狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『秋深き/織田作之助』です。
文字数13000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約40分。
あるある夫婦に出会った私の災難。
秋深き? 秋深し?
喧嘩するほど仲がいい?
バシッと言って、カラッと終わりたい。
旅先で知らない人と仲良くなることある?
ろくろ首が油を舐める。など。
未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
狐人的あらすじ
医者に肺が悪いと診断されて、転地療養を勧められた「私」は、温泉へ行くことにした。逗留した粗末な温泉宿で、「私」は一組の夫婦と部屋が隣同士になったことで知り合い、振り回されるはめになった。
夫のほうに多少強引に誘われて、「私」は夫婦の部屋に遊びに行った。話の流れで肺病のことを知らせると、夫は「それなら石油が効く」と言い出した。妻は「迷信だ」と口をはさんだ。「私」は早々に切り上げてきたが、隣からはその後も口論の声が聞こえてきた。
翌朝、「私」が散歩をしていると、妻のほうが声をかけてきて、一緒に散歩をすることになった。その間、「私」はずっと妻の夫に対する不満を聞かされ続けた。いわく、無教養で、趣味が合わず、嫉妬深い夫を持った自分は不幸な女なのだと。すると向こうから、夫の歩いてくる姿が見えた。
その後、「私」が温泉に行くと、まるで待ち構えていたかのごとく、夫のほうと鉢合わせた。そして今度は、夫の妻に対する不満を聞かされることになった。いわく、妻は嘘つきで、不幸話で相手の気を引く、相当なやきもちやきだ。すると脱衣場の戸ががらりと開いて、妻が姿を見せた。
夕飯が済むと、また妻のほうが一人で「私」の部屋にやってきた。夫はどこかへ出かけて行ったらしい。例のごとく、「私」が閉口しながら妻のグチを聞いているところへ夫が帰ってきた。石油を買ってきたと言って、無理矢理「私」に飲ませようとした。夫と妻の間に挟まれ、うんざりしてしまった「私」は、石油を飲んでその場を収めた。
翌朝、夫婦は温泉を発った。「私」は駅まで見送りに出た。客引きの男が夫婦に向かって「これだけ滞在すれば効き目はバッチリ」だと言った。ここの温泉は子作りにも効能があるという。「私」は昨夜の石油のせいで腹を下していた。すると、離れていく汽車の中から夫が「竹の皮の黒焼き」と叫んだ。妻は女優のようにハンカチを振った。
似合いの夫婦に見えた。
狐人的読書感想
織田作之助さんの前回の読書感想は『秋の暈』だったのですが、今回は『秋深き』ということで、織田作之助さんは「秋」に思い入れがあったのかなあ、などと想像してしまいました。
「秋深き」といえば松尾芭蕉さんのあの俳句、「秋深き 隣は何を する人ぞ」を思い出します。『秋深き』の内容的にもこの俳句が連想されて、織田作之助さんがこれをモチーフにして書いたのか、そうでなくともタイトルについてはある程度意識されていたように感じたのですが、どうでしょうね?
ここまで読んで「おや?」と違和感を覚えた方もいらっしゃるかもしれませんが、それは松尾芭蕉さんの俳句って「秋深し」じゃなかったっけ? ということではないかと推察するのですが、どうでしょう?
正しいのは「秋深き」で、これを「秋深し」と間違って記憶している人が、じつはけっこう多いのだとか。
意味についても「物寂しい季節である秋も深まり、隣の人の生活音が聞こえてきて、いま何をしているんだろうなあ」という感じに一般的に解釈されているのですが、じつはこれも本当の意味は別にあります
この句は松尾芭蕉さんの最後から二番目に詠まれたもので、その頃体調を崩されていて欠席せざるを得なかったある句会の発句(最初の挨拶の句)として書き送られたもので、「秋も深まるいい季節に、みなさんいかがお過ごしですか?(句会に参加できず申し訳ありません)」というのが本当の意味になります。
狐人的におもしろい文学雑学だと思ったのですが、さて。
そろそろ織田作之助さんの『秋深き』に話を戻します。
狐人的には、これは「あるある」の描かれた小説だと思いました。
まずは語り部である「私」の人柄なのですが、本人も「気の弱い私」と言っているように、そんな「私」の気の弱い性格に僕は共感を覚えました。
たとえば、宿ではじめて温泉に入ったとき、貧弱な身体を誰にも見られずにすんでうれしかったと語っていたり、温泉が水のようにぬるかったのにそのことを宿の人に言い出せず、仕方なく我慢して浸かっていたりしています。
お店の対応が悪かったとき、お店の人にそれを指摘するかどうか、というのはけっこう悩むような気がします。
どの程度のことだったら言うべきで、この程度のことだったら言うほどでもないのかなあ、みたいな。クレーマーとか思われたくないし、クレーマーになってしまったとかも思いたくないし、かといってお店のためにもこれは言うべきでしょ……、だとか、そんなことをあれこれ考えているうちに、結局言い出せずに終わることも多いように思います。
「これは違う」とバシッと言って、「すみません」でカラッと終われればよいのですが、このようなときはこちらの言いたいことを全部伝えたくなって、長々と理論的に語ってしまい、なんだかお説教みたいになって後で自己嫌悪に陥ることを考えると、なかなか言い出せないような気がして、カラッとした性格の人が羨ましく思うこともあるのですが、みなさんはいかがでしょうか?
ひょっとしたら織田作之助さんもこんなふうに考える人だったのかなあ、とか想像してみると、ちょっとシンパシーを感じてしまうところでした。
そんな弱気が災いしてか、やっかいな夫婦に振り回されてしまうはめになるのですが……。
この物語のメインは、やっぱり「この夫婦について」となるでしょうね。
これはひどいな、と思う一方、よくある話だな、と思わず苦笑しました。
夫婦でも恋人でも、お互いにまったく不満のないカップルのほうが少ないのではないでしょうか?(てか、お互いに不満のないカップルなんていない?)
『秋深き』の「私」のように、友達の彼氏や彼女のグチを聞いていて、「だったらなんで別れないんだろ?」という疑問を抱いた経験のある人はけっこう多いのではなかろうか、などと推察します。
だけどなんだかんだとお互いの不満を言い合いながら付き合っているカップルのほうが、それを我慢しているカップルよりも長続きしているような印象を持ちます。
まあ、長く夫婦をやるにはある程度我慢は必要なのでしょうが、いやなところをお互いに言い合いながら同じときを過ごしていくというのは、なんとなく長続きする夫婦の秘訣みたいなものを思わされた部分でした。
作中の夫婦のいいところ(悪いところかもしれませんが)は、他人である「私」にお互いの陰口を言いますが、互いに互いを意識しているゆえにそのことに気がついており、結局は口論になっている部分ではないかと考えました。
夫婦の陰口や彼氏彼女の陰口と言うのは、バレないように友達に話す話題という感じがしますが、あるいはそれはストレス発散にはなっても、本人に言わないことには根本的なストレス解消にはならないのかなあという気がします。
案外お互い熱心に愛し合っているからこそ、不満もたくさんあるというのはわかるように思います。不満も出なくなったら、もう本当におしまい、ですよねえ(きっと)。
これも完全な想像ですが、本人に不満を言えずに我慢して我慢して我慢して――それがいま流行り(?)の熟年離婚に通じているのかと思えば、『秋深し』の夫婦の在り方はやっぱり「似合いの夫婦」、ひとつ現実的な理想の夫婦像なのではないでしょうか。
読書感想まとめ
夫婦の人、パートナーのいる人、狐人的には女性のほうの方におすすめ(もちろん男性のほうの方にも)。
狐人的読書メモ
2008年公開の映画に『秋深き』がある。八嶋智人さん、佐藤江梨子さん出演。
人間関係の希薄化する現代、それがよいものであれ悪いものであれ、作中の旅先での出会いみたいなものはあるのだろうかと疑問に思った。
夫の勧めた石油が肺病に効くという根も葉もない民間療法の、科学的根拠がおもしろかった。ろくろ首が行燈の油を舐めるという件。「苦界に落とされた女子が雇い主の強欲のため栄養が摂れず、行燈の植物性の油を舐めていたのが妖怪ろくろ首と勘違いされた」という話。これは化け猫が油を舐める話にも通じている。親切の押しつけは迷惑である。
『自分の恋人や、夫についての感想をひとに求める女ほど、私にとってきらいなものはまたと無いのである』、『筆蹟くらいで、人間の値打ちがわかってたまるものか、近頃の女はなぜこんな風に、なにかと言えば教養だとか、筆蹟だとか、知性だとか、月並みな符号を使って人を批評したがるのかと、うんざりした』、男性は共感できる部分?
「キネマスター」がわからなかった。キネ・マスター? よく考えるまでもなく「シネマ・スター」のことだった。
妻はとかく夫の文句を言いたがるものだが、本当に嫌いな場合は少ないのかもしれない(はたしてそうだろうか?)。
ほかの男性にすり寄っていく女性は、その男性に関心があるのか、あるいはパートナーの男性の関心を惹きたいのか、……それが問題だ。
・『秋深き/織田作之助』の概要
1942年(昭和17年)『大阪文学』(1月号)にて初出。ひとつの現実的な理想の夫婦像。夫婦の人、パートナーのいる人におすすめ(とくに女性のほうの方に)。
以上、『秋深き/織田作之助』の狐人的な読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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