的なダメージは大きいというのが一般的な解釈ではないでしょうか?
ラストの部分、結果だけいってしまえば、宗三は障子の穴という狭い視野から鏡に映った妻の姿を見て勘違いしてしまったということで、「すまじきものは嫉妬だなあ」とこぼした言葉には、実感できる共感が含まれています。
嫉妬のために仕事を辞めてしまった宗三、やはり一時の激情に流されず、時間をおくことが重要なのだと改めて思わされてしまいます。
「時がすべてを解決してくれるであろう」みたいな言葉がありますが、僕はこれをひとつの真言だと捉えています。いまがどんなにつらくても、じっとして時が過ぎるのを待っていれば、いずれはそのつらさも取るに足らないものだったように思えてくる……。
しかしながら、これは場合によってはただの逃げだと言われてしまうこともあるかもしれませんね。あるいは反対に、じっとして逃げなかったがためによりつらいことになってしまい、最悪の結果を招いてしまうこともある――最近、学校に行かない選択も戦いである、という言葉を聞いてとても感銘を受けました。
また話が逸れていますが(汗)。
そしていよいよ本作のオチ、鏡のトリックはじつは妻があらかじめ用意していたものだったのではないか、といった謎を残した終わり方ですが、このような終わり方をする物語をリドル・ストーリーといいます。
ラストに明確な答えを示さないので、読者をもやもやした気持ちにさせてしまい、歓迎されない向きもあるのですが、僕はこのリドル・ストーリーの作品が結構好きです。
真相についてたくさん考えたり、また自分でその後のストーリーを想像するという楽しみは、ひとつ読書が与えてくれるおもしろさだと思っています。
宗三の妻・花は、その言動から愛らしい健気な女性だという印象を僕は抱いたのですが、しかしそれだけにもしも花が浮気の本心を隠すために巧みな鏡のトリックさえ使う悪女だったのだとしたら……、「女は魔物」という同じく江戸川乱歩さん作品の『一人二役』のTが言っていたこのフレーズを思い出してしまうのです。
(花、あなたは愛らしい健気な妻なのだと信じてもいいんだよね?)
しかしそうなってくると、宗三の出世を願って本当はいやな村山家に通っていたのに(この部分あらすじでは省略しています)、それも含めて浮気を疑われ、さらに夫は職を失ってしまったという花のやりきれない心境を思うと……。
しかしてしかし!
その訴えこそが悪女の囁きなのではないかとか考え始めると……。
――思考がエンドレスワルツを踊りはじめてしまったので、今回はこのあたりにしておきたいと思います。
読書感想まとめ
瞬間的に行動しない、まずは一呼吸おいて物事に対するということ。もしもパートナーの浮気に気づいてしまったとき、怒りに任せて問い詰めたりせず、冷静になって証拠を集めること。それから見逃すなり話し合うなり別れるなり、ゆっくりやればいい。
時がすべてを解決してくれるかもしれないけれど、それが逃げなのか戦いなのかは結局時が経たなければわからないのかもしれない。戦いだといえるように生きれればいいと思う。
リドル・ストーリーがやっぱりおもしろい。狐人的には花はやっぱりいい妻であったことを願う。
狐人的読書メモ
ひょっとしたら繰り返し(繰り返し)になるかもしれないけれど、江戸川乱歩さんの初期短編が本当におもしろい。
・『接吻/江戸川乱歩』の概要
1925年(大正14年)12月、『映画と探偵』(映画と探偵社)にて初出。初期短編。ミステリー。リドル・ストーリー。浮気に気づいたときの指南書的短編小説。
以上、『接吻/江戸川乱歩』の狐人的な読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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