犬のいたずら/夢野久作=執念深い犬のいたずらが怖く、大人な猪に憧れます。

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

犬のいたずら-夢野久作-イメージ

今回は『犬のいたずら/夢野久作』です。

文字数1200字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約3分。

去年の12月31日のこと。
来る猪と帰る犬がヒョッコリ出会って話をする。

その話の内容がいろいろと考えさせられます。
執念深い犬が怖く、大人な猪に憧れます。

いまを一生懸命生きる!

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

(短いので全文です)

『犬のいたずら/夢野久作』

去年の十二月の三十一日の真夜中の事でした。一匹の猪と一匹の犬がある都の寒い寒い風の吹く四辻でヒョッコリと出会いました。

「ヤア犬さん、もう帰るのかね」

「ヤア猪さん、もう来たのかね」

と二人は握手しました。

「もうじき来年になるのだが、それまでにはまだ時間があるから、そこらでお別れに御馳走を食べようじゃないか」

「それはいいね」

二人はそこらの御飯屋へ行って、御飯を食べ始めました。

「時に犬さん、お前の持っているその大きな荷物は何だね」

と猪は小さな眼をキョロキョロさせて尋ねました。

「これは犬の年の子供がした、いい事と悪い事を集めたものさ」

「ヘー。い事悪い事ってどんな事だね」

「それはいろいろあるよ。他人の草履を隠したり、拾い食いをしたり、盗み食いをしたり、垣根を破って出入りしたり、猫をいじめたり、お母さんや姉さんに食いついたり」

「ヘエ、そんな事をするかね」

「するとも。それから良い方では、人のものを探してやったり、落ちたものをひろってやったり、小さい子をお守してやったり、人の命を助けたり」

「ヘエー、それはえらいね。しかしそんなものを集めて持って行ってどうするのかね」

「今に十二年目になると僕が帰って来る。その時には犬の年の子供は最早二十五になっている。男の児は最早兵隊に行って帰って来ているし、女の児ならばお嫁さんに行く年頃だから、その時に良い事をした児には良い事をしてやり、悪い事をした子には何か非道い罰を当ててやろうと思うんだ」

「フーン」

と猪は犬の言葉を聞いて腕を組んで考えました。

「オヤ猪君、何を考えているのだい」

「ウン。犬さんがそう言うと、成る程一々尤もだが、それはあまり感心しないぜ」

「何故、何故」

と犬は眼をみはって申しました。

「それは、今年はまだ小僧だからまだいたずらをするだろう。しかし二十四にも五にもなったら、だんだんわけがわかって来て、そんないたずらをしなくなるだろう。そんなにいい人になった時に罰をわせるのは可哀そうではないか」

このように言われると犬も考えました。

「成る程。君は猪と言う位で無暗むやみにあばれるばかりと思ったら、中々ちえが深い。そんならこうしようではないか。このいたずらをした児がもし二十五になっても悪い事をやめていなかったら、罰を喰わせる事にしよう。又良い児が悪くなっていたら、御褒美をやらない事にしよう」

「うん、それがいい。僕もそれじゃ来年は勉強をして、猪のようにあばれて悪い事をする児と、猪のように一所懸命に好い事をする児の名前を集めよう。そうして猪の年の児がどんなによくなるか悪くなるか気をつけていよう」

二人は手を打って、

「それがいい、それがいい」

と言いました。

そのうちに十二時の鐘が鳴りました。

「やあ鐘が鳴った。君も僕の大好きの処まで降って来たようだ。では出かけようではないか」

二人は表に出て右と左に別れました。その時二人は帽子をふって、

「犬の年の児万歳」

「猪の年の児万歳」

と叫びました。

狐人的読書感想

犬のいたずら-夢野久作-狐人的読書感想-イメージ

去年の12月31日、猪と犬がヒョッコリ出会う、猪は来るところで犬は帰るところ――となれば、これはゆく年くる年、亥と戌、移りゆく干支の動物をモチーフとした話に違いない。

――とかいわずもがななことをもっともらしく言ってみましたが……、これって必要なことだったのだろうか、という……(いわずもがな)。

干支(十二支)については以前、やはり夢野久作さんの『キューピー』の読書感想のときにも触れましたが、世界中に同様の風習があって、いろいろなバージョンの説話があるのがおもしろく、創作のモチーフとしても大変興味深く、漫画・アニメ・ゲーム……、実際さまざまにアレンジメントされた作品が数多くありますよね。

(ぱっと思い浮かぶのは「ハンター十二支ん」とか『NARUTO-ナルト-』の術を使うときの印の形とか)

『犬のいたずら』では猪(亥)と犬(戌)が主人公で、この二匹の会話をおもしろく、また興味深く読ませてもらったので、そのあたりの感想を中心につらつらと書き綴っておきたいと思います。お付き合いいただけましたら幸いです。

まず思ったのはタイトルにもあり、このお話の主題でもある『犬のいたずら』についてです。

犬は大きな荷物を持っています。その中には、犬(戌)のとし一年ぶんの「子供がした、いい事と悪い事」が詰まっています。

それらの情報を保存しておいて、十二年後、いい事をした子にはいい事を、悪い事をした子には悪い事を、それぞれ返してやろうという因果応報――細かいというかマメな性格というか執念深いというか……、ともあれちょっと怖いようなこの企みが『犬のいたずら』といってよいのでしょう。

(この執念深さをリアルに考えてしまうと、もはや「いたずら」のレベルではないような気がしますが、「いたずら」といってしまえば怖さもかなりやわらぐように感じます)

……いま12、3歳の子供が24、5歳になったとき、子供のころの行いの因果が報いてくるというのは、納得できるようなできないような、複雑な思いがしてしまいますが(いい事ならばよいのですが……)。

(ここから余談)

――あまり関係のない話で横道に逸れてしまうのですが、ここでふと思い起こしたことに、「いまもらえる10mの絹と1年後にもらえる100mの絹」どちらを選びますか?

みたいな話です。

(絹は実感しにくいですかねえ……、まあ、いまの10万円とあとの100万円、いまのパン10個とあとのパン100個でもいいのですが)

いくらかの待ち時間が生じることで、人の感じる喜びは減ってしまうということを、神経経済学で「時間割引」とかいうのだそうですが、誰でもとかく待つのはきらいで、だから目の前にある報酬にすぐ飛びついてしまいがちですが、こういった場合「現在価値と将来価値」を考慮して選択することが、ファイナンスの基本となるそうです。

たとえば、あなたが服飾の技術を持っていたとして、いま10mの絹をもらって服を作って売るのと、1年後100mの絹をもらって服を作って売るのとでは、はたしてどちらがお得なのでしょうか?

単純に考えれば、1年後100mの絹をもらったほうがよりたくさんの服を作って売れるのですから、こちらのほうがお得なようにも思いますが。

しかしいまが空前のファッションブームであり、一着の値段がとても高騰していたとしたら、いま10mの絹をもらって服を売った方が儲かりますよね?

あるいは1年後に空前のファッションブームがくる可能性だってあります。いま10mの絹で作った服が、話題となりお客さんを呼んで、そこから得られる1年間の売り上げが、1年後の100mの絹から得られる利益を上回ることも考えられます。

いま10mの絹をもらうべきか、1年後100mの絹をもらうべきか、……ファイナンスの基本とはいえ(基本だからこそ)なかなか素人には判断が難しいように思いました。

ファッションブームのくる確率、自分の作った服がブームとなる確率を数値化して、「現在価値と将来価値」を計算し、より儲けられる確率の高い方を選ぶための知識が「経済学」だったり「ファイナンス」だったりするのでしょうが、こういうふうに考えてみると誰にでもできそうで意外とできないことのように感じてしまい、これもやはり一種の技能であって、「ファイナンシャルプランナー」とか聞くといつもよくわからない職種(資格)だなあ、とか考えてしまうのですが、その必要性が実感できるように思いました。

(余談おわり。――しかし本当に関係ない話をしてしまった。しかも何が言いたいのか自分でもよくわからないという……)

気を取り直して話を元に戻しますと。

猪が犬の意見(暴論?)に疑義を呈して諫めたところには感銘を受けました。

「ウン。犬さんがそう言うと、成る程一々尤もだが、それはあまり感心しないぜ」

「成る程一々尤もだが」と受け入れておいてからの「それはあまり感心しないぜ」という否定は大人な対応という気がします。

自分の意見を否定されてしまうと、人はそこにいくらかの反発心を起こしてしまいますが、その反発心を起こさせないよう相手に注意を促すことのできるその度量は、僕も見習いたいと思いました(とはいえ反発心を起こさない度量も僕には必要だと思いますが)。

さらに「言いたいことが言い合える友達」のいることの幸運というものを思います。

まあ、猪と犬の場合、干支の役目を仕事と捉えるならば、どこかビジネスシーンを想像してしまうのですが。

とはいえ、よりよい仕事をするために、忌憚のない意見を言い合える同僚あるいは上司部下の関係というのも大切ですよね(猪の対応からはできる上司の風格をも感じさせられてしまうのです)。

そして最後に思ったことは、猪と犬の二匹は「12年後が必ずやってくる」という前提で話をしていますが(たしかに12年後は必ずやってくるわけなのですが)、生き物である以上は、ひとには12年後が必ずしも訪れるとは限らないかもしれないということです(12、3歳の子供を対象にしている話とはいえ)。

12年後、自分がこの世にいないかもしれないことを思えば、いい事をした報いが12年後では遅すぎるし、悪い事を反省するにもまた遅すぎるといえるでしょう。

二匹が出した結論は、「人は良いふうにも悪いふうにも変われる」という、ひとつ大切な教訓を含んでいるようにも思いましたが、同時に「いまを一生懸命に生きよう」といった教えもまた、そこに見出すことのできるように僕は思います。

「いまを生きる」、――だからというわけでもありませんが、正月に初詣でお願い事をしたりするとき、受験で受かりますように、みたいな、とかくすぐの結果を求めてしまいがちなのですが、こうしたお願い事も「いまを一生懸命に生きた」(努力した)上で、長期的なヴィジョンを持ってしなければならないのかなあ、という自省を込めた感想を抱きました。

「いまもらえる10mの絹か、1年後にもらえる100mの絹か」

もらうことばかり考えていてはいけませんよね。

(自分に言い聞かせるやつ)

読書感想まとめ

執念深い犬のいたずら(怖い)。
関係ないファイナンスの話(ではなぜしたという……)。
大人な猪の対応(憧れる)。
言いたいことが言い合える人間関係(難しい)。
いまを一生懸命生きる(なぜ難しいのか……)。

狐人的読書メモ

犬のいたずら-夢野久作-狐人的読書メモ-イメージ

何が言いたいのかわからない話をしてしまった挙句、あまりうまくないまとめ方になってしまった……。

・『犬のいたずら/夢野久作』の概要

1922年(大正11年)11月16~17日、『九州日報』初出。九州日報シリーズ。干支の動物(戌と亥)をモチーフにした作品。なかなかいろいろなことを考えさせられるショートショート。

以上、『犬のいたずら/夢野久作』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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