狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『黄いろのトマト/宮沢賢治』です。
文字8500字ほどの童話。
狐人的読書時間は約22分。
幼い兄妹は黄色のトマトを育てる。それはピカピカの金貨と同じように見える。が、トマトはお金ではない。トマトでサーカスは見られない。人は悲しみを経験して大人になっていく話?
未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
狐人的あらすじ
博物局十六等官のキュステが記したもの。彼が幼いころの思い出。キュステは学校に行く途中、蜂雀の剥製を見るため博物館に立ち寄る。すると蜂雀はペムペルとネリという兄妹について語り出す。
ペムペルとネリはガラスの家に住み、農作業をして二人だけで楽しく暮らしていた。小麦粉をひいたり、キャベツを植えたりしていた。ある年、黄色のトマトができた。二人はそれを本物の黄金なのだと思った。
ある夕方、サーカスの一団がやってきて、兄妹は興味を惹かれてついていく。サーカス小屋の入り口では、人々が黄金のかけらを番人に渡して中に入っていく。ペムペルは妹をその場で待たせて家に駆けだす。
黄色のトマトを四つとってくると、兄妹は仲よく手をつないで、それをサーカス小屋の番人に手渡す。しかし番人は顔を歪めて怒鳴りだす。「トマトなんかでおまえたちをサーカスに入れてやるものか。失せやがれ」
ペムペルとネリは泣きながら家への道を帰って行った。
狐人的読書感想
なんとなく雰囲気がいいお話ですね。博物館の部屋には厚い茶色いカーテンが引かれていて、ビール瓶のかけらをのぞいたような、つまりセピア色を彷彿させて、キュステが幼いころの思い出話という印象が強く残ります。
剥製の蜂雀が突然話し出したら、ファンタジーというかホラーというか、ちょっと怖いような気もしましたが。
大筋は、ペムペルとネリの兄妹が無知、あるいは純粋さゆえに、黄色のトマトを本物の黄金だと思い違い、サーカスを見るための対価としてそれを支払い、サーカス小屋の番人に怒鳴られて、悲しい思いをします。
子供のころこういう体験をした人、ひょっとしたらいるんじゃないかな、って思わされるようなお話でしたね。
サーカス小屋の番人もちょっと大人げない気がしましたが、しかし「子供だから……」と甘やかして入れてあげてしまうよりは、あれでよかったのかもしれません。
もちろんトマトを投げつけるような暴力を振るうべきではなかったのでしょうし、「トマトはお金とは違うんだよ」とそっと言い聞かせてあげたほうがよかったのでしょう。
あるいは黄色のトマトを買ってあげて、そのお金で兄妹にサーカスを見させてあげればよかったじゃない……とか想像してしまいましたが、それはお金持ちで余裕のある大人の対応であって、きっと日々の生活で一杯いっぱいのサーカス小屋の番人に求めるのは酷な対応かもしれません。
「痛みを伴わない教訓には意義がない」とも言いますし、通過儀礼としてあれはあれでよかったのかなあ、という気がしてきます。
蜂雀が言うように、かわいそうはかわいそうなんですけどね。
人間の社会――大人の社会で生きるのは大変なんだなあ、とか改めて思ったような、今回の狐人的読書感想でした。
読書感想まとめ
痛みを伴わない教訓には意義がない?
狐人的読書メモ
・しかしそもそもそういうことって、お父さんお母さんが教えるべきことなのでは――という疑問も抱く。
・作中、兄妹のお父さんお母さんの存在は示唆されているのだが、最終的に兄弟は二人で生活しているようであり、喪失している原稿一枚分には親の行方が書かれていたのかと想像するとその部分がすごく気になってしまった。
・『黄いろのトマト/宮沢賢治』の概要
生前未発表作。未完成作であるために、内容に矛盾する箇所も見られる(親の在不在の記述のあたりとか)。入れ子構造、楽園、子供と大人間の異文化間接触など、興味深いモチーフが多数取り上げられている。
以上、『黄いろのトマト/宮沢賢治』の狐人的な読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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