狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『千代女/太宰治』です。
文字数12000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約30分。
小学生の和子は雑誌で作文が一等になり、
大人の期待が重く、書くことをやめる。
十九歳の和子は小説を書こうと志すも、
今度は大人に見向きもされない。
求めねば求められ、求めれば求められず……
未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
狐人的あらすじ
柏木の叔父さんが和子の綴方(作文)を雑誌に投書すると、それが一等に当選する。和子の生活はそれにより一変してしまう。
選者の岩見先生は、和子の綴方を絶賛してくれたが、和子にはそれが大したものにはどうしても思えず、先生が自分にだまされているのだと感じる。
家庭では和子の教育方針を巡って父と母が口喧嘩をするようになる。母は和子を流行の女流作家のようにしたいと内心で望む。父は一時のことで人生を台無しにしてほしくない、よい母となり、平凡な家庭を築いて幸せになってもらいたい。
学校では沢田先生が和子の綴方を絶賛する。が、自分の綴方に値打ちなどなく、偉い選者の先生が褒めているから沢田先生も褒めているのが和子にはわかって、たまらない気持ちがする。
これまで仲のよかった友達が急によそよそしくなって、からかわれるようになって――和子はもう綴方がいやになり、まともに書かなくなる。
小学校を卒業して、お茶の水の女学校に通うようになると、当選のことを知っている者はクラスに一人もおらず、和子はほっと息を吐く。
しかし、柏木の叔父さんだけはいつまでも熱心で、おすすめの小説を持ってきたり、選者の岩見先生にお願いして和子の父に手紙を書いてもらったり、和子は辟易させられる。
そのうち、不祥事を起こして学校を辞めさせられた沢田先生が家庭教師として押しかけてくるようになったり、娘をおだてられた母がまたその気になったり、綴方出身の女流作家ブームが巻き起こったり――またしても周囲の和子への期待が高まっていく。
和子も女学校を卒業すると、急に毎日が退屈になり、あれほどいやだった小説ばかり読むようになり、小説を書きはじめるのだが、いざその気になってみると、出来上がった作品を読んだ叔父さんはそれを中途で投げ出してしまう。自分で読んでみても、なるほど、おもしろくない。
どうしたら、小説が上手になれるだろうか。
和子は来年で十九歳、自分をダメで、頭の悪い女だと思い、自分で自分がわからなくなり、いまにも気が狂いそうになるほど苦悩している。
狐人的読書感想
作文がコンクールで当選して、文才が認められて、「いいことじゃん!」と、僕なんかは単純に考えてしまうのですが、大人たちの期待が重くのしかかってきたり、学校の友達の自分への見方が変わってしまったり――なるほど、いいことばかりじゃないんだな、というところは、なんだか気がつかされました。
才能ってなんだろう?
ということをよく考えますが、最近では「続けること」ではないかな、などと思ったりします。
賞をとるのはもちろん難しいことではあるのでしょうが、それを受賞後も続けていくことはもっと難しく感じています。
そして続けていることが、コンスタントに評価され続けるのは、さらに難しいことですよね。
雑誌に当選したときの和子の気持ちは、正直わかるところとわからないところがありました。
大人の期待が重く、また友達の見る目が変わってしまうのは、たしかに恐いことなのですが、一等になったことで得意になったり、自慢したい気持ちとか、まったくなかったのかな、というところは疑問に思うんですよね。
もちろん、天狗になったり慢心したりするのは、基本的によくないことでしょうが、しかしそれによって時流に乗ることは、決して悪いことではないように感じるんですよね。
稼げるときに稼げ!
いい目が見られるときにいい目をみろ!
みたいな?
とはいえ、ブームはいつか過ぎ去ってしまうもので、ブーム後にも続けていたとしても、必ずしもこれまでと同様の評価を得られるとはかぎりません。
むしろ評価を得られないことのほうが多いでしょう。
それでも続けてさえいれば再評価されることもあるかもしれず、そのまま再評価されずに終わってしまうこともあるかもしれず――じゃあ、やっぱり「続けること」が才能だとはいえないのかな、という気がしてきます。
しかし続けなければ決して評価されることがないことを思えば、「続けること」も一つの才能ではある、とはいえるのではないでしょうか?
和子は大人たちの期待にスポイルされてしまったのかな、という気がして、ちょっとかわいそうにも思えてきます。
とはいえ、まったく期待されないのも、子供にとってはきついですよね。
適度に期待して、だけど期待しすぎないで、って、やっぱり難しいですよね。
作中の登場人物の中で、唯一お父さんだけは、ちょっと昔気質なところはありますが、おおむね和子を尊重していたように思えて、すてきな親の在り方ではなかろうか、などと感じました。
和子が書きたくないときには周りが勝手に盛り上がり、和子が書きたくなればその熱はすでに冷めている――求めねば求められ、求めれば求められず……人生うまくいかないなあ、と、読んでいてため息したくなりましたが、しかし和子はまだ十九歳、小説を書きはじめたばかりです。ここから可能なかぎり続けていって、認められることを願うばかりです。
「がんばれ! 和子!」
な、今回の読書感想でした。
読書感想まとめ
継続は才能なり?
狐人的読書メモ
『女の子は、平凡に嫁いで、いいお母さんになるのが一ばん立派な生きかたです』
『いまは昔とちがって、女だからとて家にひっこんでばかりいてはいけない』
上の引用は、和子の父と母、それぞれの意見の抜粋。女性の生き方が変わりつつある時代を感じた。
・『千代女/太宰治』の概要
1941年(昭和16年)『改造』にて初出。才能ということ、女性の生き方が変わりつつあった時代、親としての子供への期待のかけ方、あるいは著者自身の「生活綴方運動」に対しての考え方(好意的ではなかったらしい)など、多様な視点で読める小説。
以上、『千代女/太宰治』の狐人的な読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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