第13話 金髪ロリ美少女ベッドは、最上の目覚めをあなたに。

くまさんと出会った。
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森である。
広漠な湖のほとりに、そびえ立つ一本の巨樹の、その根元に。
生え出した巨大なキノコのようにして建つ。
一軒の家。

二階の寝室。
窓から差し込む朝の光を浴びて、少女はゆっくりと目を開く。

自然な、清々しい朝の目覚めの一幕である。

背中にごつごつとした床の感触はない。
代わりに、ふわふわと。
油断するとどこまでも沈み込んでしまいそうになる、柔らかさがある。
実際、昨夜は寝入るまで、ビクン、ビクンと何度も全身を跳ねさせた。
体が落ちてしまうような浮遊感に落ち着かなかった。

(こんなのでちゃんと眠れるのでしょうか?)

その度に疑問に思ったのだけれども。ふたを開けてみればぐっすりだった。
この数日はいろんなことが起きて、じつは相当疲れていたのかもしれない。
森に捨てられ、一晩木の根元で明かし、くまとの出会い、ペットになって。
自分の出自に関わるかもしれないある事実を告げられて、そのことに悩み。
昨晩は遅くまで夜空のトランポリンでぬいぐるみのくまと遊んだ。

(……楽しかったです)

そう楽しかった。とっても楽しかったのだ。

(それにしてもベッドとは良いものですね)

孤児院では使い古した毛布に包まり、かたい床の上に寝ていた。
ベッドは院長とか、大人が使っていたけれど……。
メアリは背中の感触に再び意識を向ける。

(これはそれとは比較にならないくらい高級なものに違いありません)

きっと貴族とかが使うものに違いない。
いや、それよりも、もっと高価なものなのかもしれない。
そう考えると不安になってくる。

(わたしみたいな孤児が横になってもよかったのでしょうか……)

今すぐにでも起き上がって、ベッドの中から抜け出したくなる。
しかし、それはできない。ご主人様の眠りを妨げてしまうから。
それだけはダメ、ぜったいに。

そんなわけで、少女は朝の微睡をもう少し堪能することにした。
とはいえ、ばっちりと目は覚めている。
全身に気力が満ちている。
少女は、ベッドというものはすごいものだと改めて感じている。

森に捨てられた少女は、死ぬことを覚悟していた。
森で生きていけるように――
シスターはいろんなことを教えてくれたけど……。

(そうしてわたしが生きていくことに、何か意味があるのでしょうか)

生まれてすぐ親に捨てられ、今度はシスターに森に捨てられ――
誰からも必要とされていない。死んでも誰も困らない。
だからもうどうなったっていいと思った。
もちろん自殺する気なんてなかったけれども――

いつ死んだってかまわない。

森に来たとき、その覚悟を固めていた。

……なのに、

『僕のペットになるか、それとも食料になるか』

くまにそう問われたとき。

生か、死か。

ふたつにひとつの選択を迫られたとき。

『わたしはあなたのペットになります』

少女は迷いなく生にしがみついた。

『生きなさい。生きていればきっといいことがたくさんあるから』

そんな言葉ばかり、信じたわけではなかったのだけれども。

初めて食べたベヒモスバーガーは涙が止まらなくなるくらいおいしく。
夜空のトランポリンで遊んだ夜は十二年の人生の中で一番楽しかった。

(昨夜、やわらかなベッドの上に横になったときには、もう死んでもいいな、なんて思ったのに……)

今朝、目を開けてみたら、生きる気力が溢れてくる。
なんだか、あさましい気もするのだけれど、イヤな感じではない気もする。
不思議な心地である。

「うーん、なんて清々しい目覚めだろうか」

メアリがつれづれ、とりとめのない思考を巡らせていると、

「金髪ロリ美少女ペットをベッドにして眠ることのなんという喜びか。どんなロリ紳士もショタ淑女も決して体験し得ない至福。なぜなら普通、ロリをベッドにしようものなら、自分の体で押し潰してしまうこと請け合いだからね、むぎゅっじゃすまされないんだからねっ!」

ぬいぐるみのアバターだからこそ許される至上の行為だよね!
少女にしばし遅れて目を覚ましたくまがのたまう。

昨夜、湖の水で洗った髪は、朝の光を浴びてきらきら輝いている。
一緒に体も丁寧に洗っておいてよかった、と少女は回想する。

『さあ、メアリ。選ばせてあげる。僕のベッドになるか、それとも僕のベッドになるか!』

ペットな少女に残された道はベッドな少女、ただ一択であった。

『さあ、そこなふわふわベッドに横におなりよ。僕はそんな君の上に横になるよ!』

まさかペットになったその日にベッドになるとは夢にも思わない少女。
まさに、人生から畜生から家具生、何があるかもう何だかわからない。

そんな金髪ロリ美少女ベッドの上にぬいぐるみのその身を横たえて。
決して寝心地が良いとは言えないだろう薄い枕の上に頭を乗っけて。

「ロリの裸の胸に直接頭をつけて、生で感じる心音という名のASMRはとっても胎内回帰!」

ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)とは。
直訳すると「自律感覚絶頂反応」
人が聴覚や視覚への刺激により感じる、ぞわぞわしたあの感じ。
耳かきで感じる、そうそう、その感じ。

ハマる高校生が続出していることを当然メアリは知らないけれど聞き流す。

「そこから朝の光を全身に浴びての目覚めはまさに新たなる誕生のごとく! うーむ、すばらしい!」

どうやら今朝もくまは絶好調のようである。

何がすばらしいのか、金髪ロリ美少女ベッドには理解するのが難しい。

(けれどもご主人様が満足なら、それでいいです)

早くもベッド根性が板につきつつあるこの金髪ロリ美少女ペット――。
そこに一抹の不安を覚える今日この頃――。

「おはようございます。ご主人様」
「うむ! おはよう。メアリ」

ともあれ。
ふたりは朝の爽やかな挨拶を交わす。

少女は丁寧に両手をぬいぐるみに添えて起き上がる。
そうしてふわふわのベッドを出ると、一階のリビングへ。
テーブルの上に優しくくまを置いた。

「さて、それでは朝食にいたそうか!」

くまがコンソールを操作する。

「……朝食、ですか? それは、朝にごはんを食べるということですか?」
「いえーす。朝ごはんは一日の活力を担う最重要な食事。昔はダイエットのために朝食を抜くなんてことが当たり前に行われていたようだけど、なんせんす! 朝食を抜く、飢餓状態になる、そこへお昼ごはんを食べると、体は栄養や脂肪を蓄えようと必死になる、すなわち太る! ダイエットするなら、一日のごはんをこまめに分けて食べる、そうしてなるべく空腹時間をつくらなくするのがベスト! さあ、ベストを尽くせ!」

孤児院の食事は昼と夜の一日二食だった。

(でも王侯貴族や裕福な商人は、一日何食も食べるのかもしれませんし)

王国の街に暮らす一般家庭も一日三食である事実をメアリは知らない。

「今日の朝食は――出でよ、タムタムのパンケーキ!」

ポン。と、軽快な音とともに。
テーブルに並んだのは、白い皿に盛られたパンケーキである。
石窯で焼き上げられたがごとき厚みのある生地。
上には四角いバターが。
そばにはホイップクリームとかわいらしい容器が添えられる。
ティーカップからはアールグレイっぽい香り漂う。

くまは、朝食にパンケーキは血糖値的にアウトである事実を知らない。
――いや、知ってる。けど、あえて無視する!
それがくまのスタイル。

「さあ、メアリ。席について!」

朝食はきちんと二人分用意されていた。

(ペットのわたしが椅子に座ってもいいのでしょうか? こんなに素敵なごはんをしかも朝に孤児がいただいてしまってもいいのでしょうか? それにひょっとしてこれは物語で読んだことのあるお姫様のお茶会とかで出てくるあの甘くておいしいという記述のあるケーキとかいうものなのではないのでしょうか!?)

昨日のやりとりもある。
ペットが椅子に座る行為は、ご主人様の勘気に触れる恐れがある。
でも、パンケーキの皿はテーブルの上に置かれている。
床からでは当然それを食すことはできない。

(お皿を持って床に座るべきでしょうか……)

だがしかし、食事とは味だけが大切なわけじゃない。

五感すべてで味わう、そう。それが、食事。
味覚も嗅覚も聴覚も触覚も、視覚もだいじ。
床で食べる食事と、テーブルで食べる食事。
それを眺めながら食す、ご主人様の気持ち。

S心をくすぐって食欲増進、あるいは不快感で食欲減退。

そんなご主人様はテーブルの上に座している。
メアリはまだ躊躇している。

だが、そんな少女の様子には構わず。
くまはパンケーキにメイプルシロップをたらす。

ぶしゃーで、じゅわー、である。

「…………」

このまま決断が遅れれば、それ自体がご主人様の不興を被るだろう。
メアリは恐々椅子に腰を下ろす。くまはそんな様子にも頓着しない。
早速ナイフとフォークをとって、大きめに切ったパンケーキを一口。
ギザギザの歯が覗く口で、もぐもぐし始めた。

ほっと一息。
メアリも食前の祈りをすますと、くまにならってパンケーキを食べた。

!?

ほっぺたが落っこちるかと思った!

生地にナイフを入れた瞬間、すでにその予感はあった。
外はサクッ、中はふわっ、なのである。
まるで石窯の放射熱により中まで均一にふっくらさせたがごとき仕上がり。
絶妙な食感に、甘み、それを引き立てるバターの塩味。
タムタムのパンケーキは、悶絶するほどおいしいのだ。

(ソフィアにも食べさせてあげたいです)

メアリはそう思わずにはいられない。

(……もう、いつ死んでもいいです)

そう、思わずにはいられなかった。

 

≪つづく≫

 

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