第14話 人はなぜ、穴を見つけると覗きたくなるのか。

くまさんと出会った。
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「う~ん、マンダム……」
と、くまは言った。
(……マンダムとはなんでしょう)
と、少女は考えた。

どことなく高貴な響きがあるような気がした。
きっと貴族の言葉に違いありません――
と、メアリは想像の羽を広げてみる……

お城では今日も優雅な舞踏会が開かれている――
煌びやかに装ったご婦人たちがそこかしこで談笑してる――、
あら、その香水、新作かしら、とってもいい香りね、
う~ん、マンダム……。

少女はその言葉に秘められた本来の意味が、
奇しくも己の想像とは真逆に位置することを知らない。
白い機動戦士の名前の由来であることを知る由もない。

「むむっ、マンダム?」
と、くまは少女の裸体をバックから眺めながら言った。
(ほんとマンダムとはなんなんでしょうね……)
と、メアリはある感情を紛らわせるために考えていた。

朝食の後、メアリは家の床を掃き清めることにした。
それは孤児院での朝の日課であった。
毎朝、院と街の道を掃き清めるのである。
孤児院の運営は街の寄付で賄われている。
だから孤児たちが少しでも街のために働くのは当然のことなのだった。
ちなみに今メアリが手にしている箒は、くまに頼んで出してもらった。

「ん、マンダム!」
「……あの、ご主人様、申し訳ないのですが、掃除中は後ろに立た――浮かないでもらえないでしょうか……」

くるり。ついにメアリはくまを振り返って言った。限界であった。
くまは少し低い位置でぷかぷかと浮きながらサムズアップ。
相変わらず立てる親指のない丸いお手々が寂しげな感じだ。

「なぜご主人様はわたしの下肢後背側をそんなに見たがるのでしょうか?」
メアリは問わずにはいられない。
「それがそこにあるからさ」
くまは誤訳された名言を正しく修正するかのごとくのたまった。
そこにある谷間を霊峰の谷間になぞらえたのかどうか……
定かではないけれども。

「……って、お主びしょびしょやないか!? 見られてびしょびしょに濡らしとるやないかっ!?」
くまは少女の裸体を下から上へ、舐めるように視線を這わせて言った。
「は、恥ずかしいんですよぅ」
気づけば、メアリは真っ赤になった額に玉の汗を浮かべ、呟いていた。

羞恥の限界であった。

「ご主人様はなぜ、そこをそんなに覗きたがるのですか?」
今のメアリはその人間としての根源的な問いを問わずにはいられない。

そう、羞恥の限界であるが故に。

「むむっ、それにはまず、なぜそこにはモザイクが必要ないのか――から語らねばならないねっ! そもそもなぜモザイクが必要なのかといえば、刑法の――」

長くなりそうだった。
なので、くまが熱く語るうちにここで簡単に言ってしまえば、
そこを、そういう対象として見るか否か、
すなわち意識の問題である。
例えば、挿入や舐め、あるいはソフトタッチでさえ、
それを意識する事象が伴えばモザイクは必要なのだ。
非常に曖昧なものなのだ。
現にその基準は毎月のように変わっているともいわれている。

「――ゆえに裸の家政婦さんシリーズが根強い人気を誇っているのは当然の帰結だと僕なんかは思うわけだけど、しかし裸の家政婦さんがあくまで業務的にさまざまな行為をこなしていくのがイイのもわかるんだけど、恥ずかしがってる裸の家政婦さんをいろいろと責め立ててみたいこの気持ち! わかってくれるかしら!? 家政婦さんがそこにいたら、見た! やろっ!? いや、見る! 後ろから見るっ! やろっ!! わかってくれるかしらっ!?」
「…………」

少女に解ろうはずもなく、誰にも解るわけがない。
されど解る人がいることを望まないわけではない。
が、それを語るべき時は果たして今なんだろうか。

数行放置しただけであらぬ方向に話を暴走させてくれるくまである、
まったく、このくまはこのくまは……。

「――まあ、そんなわけで、人はなぜ、穴を見つけると覗きたくなるのか、その答えは、狩猟・採集時代の習性ってわけ。森や草原で暮らしていた先史時代、人は木の実や草の根を食料にしていたよね。そうした食べ物を探しにいくと、木の幹に穴があったり地面に穴があったりする。それは動物の巣穴であって、穴を広げて中を覗いてみれば、食べられる小動物が見つかることが多かった。こうして人は、穴があったらいいものが見つかるかもしれない――と好奇心が刺激され、ついつい中を調べたくなるようになったんだ」
「…………」

これは何の話だったでしょうか――そろそろ少女も疑問に思い始めてきた。

「つまり、ご主人様はわたしのアナ……、穴を見るために、わたしの後ろに浮いているんですね?」
少女はついにそう聞いた。
「そう、僕は君のアナを見ルために、君の後ろに浮いているんだ!」
くまは普通にそう答えた。

「ご主人様、申し訳ないのですが、掃除中は後ろに浮かないでもらえないでしょうか?」

こうして、話は初めに戻ってきたのである。

「なぜに!? こんなにちゃんと説明したのに!?」
くまは、説明したのに、説明したのに――と駄々をこねている。
「…………」

メアリもこれはさすがに反応に困った。
いや、どこかの事務的メイドがごとく、
ご主人様の醜態に呆れているわけじゃない。
むしろこれまでの自らの言動に呆れる思いがしていた。

そう、くまのムダ話によって時間を置くことで、
少女は冷静さを取り戻していた。

すなわち、ご主人様のペットである自分の立場を思い出していた。

わたしはご主人様の所有物――。
本来、穴を覗かれようが、初めてを散らされようが文句は言えません。

くまの恐ろしさを思えば、
すでに殺されていてもおかしくなかったのだ。

今、息をしているのが奇跡だと気づけば、
羞恥の汗は冷や汗に変わった。

一緒に食事をして、一緒に遊んで、一緒に寝て――。
それだけで気安くなったつもりでいたのか――。

ペットだから、それは当たり前のことなのに。

その女の子なら誰でも欲しがらずにはいられないだろう見た目も相まって、
勘違いしそうになる。

勘違いしたくなる。

メアリは今更ながら恐れを覚える。
裸に靴だけという恰好ながら、寒さでない要因で震えそうになる。
しかし、そこはぐっと堪えた。
何がこの恐るべき存在の勘気に触れるのか、わからないから。
そう、そのくらい、気を張っていなければならかなったのに。

羞恥の限界だった。

年頃の少女が穴を覗かれる羞恥心というものは、
目の前に厳然としてある死の存在を忘れてしまうくらい、
大変なものなのである。

少女はそっと息を吐く。そうして気を引き締め直す。

穴を覗かれるくらいなんだというのでしょう。
それはもちろん恥ずかしいです。
とてもとても恥ずかしいです。
死にたくなるくらい恥ずかしいです。
しかし慣れてしまえばどうということはないはずなのです。
そうして、幾人もの家政婦さんたちが乗り越えてきた道なのですから……。

そんなことを自分に言い聞かせながら、
メアリはシスター・アマリリスの無表情な顔を思い浮かべていた。
わたしもあんなふうに、完璧に無表情を装えたらよかったのに。
努力はしている。でも、それがメアリにはなかなかに難しかった。

それと同時に、森に来てから情緒が安定しない自分にも少女は気づいてる。
森に来てから、さっき朝食の後には、そのあまりのおいしさに感動し――、

もう、いつ死んでもいいです。

本気でそう思ったというのに。今は生き延びることを本気で願ってる。

いったいどちらが本音なのでしょう……。

いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。
速やかにご主人様のご機嫌をとらなければならない。
それにはもう穴を見せるしかない。

(もうわたしの穴を見せるしかありません)

少女がそう覚悟を決めた時――、

「うがー!」

しかし、くまのアクションの方が早かった。

「そもそも! 箒で掃除するとか古くない?」
と、くまが言い出した。
「箒を貸してくださいって言われたら、跨って空も飛べるはず! って、思うじゃない!?」
と、くまがわけのわからないことを言い出し始めた。

「…………」
突然のことに、少女の覚悟は霧消する。

怒涛の勢いでくまは次の行動に移る。
「ダイソン~」
なぜか間延びした感じで何事かを唱えた。

くまはアイテムボックスからダイソンを取り出して、
その変わらない吸引力を少女に見せつけた。

すわ、その棒状の何かで撲殺されるのかと身構えた少女もこれには驚いた。
自分が時間をかけて丁寧に集めていたゴミやホコリが――
一瞬でその棒状の物に――ダイソンに吸い込まれていくではないか。

「からの、ルンバ~もあるよ!」

くまはアイテムボックスからルンバを取り出した。
その円盤状の物は、自ら床を動き回り――、
ゴミをみるみる吸い込んでいくではないか。

「…………」

(はたして、わたしがこのご主人様の役に立つことなんてあるのでしょうか……)

そして、それにはやはり穴を見せるしかないのだと、
根は真面目な家出少女が、部屋に泊めてもらう代わりに、
その身を差し出すしかないと考えるがごとき発想に、
根は真面目なこの少女が至ったか至っていないかは、
もはやあなたのご想像にお任せするしかないのであった。

 

≪つづく≫

 

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