第7話 あるあの穴を巡る少女とくまの心理戦。

くまさんと出会った。
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「いやあ、想定外に楽しい会話が続いてしまったね。さて、それじゃあ気を取り直して。さあメアリ、僕を抱いて!」

少女の裸ズック笑顔にテンション上がりすぎたくま。
そんなご主人様の、怒涛の言の葉の嵐に翻弄されたメアリ。
言の一葉一葉は、少女の心をときに撫で、ときに打った。
その余韻がメアリの反応をわずかに遅らせたようだ。

「……あ! は、はいっ!」

はじかれたように、慌ててメアリは動き出す。
地面に置きっぱなしにしていた背負い袋にしゃがみ込む。
そのまま袋を背負うかと思いきや。

やはり、その、一応。
万が一、その可能性が絶対にない、とは言い切れない。

(また服を着られるようになるかもしれない、という一縷の望みを、わたしには捨て切ることができません)

少女にとっての希望。それは意外とすぐ近くに落ちている。
自らすすんで脱ぎ捨てた、ボロの灰色のワンピース。
メアリはそれをそっと拾う。
丁寧にたたんで袋の中にしまう。

「うーん、しゃがみ込んだときに近接する、クツとケツのコントラストが、またなんともいえず、いい……」

くまは白磁の器とそれを乗せる棚の美観的バランスを品評するかのように。
少女のクツとその上に乗る白磁の尻の艶美的眺めを堪能していた。

くまに背を向ける格好で背負い袋の中に服をしまい終えたメアリ。
当然赤面し、あまりの羞恥に首までもまっ赤に染めて、

(もう、だめかもしれません)

さきほどまでたしかに手にしていた希望を手放す心地になっていた。

けれど、いつまでもくよくよしてはいられない。
ペットの少女はご主人様を待たせている。
それが勘気に触れぬともかぎらない。

メアリは袋を背負うと立ち上がる。
くるりと回って、

「おまたせしました」
「ああ、僕のクツとケツのコントラストが……。もっと、もっとゆっくりでもよかったのに」

くまが名残惜しげにそんなことを言う。と、

(わたしはペット。わたしのすべてはご主人様のもの。だから、わたしのクツもお尻も、もうご主人様のもの。だけど、心はまだわたしのものです)

メアリはそうはさせじと、くまに向かい合う。
これ以上は、恥ずかしさで死んでしまう。

「……おや? おやおや?」

と、そこでくまが何かに気づく。

「裸リュックって、新しくない?」
「ふぇぇ」

ついに少女の羞恥ゲージがリミットをバーストした。
肩まで赤くしたメアリの口からは、情けない声が漏れてしまった。

「はい! ふぇぇ、いただきました!」
「あんまり恥ずかしくて、わたしもう死にそうです!」
「大丈夫! 人類の歴史上、美味しすぎて死んだ人がいないように、恥ずかしすぎて死んだ人もまたいないから!」
「ふぇぇ、美味しすぎて食べすぎで死ぬみたいに、恥ずかしすぎて過呼吸で死ぬ人がいないとは言い切れないんじゃないですか?」
「え、そなの? 人って、美味死とか、恥ずか死する生き物なの?」
「わたしは恥ずか死する生き物です!」

くまのつぶらな瞳とメアリの涙目がしばし見つめ合う。

「大丈夫!」
「ふぇぇ?」
「もしもメアリが恥ずか死したら、僕が復活魔法で生き返らせてあげるから!」
「そんなことできるわけないじゃないですか! 仮にできたとして、ご主人様はそれで何度もわたしを恥ずか死させるつもりなんですか?」
「……こんな僕を許してくれ、メアリ」
「ふぇぇ、肯定的に言わないでください! 罪な男みたく言わないでください!」

そして、過呼吸ならぬ深呼吸を繰り返すメアリ。
彼女が落ち着きを取り戻すのには、少しだけ時間を要した。

ちなみに、メアリが落ち着くまでにくまが検索したところ。
過呼吸で恥ずか死することはない。
しかし、食べすぎで美味死した人は人類の歴史上存在する。

「……へぇ、気をつけないとね」
「すみません、少し、取り乱してしまいました」
「いいっていいって。ふぇぇ、かわいかったし」
「……もう言わないでください」

メアリは頬をぽっと染める。

「おっと、いかんいかん。またメアリちゃんの羞恥ゲージがリミットブレイクする前に、今度こそホームに帰らなければ。さあメアリ、僕を抱いて。つぎこそは三度目の正直!」
「はい」

くるりと背を向けたくまのぬいぐるみを、メアリはそっと手に取った。
きゅっと胸のところに押し当てるようにして抱く。

ついに、くまのぬいぐるみを抱く少女の画がここに完成した。
しかも、森という大自然を象徴する屋外で。
さらに、裸ズック&リュック&ぬいぐるみというニッチ装備。
はたしてどれだけの人間が。
この奇跡の光景を目の当たりにしたことがあるだろうか。
いま、そんな光景の一部と化しているくま。
この景色を見せてやれないのが残念でならない。
大変マニアック、もとい貴重な光景だった。

「…………」
「胸がなくてごめんなさい」
「いや、何も言ってないし! てか、謝らないでよね!」
「そのやさしさが微かな胸に痛いです」
「さっきから思ってたんだけどさ、君ってかなりな自虐キャラだったんだね。それにしてもヘンだなぁ、僕はロリもジュクもイける紳士なはずなんだけど……」
「真のロリコンとは、少女を立派なレイディとみなし、決して子どもだから愛するわけではないって、とあるお金持ちの幼児性愛者が言ってたと、孤児院の子が言っていましたよ」
「それ、興味深い話だね。僕は真実のロリは二次元の中にしか住んでいないと思ってるからね。リアルにかわいくて、ほどよくエロい体してる少女なんて、現実には存在しない。ロリは幻想の中の生き物、それゆえに尊いって考えに賛同するよ。だから真のロリコンは絶対に現実世界で犯罪なんか犯さないのさ」
「……ご主人様がわたしを見て、ご主人様の心の中のイチモツが反応しないのは、ひょっとしたらそれが原因なんじゃないですか? 現実の少女であるわたしに、ご主人様の言うところの真のロリコンであらせられるご主人様が欲情しないのは、自然なことなのでは?」
「いやいや、だからこそ、不自然なのさ。君、自分では知らないだろうけど、リアルにかわいくて、ほどよくエロい体してる少女なんだからね。エロい体つきっていうのは、なにも胸が大きければいいってもんじゃない。神の造詣がごときバランスと、艶を感じさせる質感ある塗りといろいろと……とにかく、もう少し自分のエロさを自覚したほうがいいんだからね? ――っとと、三度目の正直のはずが、二度あることは三度あるになりつつあるね。まずいまずい。よし。それじゃあ、いくよ。れっつ、ごーいんぐ、まい、ほーむ!」

メアリに抱かれたままのくまがコンソールを操作する。と、

くまのぬいぐるみを抱いた裸の少女は立っていた。
くまのマイホームがあるという場所に。

それはまさに、メアリがこの森にくるときに体感したのと同じ現象。
瞬間移動。

そこは森の中にある湖のほとりであった。
本当に遠く対岸の緑が見えることで、その湖がいかに広漠かがわかる。
湖面はまるで鏡のごとく、空の青と雲を映して、さざ波ひとつない。
そのまま足を踏み出して、どこまでも歩いて行けそうな気さえする。

「さあ、後ろだよ」

くまに促されて振り返れば、そこには一本の巨樹がそびえる。
そして、その巨樹の根元から、まるで巨大キノコが生え出したかのように。
一軒の家が建っていた。

くまを抱いたまま、メアリは階段を上って、玄関ドアの前に立つ。と、
これから木そのものの中にに入っていく――
そんな一種不思議な心持ちがした。

「ようこそ、マイホームへ」
「おじゃまします」

扉を開けるとまず、大きな木製のテーブルが目に飛び込んできた。
そこはダイニングのような空間が広がっている。
奥には二階へ続く階段、左手の壁には窓、右手には別の扉がある。
天井のランプは消えていたが、家の中も森の中同様に明るい。
やはり昼間のここの空気は本当に光を帯びているのかもしれない。

「さて、まずは好きなところに座って」
メアリの腕の中からくまが言った。

メアリはテーブルのあたりを確認する。
テーブルは長方形。
長辺に二脚ずつ、短辺に一脚ずつ、計六脚の椅子が備わっていた。

メアリは瞬時に判断する。と、玄関から近いほうのテーブルの短辺へ進む。
片手でくまを抱きかかえながら、もう片方の手で椅子を引く。
そして片手で器用に、座面を自分の正面に向けた。
そこへくまをちょこんと座らせて、自らはその前の床に正座した。

「……君ぃ、やっぱり慣れてるねぇ、本当に本当に初めてなの?」
ニヤニヤといった感じでくまが言う。
「処女です。処女ペットです」
メアリはきっぱりと断言する。もちろん頬は染まっている。
「いやいや、この罠にかからないとは、大したものだよね。だいたいの人は、好きなところに座って、と言われたら、椅子に座ろうとするだろうからね。ペットの君がもし椅子に座ったら、いったいどんなおしおきをしてやろうかとワクワクしてたのに」

やっぱり。

ペットたる少女は、この罠の存在を瞬時に、ほぼ完璧に予見していた。
どころか。
それ以上のことさえも想定していた。

さきほどの森の中での会話において。

『やっぱりペットはメス犬にかぎる』

と、くまは言った。

つまりご主人様は犬派、犬に座れといえば「おすわり」。

そして、想像してほしい。
裸の少女がまさに犬のように「おすわり」する痴態を。

犬の体でやるのであれば、おすわりも愛らしい姿態となるだろう。
が、それをひとたび人間の体でやろうものなら。
言わずもがなのことであろうが、あえて言おう。

それは人が用を足すときの姿に似ている。

まあ、犬でもそうなのだけれども。
犬と人とではわけが違う。

それを思い浮かべた瞬間、少女は思った。

(そんな恥辱を受けたら絶対に死にます。たとえお医者様が人間は恥ずか死しないといっていても、わたしは死にます。人類史上初の恥ずか死した人間になります。そしてそれもまた恥ずかしすぎます)

もし、ご主人様の企みに、メアリにおすわりさせることが含まれていれば。
それをしなかったことで不興を被り、命を落としていたかもしれない。

おすわりをすれば当然、恥ずか死。
おすわりを回避してご主人様の魔法に焼かれても、死または溺死。

ならば。

おすわりを回避し正座に逃げ、それを気づかれていない可能性に賭ける。

それだけの覚悟を持って、ぎりぎりの瀬戸際で、彼女は正座を選択した。
だからこそ、メアリは心の中で盛大に安堵の息を吐く。
ご主人様の計略が自分の想定内におさまっていたことに、ほっとする。

と、

「うーむ、それにしても、少女の裸正座もじつにいい。ちょっと君ぃ、そのまま土下座して見せてはくれないかね?」

くまが言う。

メアリは躊躇なくそれに応えようとする。
すみやかに両手を膝の前に揃えようとした、そのとき。

少女の体がぴたりと止まる。
彼女の中の何かが、流れのままに動く体を無理矢理に抑え込んだように。
固まったまま動かなくなる。

「ん? どうしたのかね、メアリ君。はやく僕に、君の土下座を見せてくれないかな?」

憎い相手に倍返しの土下座を求めるのとは、また違った執念深さで。
くまは少女に土下座を求める。

(……いったい土下座に何があるというのでしょうか。おすわりに比べたら、土下座がいったい何だというのでしょう? むしろ、体の前面を隠せるぶん、羞恥度は低いのではないでしょうか)

メアリが自分に言い聞かせるように。
土下座しようと意識的に、再び体に力を込めようとした、刹那。

ぶわっ!

全身の毛穴が開いたような感覚。

(……完全に油断していました)

体中に玉の汗が吹き出る。

いまにも土下座しようとする少女の体。
それを押し止めた何か。

それは少女の中に眠る女としての矜持、ではない。
少女の少女たる所以となるもの。
それがなければ、たとえ体は少女でも、心は少女とは認められない。

それはどんな少女でも持つ、年頃の女の子らしい、恥じらい。
もしくは人間らしい恥じらいと言い換えてもいいのかもしれない。
男も女も、老いも若きも、関係ない。
そう、人間としての究極の羞恥。

(どうしていままで気づけなかったのでしょう?)

クツとケツのコントラスト。

伏線はすでに張られていたというのに。

それは。それだけは回避せねばと、少女が動く。
そっと。ご主人様に向けて伏せられそうになっていた顔を上げる。

「……ご主人様、土下座をするに際して、ひとつだけ、どうしても聞いていただきたいお願いがあります」
「うん? どうしても聞いてもらいたいお願い? それは何かね? メアリ君」
「私が土下座したあと、決して、私の後ろには回らないと約束してください」

メアリは婉曲的に言う。

わたしのお尻を、その奥を見ないでください。

と。

それを受けてくまは、

「はーっはっはっはっはっはっはっはっは」

ギザギザの歯を見せて哄笑した。

「ようやく気づいたようだね! なぜ僕が君におすわりを要求しなかったのか、その真意に!」

してやったぜ! と、くまが自身の真の狙いを明かす。
立てる中指がないのがもの足りない感じである。

「そうさ、君が自発的におすわりできないであろうことは、僕にはわかっていた。そして、正座に逃げるであろうことも。君は基本的にはまじめな性格、飼い主の前で女の子座りという一見、目上の人に失礼になるような座り方は絶対にしないだろう、と踏んだ。この場合、礼儀に適う座り方となれば正座しかない。そして、正座から繰り出される礼儀といえば、そう土下座! 主人がペットに気まぐれに求めるのに、これほどおあつらえ向きの所作もない! 犬に『伏せ』を命じるように、ね! もちろん気位の高い者であれば、屈辱と感じ拒否するだろうね。しかし、自虐キャラの君にそれほどの矜持があるとも思えない。孤児という生い立ちもそう仮定する一助となる。つまり君は必ず土下座をする。だが、そうなるとひとつ、いまの君では不都合なことがある。それは裸であること! そう! 服を着ていれば、君は何のためらいもなく土下座を敢行しただろう。が、君はいま裸! 裸ズック&リュックなルック! 裸で土下座すれば言うまでもなくお尻は丸見え! しかも肉付きの薄い少女のお尻だ! 当然の帰結としてアナルも丸見えとなる! あとは簡単、僕は君が土下座した瞬間、君の後ろに回り込み、君のアナルをじっくりと堪能する! そのために! わざわざ、『ご主人様から好きなところに座って、とペットの少女が言われたら、椅子に座ってしまうのかをモニタリング』を仕組んだんだからね。君の賢さがあれば、その狙いには気づくはず。そして、ひとつの罠を回避したことで油断した君は、裸で土下座することによるアナルへの危機感を見落とし、僕に尻の穴を見せるはめになる! はっはー! どーだね、この完璧な策略! 諸葛☆くまと呼んでくれてもいいよ!」

くまが一気にまくし立てた。そしてさらに続ける。

「しかしメアリ。君はすんでのところで僕の目論見を看破した。それは少女が少女であるための羞恥心、危機回避能力を、僕が計算に入れていなかったことが、大きかったように思われる。とはいえ、見事というほかない! 褒めてつかわす! 君の慧眼に敬意を表し、今回のアナル観賞は残念だが中止とする!」

「ありがとうございます」

今度こそ、メアリは両手を膝の前につき、深々と頭を下げた。

少女は思う。

(わたしは図に乗っていました。ご主人様を出し抜いたと思い、その深い考えに、すぐに気づくことができませんでした。恥ずかしいです。こんなときにこんなことは、本当は本当に考えたくありませんが、穴があったら入りたい気分です)

尻には穴がある。

上には上がいる。

とくに自分のような。ただの最低辺な孤児の女の子には。

上には上がいるどころか、上だらけである。

少女はそのことを知る。ひとつ学んだような気持ちになる。

しかし少女はこうも思う。

(そんな大切なこと、こんなかたちで知りたくありませんでした)

とはいえ、彼女はどこまでもまじめな少女であった。

 

≪つづく≫

 

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