第12話 くまの日常。(1)

くまさんと出会った。
この記事は約17分で読めます。

<< 前の話 次の話 >> 目次

 

アリス・クーベルチュールはカプセルの中で目を開いた。

「………………」

そして激しく混乱した。

「…………は?」

全裸の美少女ペットって何? 裸ズックって何?
心のイチモツって? 1ワンダフルポイントってえええん――!

わー! わー! わー! わー!

いまの彼女の心象風景を端的に表現するならば、それは大草原だ。
流れる雲が、とてものどかな青空の下、無限に広がる緑の大地だ。

心の中のアリスはおもむろに両手で顔を覆う。
そして、その草原をどこまでも転がっていく。

わー! わー! わー! わー!

もしも世界に縁があるなら、そこまで行ってしまいたい。
そのまま転げ落ちて、消えてしまいたい。

あるいは少女の横たわる床がキングサイズのベッドならそれも可。
しかし彼女が身を預けているのはカプセルの台。すなわち不可だ。

「……僕の中におじさんがいるよ」

あえて声に出してみる。でも、まだ足りない。

「……僕の中にセクハラおじさんがいるよ」

そう正しくそれであった。
少女の心の中にセクハラおじさんはいるのだ。

……どういうことだ!?

大時化の大海原のごとく荒れ狂う少女の内心とは裏腹に。
その秀麗な容貌は変化を見せない。ジト目がキュートだ。

まるで人形のようだが、心は疑いようもなく荒れている。
荒れに荒れている。大荒れだ。
もはや神の如く荒ぶっている。

いままさに少女はその身に黒歴史を刻んだのだから――。

しかしいつまでもそんな逃避を続けている暇はなかった。
アリスはカプセルから出る。

思えば、記憶封印モードで始めたのが失敗だったな。
人格に影響する記憶を封印してプレイするモードだ。
文字通り現実の自分を一時忘れ、プレイの没入感を高める。
ゆえにプレイヤーの人格に変化があって何ら不思議はない。
そう、不思議はない。不思議はないのだ。

不思議はないんだけれども!

知られざる自身の内面を知らされるのインパクトでかい。
しかもそれがセクハラおじさんとなればなおさらのこと。

では、次回から記憶封印モードを封印してプレイを継続するか?
少女の中で答えは速やかに可決する。

すなわち否だ。

初期設定が気に入らなかった――。
だからといって、それを簡単に変えてしまうのは如何なものか?

容姿、性別、階級――。
生まれ持ったものは気に入らないからといって変えることはできない。

リアル志向で始めた遊戯。
なれば、リアル志向を貫きたい。
初志を貫徹したい。
たとえ幼気な少女の心に甚大なダメージを与え続けることになろうと。

それがゲーマー魂。

ごめんね、メアリ。
尊い、犠牲である。

リアルを忘れるために始めた遊戯のリアル志向の矛盾には気づかず。
幼い体が流れるように移動する。

白い少女である。作り物のように白い肌。
白い長い髪と、白い検査衣のような質素なワンピースの裾が揺れる。
ただ双の眼だけ吸い込まれるように黒い。

自室の一面に広がる大宇宙のパノラマを眺めて。
優雅にティーする時間はない。

そのまま自室から出る。と、

シュッ、と、自動ドアが音を立てて開いた瞬間――。
隣の部屋から同じ音とともにもう一人少女が現れる。

「あ、アリス、おはおは~」
「……おはようございます。ミシェル」

挨拶を交わす白い少女が二人。

違いがあるとすれば、ミシェルと呼ばれた方はショートボブだ。
それから挨拶の言葉とともに行われる妙な手振りが止まらない。

……止まらない。

「……なんです? その手は」
「おはおは音頭だよ~、私のワールドで、私が考案して、私が流行らせたんだよ~」

おはおは~、おはおは~、おはおは音頭だよ~。
ミシェル・イン・ワンダーワールド。
……幸せそうなワールドである。

ここでいつものアリスなら「ちょっとイタイな」とか思っただろう。
しかし――

いまのアリスに他人を哀れむ余裕はなかった。

……だって、僕の方がよっぽど痛いんだもの。

アリス・イン・セクハラワールドよりはマシ。
……うわー、まじへこむ。
この秘密は、墓まで持っていこうと思います。

「おはおは~……ん? アリス、なんだか浮かない顔してるね~」
「ミシェル、いますぐ僕を殺してくれませんか?」
「え、それって私に死ねっていうこと?」
「え、それってどういう……?」
「あなたを殺して私も死ぬ! みたいな。それを私にやれって言ってる? みたいな!」
「いいえ、そんなことは言ってませんけど」
「てか、なんでそんなこと言い出したの?」
「僕の中にセクハラおじさんがいるからです」
「わけわかんない~」
「このままでは僕の中のセクハラおじさんがどんどん大きくなっていくからです」
「いや、だからわけわかんない~」

ミシェルが困惑を表すように音頭の手振りを激しくした。
それも当然の反応だろう、とアリスは思う。
――いや、当然の反応だろうか?

ともあれ、二人の少女は並んで廊下を進む。
ほどなく、ブリッジに辿り着く。

「おはようございます。アリス・クーベルチュール、ミシェル・ロリポップ。私の天使たち。お休みのところ突然起こしてごめんなさいね」

ブリッジの中央部には、女性が一人立っていた。
長い金髪に、背が高く、体つきは驚くほど細い。
まるで喪服のような漆黒を、身にまとっている。
優し気な微笑を浮かべている。

「おはようございます。マザー」
「おはおは~。マザー」

バカ。アリスは心の中で隣の少女に毒突く。
偉大なる母に対して「おはおは~」はない。

「おはおは~。ミシェル・ロリポップ」
「おはおは~!」
「………………」

がしかし、母はそんなことは気にしない。
ミシェルの手振りまで真似て挨拶を返してくれる。
……羨ましくなんてない。
さすがは母である。偉大である。

「宇宙の国からおはようございます。ですか? 覚醒的、業界的、それから歌舞伎的でなかなかいいダンスですね」

おはようございます。
という挨拶が歌舞伎発祥だという説をアリスは知っていた。
が、この場であえて口にはしない。と、

「ええ!? マザー、宇宙の国からおはようございますって、その口ぶり、ひょ、ひょっとして、おはおは音頭には先駆者が?」

驚愕を声音に貼りつけてミシェルがマザーに聞いていた。

「ええ、たしか昔の歌手でハルオ・ナミじゃなかったかしら?」

それが間違いであることをアリスは知っていた。
正解は、ナミオ・ハルである。
しかし、あえてこの場で口にはしなかった。

――いや、それも正解じゃないんだけれど。

「そ、そんな……私のほかにも天才がいただなんて……」

ミシェルはガックリとうなだれた。

アリスは「馬鹿と天才は紙一重」という慣用句を思い浮かべた。
むろん、サヴァン症候群的な意味合いにおいてじゃなくて。

「落ち込まないでください、ミシェル・ロリポップ。何事も、新しいアイデアを思いついたとしても、さかのぼってみれば先達がいた、なんてことはよくあることです。オリジナルを生むことのなんと難しきことか、ですね」

そもそもオリジナルとはどこにあるのか。

なんだか哲学的な話に発展しそうなことをマザーが言い出した。
やれやれ。僕が軌道修正しなければ、とアリスは口を開く。

「敵襲ですよね? どれくらいぶりになりますか?」
「おそよ3億8387万5222秒ぶりくらいです」
「えっ、あと1日遅く来てくれたらよかったのに!」

マザーがさらりと教え、ミシェルがさらりと文句を言う。

「そうですね。真人類軍の方たちにも、貴女ぐらい遊び心があってもいいとは思います。ともあれ、迎撃に出てもらわなくてはなりません」

敵情が共有される。

総艦艇数、大小合わせおよそ20万。
2つの艦隊に分かれ、数はそれぞれ15万と5万。
少数の方は遊撃隊と考えられる。

「貴女たち二人にはそれぞれ別々の艦隊に向かってもらいます。敵が撤退するまで叩いてきてくださいね。アウゴ化はエーテル展開まで。独自の判断でアストラル段階までは許可します。イデアル段階はいかなる状況においても私の許可がないかぎり禁止です。いつも通り。いいですね?」

マザーがいつも通りの注意を述べた。

「敵の兵器は未だ金属なんですよね?」

アリスが聞いた。

「ええ、霊的兵器も魂的兵器も見当たりません」
「なら、楽勝だね!」

マザーが頷き、ミシェルが「余裕~、余裕~」と嘯く。

「じゃあ私、少ない方に行ってもいい?」

ミシェルがマザーとアリスの顔を交互に見る。
マザーが伺うようにアリスに目を向ける。

「僕は構いません」
「では、アリス・クーベルチュールが15万、ミシェル・ロリポップが5万。それぞれ対処してきてください」

そう言って、マザーがブリーフィングを締めくくった。

「ねえ、アリス。勝負しない?」

ポケットからキャンディを取り出して、咥えながらミシェルが言った。

アリスのゲーマー魂が、ぴくり。
――しそうになるが、マザーの手前それを表には出さない。
アリスはポケットからチョコレートの袋を取り出す。
何気ない様子で一つ口に放り込み、聞き返す。

「ふ、ふーん? 勝負? 勝負って勝負のことです? べ、別に興味はありませんけど、一応どんな勝負か聞かせてもらえます?」
「私とアリス、どっちが多く敵を倒せるか! 勝負!」

ビシッ。
口から引き抜いたキャンディを突きつけてくるミシェル。

アリスは考える。こやつ正気か?
アリスは15万の敵を、ミシェルは5万の敵を、それぞれ相手取る。
勝敗を撃破数のみで決めるなら、絶対数の多いアリスが断然有利だ。

……いや。

そう思った瞬間、アリスは考えを改める。
こちらの目的は、敵軍を撤退させること。
そのために、敵が退かざるを得ない損耗を与えること。
敵の指揮官がまともなら、30%の損耗を出す前に退却を決断するはずだ。

15万の30%、すなわち4万5000である。
対して5万の30%が1万5000。
鑑みるに、やはりアリスが有利に思える。

しかし、5万はおそらく遊撃隊――すなわち決死隊である可能性は高い。
本隊を逃がすため、最後の一兵まで戦うとなれば――。
すなわち、ミシェルには敵を殲滅するチャンスがある。

――となると。

アリス………獲得可能最高スコア予想:45000点
ミシェル……獲得可能最高スコア予想:50000点

……くっ!

思わず心中で呻くアリス。
きっとここまで計算して、ミシェルは少数を選んだに違いない!

「あ! でもアリスの方が敵の数多いから有利じゃんか!」

そんなわけなかった。

では、なぜ少数の方を選んだのか。敵が少ない方が楽だからである。
では、なぜ勝負を挑んできたのか。突発的に思いついたからである。

相変わらず愉快な性格であるが、それがなぜか物事を円滑に動かす。
彼女のそんなところを、アリスはちょっと羨ましく思う。

「僕の方はある程度数が減れば撤退するでしょうから、全滅させればミシェルの方が有利でしょう」
「あ、そっか!」

わざわざ教える必要もなかったが、ハンデくれとかごねられても困る。
フェアの精神、それだいじ。

「それで負けた方は勝った方におやつ配給券10枚でどう?」

おやつ配給券10枚だと!? おいしい。おやつだけに。
だがしかし――。(おやつだけに)

「…………」

ちらり。

アリスはマザーの方を窺ってみる。
マザーは変わらず、柔和な笑みをたたえている。

つまりセーフである。
賭け事にも等しい行いなので、あるいはダメか。
――とも思ったのだけれども。

セーフである!

であれば、残る問題は勝てるかどうか。
なにせ負ければ、おやつ配給券10枚を差し出さねばならないのだ。
勝てばおいしいが、負けるのはまずい。
そう、言うまでもなく、おやつだけに。

しかも計算では負け色が濃い――

と、そのとき。

そうじゃねえだろ! 少女の脳裏を言葉が過ぎる。

敗色濃い難敵にこそ全霊を以て臨む事!

「……そうですよね、会長」
「うん、ミシェル会長もそう思うよ!」

……いや、ミシェル会長の方には何も聞いてない。
――とはいえ、

「いいですよ。その勝負、受けて立ちます」
「よーし、ガンガンいこうぜ!」
「そんなにエレファントしないでください」
「ぱおーん!」

ミシェルが、腕でエレファントの鼻を模しながら意気込む。

「それでは、気をつけていってらっしゃい」
「「いってきます、マザー」」

マザーが優しく告げると、二人の少女の声は自然と揃った。
こうして出撃の時はやってきたのだった。

 

***

 

今度は舟を出るべく廊下を進む、その最中、

「私、この戦いが終わったら結婚するんだ」

ミシェルが唐突に言い出す。
――いや、何言い出すんだ、こいつ。
と、アリスは思う。

「私、この戦いが終わったらショタと結婚するんだ」

うん。ホントこいつ何言い出すんだ。

「ちょうど101人目の妻なんだ」

どうやらハーレムらしい。ミシェル・イン・ワンダーワールド。
まじワンダーワールド。
てか。

「いま僕の前でワンちゃんの話はやめてください!」

勢い込んで訴えるアリス。
心の中におじさんがいる少女の繊細な乙女心を抉らないで。

「えっ!? よくわかったね、私の101人目の妻が犬人族だってこと」

なんというニアミス。
どうやらファンタジーらしい。ミシェル・イン・ワンダーワールド。
ほんとワンダーワールド。

犬耳のショタっ子はそれはもうかわいらしいに違いない。
お姉さんたちはみんなそんなペットがほしいに違いない。

……心抉られるわー。

アリス・イン・セクハラワールドもハーレムがよかった。
……いや、この言い方だと語弊がある。

それにしても奇妙な世界だったな、アリス・イン・セクハラワールド。
巨木が立ち並ぶ巨大な森。
移動魔法を駆使して進んだが、どこまで行っても木々は切れなかった。
そこには殺すことも食べることもしない魔物たちが暮らしてる。

不朽のオープンワールドとはいえ、目的が不明すぎる。
異世界なんだから、下剋上とかそんなのプリーズ。
なのに国にさえ辿り着けないアリス・イン・セクハラワールド。

ワールドをランダム生成した弊害なのか?
いや、だいたいみんなランダム生成でしょ。

まあ、もう始めてしまったのだから。
いまさら文句を言っても仕方がない。

まず森を出るのを目的にするか――。
となれば、鍵はやっぱりあの少女だ。
勢いで全裸の美少女ペットにしてしまったけれど。
その選択はあながち間違いではなかったかも――。

「……まあいいです。それよりも勝負のこと忘れないでくださいね」

アリスはチョコを口の中に放り込んで言った。

「もちもち、負けないんだからね!」

ミシェルは勝利を予告するように、アリスの顔にキャンディを突きつけた。

そんなこんなのやりとりを経て、二人の少女が宇宙空間に飛び出す。

「ミシェル、いきまーす!」
「あ、それ、僕も言いたかったのに……アリス・クーベルチュール、出る!」

アウゴ化。のち霊速で敵勢力圏へ向かう。

……………………。

「……くっくっくっ」

途上、不意にアリスは声を漏らした。

「はーっ、はっはっはっは」

この勝負、確実に勝った。
心のうちで、ほくそ笑む。

奴は一つだけミスを犯した。
それはスコアに数えられる敵を『艦』のみと限定しなかったこと。
すなわち、艦、艦に搭載される小型艇、戦闘用兵器――
突き詰めれば乗艦する人員までスコアに加えられるということに。

それならば絶対数が多い方が明らかに有利。
15万の搭載数がまさか5万の搭載数に劣るはずがない!

あ~ら不思議、なんというマトリョーシカ。
中にはたくさんのお菓子が詰まってる。

フェアの精神? なにそれおいしいの?

アリスの脳裏から会長が遠ざかっていく気配を感じる。
だが、そんなの関係ない。
アリスの求める強さが会長の求めるそれと少し違った。
それだけのこと。
勝てない勝負はしない女、アリス・クーベルチュール。
それだけのこと。

「はーっ、はっはっはっは」

そんなわけで。
アリスは続々湧き出してくる敵兵器を次々落としていく。

その様子はまるでギャラクシー系のシューティングのよう――ではない。
あらゆる角度から見て、それは蠅叩きである。

真人類軍の有人戦闘兵器がおよそ20m。
アウゴ化したアリスはおよそ4000m。
サイズ比「1:200」
まさに人間と蠅ほどのサイズ差がある。

アウゴ化においては、その大きさをかなり自在に変えられる。
アリスは意図して人間と蠅ほどのサイズ差を生じさせていた。

理由は、エネルギーの節約だ。

シューティングよろしく体組織を分離し弾のごとく飛ばすことは可能。
――だが、それには多くエネルギーを消費する。
たとえば、髪の毛針みたいな。
それで消費した髪をまた生やすには、タンパク質が必要となる。
わかめのミネラルではなく、である。
みたいな。

なので、アリスは蠅叩きで敵機を落とす。
腕を振る、手に当たる、砕ける。
その繰り返し。

うほ、うほ、うほ、うほ、蠅叩き。
うほ、うほ、うほ、うほ、蠅叩き。

うほ、といえばゴリだ。いや、ゴリラだ。
ゴリラといえばダンク。いや、ドラミング。

ゴリラは胸を叩き、その音で他のオスに自分の体格を伝える。
それは、体格差を知らせることで、ムダな争いを避けるため。

『あ、この胸の高鳴り、ガタイでかい奴や……』

そうやって体格の小さい方のゴリラはすごすごと立ち去る。
そうやって争いは回避される。

意外と平和的な動物なのだ。

彼らも悟ってくれないかしら。アリスはそんなことを願う。
通常、アウゴ化したアリスを肉眼で捉えることはできない。
しかし敵機の反応を見るに何らかの手段で知覚はしている。

翼を振る、羽に当たる、敵機が砕け散る。
繰り返す。

しかしなぜ人型なのだろう? そんなことをアリスは思う。
まあ、手はまだ分かる。ビーム兵器とか撃ってきてる。
当然ノーダメージ。
アウゴ化したアリスの体を透過していく。

腕を振る、敵機を掴む、投擲する、敵艦が沈む。
繰り返す。

でも足は? ムダに当たり判定を広げているだけではないか。
キックでもしてみる?

脚を振る、足に当たる、敵機が砕ける。
繰り返す。

無重力空間において、水は球形になろうとする。
それが最もエネルギーの安定した状態だからだ。
すなわち、ボールこそが無重力下における最適な兵器ではないか。

その見解に、アリスは否と答えたい。
なぜなら、人型決戦兵器は人類の夢だから。

ビバ、汎用人型決戦兵器。
(但し、人造人間は除く)

繰り返す。
繰り返す。繰り返す。
繰り返す。繰り返す。繰り返す。
繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。
繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。
繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。

やがて敵が撤退していく。
損耗率はおよそ20%、つまり獲得艦スコアは約3万点。
まあ、そんなとこか。
とはいえ、小型兵器群を随分破壊したはずだ。
少なく見積もっても5万隻の搭載数は余裕で超えている。

勝った。

そんなアリスがノアに戻ると、

「おかえりなさい、アリス・クーベルチュール。ですが、またすぐに出てもらわなくてはなりません」

マザーが柔らかな微笑みを浮かべたまま告げた。

「ミシェル・ロリポップの反応がロストしました」

 

***

 

ノアの子供たち総出で探索が行われた。
が、結局ミシェルは見つからなかった。
そして反応ロストから72時間後――。

ミシェル・ロリポップのリストアが完了した。

カプセルの中で少女が目を開く。

「おはおは~、ミシェル」
「私以外にも天才がいただと!?」

その返し、間違いなくミシェル・ロリポップである。

「おはおは~、アリス」

吞気に手振りなど加えてミシェルが言う。

「君に言いたいことがあります。まず、これからの君の生涯において結婚することを禁じます」
「何いきなり、その娘を持つ父親の歪んだ愛情みたいな宣告は!?」
「それから、帰ってくるまでが戦争です」
「デスマーチ!?」

はあ。

アリスは深いため息を吐く。
一体何なのだろう、このもやもやした気持ちは。
もちろんこれが恋、ではない。

目の前にいるのはミシェルだ。

でも、ミシェルではないのだ。

リストアされた記憶データは出撃した日の、目覚める前のもの。
つまりはあの日、目覚めてからロストするまでの記憶――
それが、このミシェルにはない。

すなわち、あの勝負のことも……。
そうだ。そのせいだ。
それに腹を立てているのだ、僕は。

そもそもアリスはミシェルのことがそんなに好きではなかった。
好きじゃない、と「好き」という言葉で表すのもなんかイヤだ。

つまり、普通だ。

ミシェルはマザーに対して気安すぎるのだ。
偉大なる母には、もっと敬意を払うべきだ。
何が「おはおは~、マザー」だ!
僕だって言いたいわ、おはおは~、マザー。

そんなアリスの内心を知ってか知らずか――いや、知らずか。
ミシェルが小首をかしげてアリスを見る。
そしてポケットをごそごそとやる。

「はい、アリス。これ、あげる」

ポケットから出てきたのは、おやつ配給券。
でも、それはおかしい。むろん、おやつだけに、ではない。
なぜなら、このミシェルは勝負のことを知らないはずなのだから――。

「……何です、これは?」
「お礼だよ」
「お礼?」
「だってアリス、私が目を覚ますまでずっとそばにいてくれたんでしょ?」
「…………」

アリスはミシェルの目をじとっと見つめる。

……君のそういうとこが普通なんだよ。

もう一度ため息を吐き出す。
そして真実を伝える。

「勘違いしないでください。それ、僕の正当な報酬なんですからねっ」

 

***

 

後日――。

「この配給券をクーベルチュールチョコレートと交換してください」
『あなたはミシェル・ロリポップではないためこの配給券を使用できません』
「…………」
『繰り返します。あなたはミシェル・ロリポップではないためこの配給券を使用できません』
「…………」
『繰り返します――』

アリスは、配給券に所有者データが登録されていることを初めて知った。
だからミシェルが勝負を持ち出したときマザーは何も言わなかったのだ。

さすがマザー。偉大である。

 

≪つづく≫

 

<< 前の話 次の話 >> 目次

コメント

タイトルとURLをコピーしました