第6話 奪われた仔を檻の中で探す、乳牛の慟哭を聞くような話。

くまさんと出会った。
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少女の裸ズックに思わずズキューンした、くま。
しばらくビクンビクンしたのち、はっと気づく。

「笑うとかわいいよ」
こんなときにはもちろん、このセリフを言わねばならない。

そんなご主人様のおかげで。

普段の冷静さを取り戻しつつあるメアリは、
「それは、笑わないとブス、という意味なのでしょうか?」
聞かざるをえない。

「いやいやいやいや。たしかに、そういうふうに捉えられなくもないけれど、それはひねくれたものの見方ってやつだよ。もしくは自分に自信がない喪女のネガティブ発言さ。これは、なかなかすなおになれない少年の、すなおな気持ちが込められたセリフだよ。大丈夫! 自信を持って! 生きろ、そなたは美しい!」

くまは力強くあのセリフのよさを説明した。
そして少女はもうひとつの言葉に不思議と心惹かれていた。

「てか、ヤバい。裸ズックすっごくヤバい!」
くまはとっても興奮している。
「これ、やっぱりあるんじゃない? もうこの世に存在してる既存フェチなんじゃない? 新しいこと思いついたと思っても、調べてみたらもうあったとか、世の中だいたいそんな感じじゃんね? ちょっと検索してみよっと――」
丸っこい手を上下左右に動かして、コンソールを操作する。

「…………」

くまの大興奮ぶりに、メアリはもはや何も言うことはない。
ただ、くまの不審な挙動を、神妙な面持ちで観察している。

「――うそ!? 裸ズックって検索ワード、ぜんぜんヒットしてこないんだけど。え、え? ということはつまり、人類はいままで裸ズックを知らずにきたってこと? そんなことありえるの? ……あ、ついでに検索した裸ガントレットは少しだけどヒットする、クレマン……? 残念。……お、裸鉄仮面はなさげかも! いやいや、まだまだあるんじゃないの、フェチ界のフロンティア。僕のような開拓者が現れたことは、停滞するフェチ界にとって明るい知らせとなるかもしれないね!」

うんうん。と、くまはひとり、フェチ界の明るい未来を夢想する。

――ちなみに、最近注目のフェチといえば、そうマスクフェチである。
人はマスクを着けると、普段の何割か増しで可愛く見えたり、
カッコよく見えたりするあるあるである。

別名、マスク美人、マスクイケメン、あるいはマスクブス、
マスクマジック。

この現象が最初に注目されたのはスキーブームの時ではなかろうか。
すなわち、ゲレンデマジックというやつだ。

人は、意義や関連性のない物事を目にしてさえも、
そこに無意識で関連性を見出し、
脳内でイメージを補完する。

これを心理学用語ではパレイドリアという。

例えば、白い雲の形から動物や食べ物を思い浮かべたり、
月の模様に兎の餅つきを見たりするそれそれぇである。

この現象の延長線上にイメージの理想化があるだろう。

つまりウェアやネックウォーマー、あるいはゴーグルなどで
顔の一部が隠されると、その隠された部分を無意識のうちに
理想化してイメージ補完するのだ。

これによって人の顔は美化され、マジックが発動!

マスクフェチもこれに通じる形で顕在化したものと考えられる。

そも、マスクフェチはニッチな層には以前から認知されていた。
それがSNSの多様化によって、素人さんが動画配信を行う際の
身バレを防ぐ手段として広まっていった。

そして、あの感染症対策により一躍脚光を浴びたものと思われる。

とはいえ、未だマスクに興奮する人の存在を疑問視する向きもあるだろう。
だがしかしあえて言おう。

マスクが人間の性意識に与える影響とは確固としたものである!

――と。

なぜなら人間は物を自分の体の延長物として感じる性質を持っている。

もはやスマホは体の一部、
エクステとかピアスとかオシャレとして楽しんでる、
それである。

ガガマスク、デコノマスク、そうそれそれぇである。

人は隠されたものには興味深々なのです――
見えない部分への興味や想像と性的意識が結びつき、
人は興奮するのです。

『ひょっとして、あのマスクの奥ではディルドを喉奥まで咥えたまま散歩をしているんじゃなかろうか……』

はいそれまさしく、イラマスク!

『マスクの下で舌をペロペロ動かしているんじゃないかしら……』

はいそれ要するに、フェラマスク!

……そう、古くは衣服や下着も人類の歴史の過程で
体の延長として取り込まれた物の一つ――

そこから生まれたフェチの代表がそうです、パンチラ!
ですよね!

――うんうん、よく考えたら、パンはチラでも興奮できるのに、
マスクなんてモロやないか!?

「ふむぅ、そうなってくると、古来中国では布で縛った小さな足が愛でられていたわけでもあるし……少女の裸ズックがここから一気にメジャーフェチに躍り出てもなんら不思議じゃないよね!」

そんな何やらいやらしげな夢を見て恍惚としているご主人様に。
話しかけるのは結構ためらわれたのだけれど。

「あの、ご主人様?」
「うん? なんだい、メアリ君。ひょっとして、君も何か新しい有益なフェチを思いついたのかな? このフェチ界のホープのように」

メアリは勇気を出して尋ねてみた。

「ご主人様がよくやっている、その手の動きはなんですか?」
「手の動き?」
くまはかわいらしいお手手をふりふりしてみせてから気づく。
「あ、君たちにはコンソールが見えないんだったっけ? これはコンソール――操作卓っていったほうがわかりやすいかな? を操作しているんだよ。これを使って、魔法やスキルを使ったり、所持アイテムを取り出したり、いろんな情報を確認したり、知らないことやわからないことを検索したりできるの」
と言いながら、クマはコンソールをスワイプしてみせた。

しかしながら、やはりメアリの目に操作卓らしきものは映らない。
とはいえ、ご主人様であるくまがそう言うのだ。
実際、魔法もアイテムも、くまの言うとおりに現出している。
きっとそういうことなのだ、とメアリはそのことを飲み込んだ。

「さて。じゃあ、いつまでも立ち話じゃなんだから、一度ホームに帰ろうか」
「……ホーム、ですか? ご主人様のお家があるんですか?」
「おー、いえす。いざ、ごーいんぐ、まい、ほーむ!」

くまはそう言うと、メアリにくるりと背中を向けた。
そして、愛らしく、短い両腕を横に広げる。と、

「さあメアリ! 僕を抱いて!」
「え。それはつまり、私をめちゃくちゃにして、ということでよろしいでしょうか。いいえ、よろしくありません。そんな。いきなり困ります。ここ、お外なんですよ?」
ご主人様の突然の命令に、メアリは的確に対応した。
「いいの! 今日はお外でしたい気分なの! もう我慢できない! バックからきて! 激しく突いて! あん、あーん! ――って、ちがーう!」
早くも、ご主人様のツボを押さえつつある少女のボケ。
それに、くまはノリツッコミを繰り出す。
そして、くつくつと笑い声を立てながらくるり、再び少女と向かい合う。
「――って、表情は平静そのものって顔してるけど、そんな耳までまっ赤になるくらいなら、言わなきゃいいのに」

自分で言ったエロジョーク。それがため。
じつはメアリの顔は耳まで赤く染まっていた。

幼児性愛者御用達、売春の巣窟である孤児院育ち。下ネタには耐性がある。
とはいえ、メアリにも歳相応の少女らしい恥じらいというものがある。
セリフを読み上げるように冷静に言うので、言葉だけではわかりにくい。
けれども、その平静そうな顔を見れば一目瞭然の、紅。
エロジョークを唱えるたびに少女の受ける羞恥的ダメージは甚大である。
それでも。恥を忍んでまでも。下ネタに走る理由はたったひとつ。

「ご主人様に気に入ってもらおうと必死なんです」

得体の知れない、恐ろしい存在。
それがメアリが受けた、くまの第一印象。
その印象はいまでも基本的には変わっていない。
もちろん、これまでのやりとりから。
まったくの悪いヒトではない。
との感触は得ている。
が、子どもらしい人格は、無邪気で人懐っこい。
その反面、横暴さや残虐性を持ち合わせているようにも思えた。
たとえば物語に登場する暴虐の王といえば、だいたいそんな感じ。
自分の気に入らないことがあれば、平気で他者を蹂躙できる。
今日までは大切な宝物であったとしても。明日にはゴミへと変わっている。
そんなことが決してないとは言い切れないだろう。警戒は怠れない。
しかしその一方で。ご主人様に気を許し始めている自分もいる。

くまの言う、二律背反する想い、ではないが。

(セクハラ三昧されているとはいえ、こんなによくしてもらってまで、まだこんなふうに考えてしまうわたしは、性悪なのでしょうね)

自嘲的な気分になった。
とてもお話に出てくる聖女のような女の子にはなれない。
同じ孤児院で唯一仲の良かったソフィア。
彼女がまさにそんな感じの少女だったのだけれど。
そのようになりたいと何度も思い、真似してきたのだけれど。
なかなか、そううまくはいかない。

(気は抜けません)

とはいえ。
こうしたやりとりを楽しみ始めている自分も確かにいて。

(ますます気が抜けません)

内心、メアリが気を引き締め直していると、

「それ、1ワンダフルポイント!」
くまなのにわんわん言い出した、くま。

「そういうのきらいじゃないよ。なかなか殊勝な心がけだね。ペットはゴロゴロ寝てるだけでも、まあかわいいけど、それだけだと飽きちゃうからね。ご主人様のためにけなげに尽くしてくれるペットのほうが、やっぱり愛着わくよね。忠犬みたいにさ。う~ん、やっぱりペットはメス犬にかぎる。猫に奉仕するのが至上の喜び、とか言っちゃう猫派の飼い主たちは、やっぱりドMの集まりだよね」
猫派を敵に回すようなことを平気でのたまう。

もし、猫派の人がここにいたら。
ふん、たしかに猫派はドMかもしれない。けれどIQは犬派よりも高い!
と反論することだろう。たぶん。

「そうだ、10ワンダフルポイントたまったら、好きなお願いをひとつ叶えてあげるよ。さっきの裸ズック笑顔にはズキューンしたからね、2ワンダフルポイントあげちゃう。合計3ワンダフルポイントね」
「え? あ。ありがとうございます?」
「ちなみに、ワンダフルポイントは、犬の鳴き声の『ワン』とすばらしいという意味の『ワンダフル』がかかっているからね! 減点もあるから注意してね」
言わずもがなの説明を加えてしまった、くま。

相当テンション上がってる。
あとでベッドの上でゴロゴロ悶え苦しまないことを祈る。

しかしそれほどまでに。
いま目の前にある、少女の裸ズックとはいいものなのである。

「はい」
メアリはくまの勢いにのまれるかたちで頷いて応えた。

思いがけず、条件付きながらも。
ご褒美を提示されてしまった。

しかも。好きなお願いをひとつ叶えてあげる。
まるで物語の中のランプの精のような。あるいは悪魔のささやきのような。
破格の大盤振る舞いである。

しかも。この世のものとは思えない、おいしい食事をポンと出したり。
いろんな魔法を使えそうな雰囲気だったり。
ただの思わせぶりなハッタリとも思えない。

しかも。すでに3ワンダフルポイント、図らずも入手してしまった。
意外と簡単に、ひとつお願いを叶えてもらえるのかもしれない。

「ふっふっふー。いま、意外と簡単に10ワンダフルポイントたまるかもー、とか思った?」
「え」

メアリはちょうど考えていたことを言い当てられてドキリとした。

「だったら甘いね。ヒトはどんな快楽にも慣れていく生き物さ。そして、もっと、もっと、と、その欲望には際限がない。つまり、僕がズキューンする水準は、君が1ワンダフルポイント得るたびにどんどんどんどん上がっていく。ワンダフルポイントをためればためるほど、つぎのワンダフルポイントは得にくくなるという寸法さ。はたして君は処女のまま、無事10ワンダフルポイントためることができるかな?」

ニマニマ。

というオノマトペがぴったりな空気を醸しながら、くまが言う。

やっぱり。悪魔のささやきだった。

(ご主人様にはリアルなイチモツはついていません)

メアリはなるべくご主人様の股間を意識しないように注意しつつ。
冷静にイチモツのことを計算に入れる。

(だから10ワンダフルポイントためられたとしても、ためられなかったとしても――)

少女の処女は守られそうな気がする?

(そんなわけありません)

少女は心の中で断言する。なぜなら。

処女を散らす手段はなにもイチモツばかりとはかぎらない。
処女に挿入できるものは他にもいろいろとあるだろう。

(野菜とか、おもちゃとか、ほうきの柄の部分だとか……)

本当に、いろいろとある。
孤児院育ちの少女は耳年増にいろんなことを知っているのだ。

お願い、初めてだから、やさしくして?
そんなのは普通の処女の幻想だ。
孤児の処女は普通の処女の夢を見ない。

(油断はできません)

メアリが再び気を引き締め直していると、

「フッフッフ。どうやら理解したたようだね。魅力的なご褒美をエサに、まるでメス牛のおっぱいを搾り尽くすかのごとく、家畜から搾れるだけ搾ろうという、このワンダフルポイント・システムの恐ろしさを!」

他人の思考がわかっているのか、いないのか。
それが、わからないようなことをくまが言う。

「ちなみに、おっぱいを搾り尽くされたメス牛は屠殺され、売られていく。産まれた仔牛はお母さんのおっぱいを飲むことなく、栄養ドリンクで育つ。どうだい、お母さん牛が何度も何度も繰り返し繰り返し、産んだ仔を探して檻の中で必死に泣き続ける声が聞こえてくるような恐怖だろう!」

そう語るくまの口調はまるで悪そのものだった。

「…………」

メアリも想像して、微かな胸の奥にある心を痛めていた。

「でも、ありがたいお話ですが、叶えてもらいたいお願いなんて、わたしにはひとつもありません」

ふと、メアリは呟くように、くまに言う。

十二歳の子どもが森でひとり、生きていけるはずがなかった。
もともと死ぬ覚悟で森にきたのだ。
いまだって、くまの気分次第でいつ殺されてもおかしくない。
いまこうして息をしていられるだけでも満足すべきであって。
これ以上望むものなんて思いつかない。

「ふっ。もう10ワンダフルポイントとった気でいるのかな。この売女さんめ。それとも、この悪魔のシステムの恐るべきしくみを理解して怖気づいたのかな」
そんな少女に、くまは揶揄するように返す。そして、
「いずれにせよ、心配は無用だよ」
自信満々に言い放つ。

「さっきも言ったように、人間の欲望には際限がない。もしも、さっきのベヒモスバーガーの包み紙を百枚あげると言われたら、君、どう思うかね?」
「……それは、欲しい、かもしれません」
「そうだろう、そうだろう。さらに僕が、詩集だったり物語の本だったりを持っていたとする。君が読んだことのない感動的でおもしろいものばかりだ。それを君に進呈しよう、さあ、どうする?」
「! 欲しいです!」
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」

くまはついに勝ち誇ったような、演出過剰ぎみな笑い声を上げた。

「そういうことさ。このあさましいメスガキめ!」

そして心の中のイチモツをムクムクさせながら。
持ち前のS心を発露させた。

こうして、十二歳の少女は己のあさましさを思い知る。
とっさにシスター・アマリリスのような無表情を装ったのだけれど。

「…………」

心の中ではけっこう本気で落ち込んだ。

ときに餌を与え、慈愛らしきものを示し。
しかして、些細な言葉弄びで無垢な心を嬲り楽しむ。

くま…おそろしい子!

であった。

 

≪つづく≫

 

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