第3話 ベヒモスバーガーを食べた少女の涙は止まらなかった。

くまさんと出会った。
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「あなたはぬいぐるみを見て欲情しますか?」
「ぬいぐるみを見て欲情なんかするか! 僕はヘンタイか!」

(タイヘンなヘンタイです)
とは、ペットの身である少女には言えなかった。

覚悟を決めたメアリが殺されることはなかった。
話はまだ続いている。

「いえ、同じ――種族? ならどうなのかな、と思いまして」
「姿形はぬいぐるみだけど、僕は人間だよ」

(どういうことなのでしょう?)
メアリは思考を巡らせてみる。

中の人がいる?
それでは中の人は小人である。

遠隔で操っている?
可能性は高いように思える。

じつは王子様が悪い魔女に魔法でぬいぐるみに変えられている?
夢を見すぎている。

(聞いてみたいですけれど、聞いても大丈夫なのでしょうか……)
今度こそ言動にはできうるかぎり注意しなければ、命が危うい。

「そういえば、お互い名前も名乗っていなかったね」

躊躇しているうち、クマのぬいぐるみのほうが話題を替えてしまった。

「僕の名前はダイナマイト☆くま」
「ダイナマイト・ホシ・クマ……様ですか?」
「ホシはもっと記号っぽく、クマはもっとまろやかに言ってほしいな。ま、君は僕のペットなんだから、僕のことはご主人様と呼ぶといいよ」
「はい、ご主人様」
メアリは従順に答えた。

「よし。ところで君の名前だけど、ご主人様である僕が決めてもいいよね。にく――」
「メアリといいます」
「肉べ――」
「メアリです!」
「メアリね。……あ、壁に耳ありメアリだね」

そんな奇妙な二つ名で呼ばれたことはない。
とはいえ、命名「肉べなんとか」をなんとか回避した少女。
ほっ、と息を吐いた。

「しかしメアリは歳の割にしっかりしてるよね」
「え」
「しっかり僕の大人の下ネタについてくるよね」

(褒められるのかなとか期待したわたしがばかでした)
しかし幼児性愛とかドSとかが大人の下ネタなのだろうか?
(まあ、子どもの下ネタではないですかね)
子どもの下ネタが何かはさておき。

「わたし、孤児なんです」
「? 孤児だと下ネタに耐性がつくの?」
「いえ、孤児で、十二歳なら、体を売っててもいい歳なので。お金持ちの幼児性愛者相手に。だから性的な知識というか、冗談とかは、ふつうより慣れているというか」
「ああ、なるほどね。けど僕の知ってる法律では、未成年の売春ってけっこう厳しく取り締まってたというか、保護されてたと思うんだけどな」
「一応、王国の法律だと売春は十五歳以上の成人から不問ってなってるみたいですけど、例のごとくあってないようなものですね」

たしか、国の第二王妃が、孤児の福祉のために積極的に活動している。
という話をメアリも聞いたことはあった。
シスター・アマリリスを通して。

(そういえば、あのときのシスター・アマリリスは妙に嬉しげというか……いつもと変わらない無表情だったのに、なぜかそんな感じがしましたね)

ともあれ、それが功を奏しているのか、メアリにはわからない。
少なくとも、メアリにその実感はない。
メアリはまだだったが、友人のソフィアはつい最近、体を売っていた。
ソフィアはメアリに比べて発育がよかった。
お金持ちの紳士というのは社会的地位もあり、問題は起こしたくない。
だけど性欲にはどうしても抗えない生き物らしく。
目立たず、継続的に、たくさんの子供を犯したい。
だからすごくやさしくしてくれるのだと、ソフィアが言っていた。
何か買ってもらえるかもと、楽しみにしていた子もいた。
不安に怯えながら、泣きながら、処女を売る子もいた。
実感がわかないまま、連れていかれる子もいた。
じつはあの孤児院の孤児で十二歳まで処女なのはけっこうレアだ。

(森に捨てるつもりの孤児の処女なら)
なおさら、さっさと売ってしまうべきだったのに。
(シスター・アマリリスはどうしてわたしを売らなかったのでしょうか)
売れなかったのか。
なにせさっき「おまえの体じゃ勃たない」とはっきり言われたばかり。
(だから捨てられたのですか……)

メアリが自虐的な思考にずぶずぶ沈んでいると、
「ところでお腹空かない?」
メアリのご主人様であるくまが言った。

(そう言われるとお腹空いてきました)
そういえば。
昨日眠る前にパンをひとつ食べて以来、何も食べていなかった。

「そろそろお昼でしょうか?」

昼でも森の中は薄暗い――と、そんなイメージを持っていた。
しかし実際、この森はまるで空気が光を帯びているかのよう。
街中のお昼みたいに明るい。不思議な森である。

「ちょうどお昼だよ」
くまは言い切った。
「わかるんですか?」
「当たり前じゃん」
不思議なご主人様である。

メアリは地面に置いていた背負い袋を取り上げると、
「どうぞ」
くまに向けて両手で持って差し出した。

「ん?」
そんな少女にくまは怪訝そうな声を出す。

「私はご主人様のペットになりました。つまり、私の持ち物はもうご主人様のものですよね?」
「あ、そういうこと? なんだか慣れてるね、君ぃ。ホントに初めて? ひょっとして、すでに誰かのペットだったりするんじゃない? ペットになってベッドの中でペッティングとかいろいろされちゃってるんじゃない?」
「わたしは処女です」
「……お尻のほうも?」
「処女です」
「お口のほうは?」
「…………」
「え、まじ!? お口でしたことあるの!?」
「あ、いえ、それはまだ……キ、キスのほうかと……」
「キスしたことあるの!? うそっ!? 信じてたのに! このビッチ!」
「こ、孤児院の子と、です」
「それって男?」
「女の子です」
「本気で?」
「遊びで、です」
「ならセーフ! セーフセーフ! ユー・アー・ノービッチ!」
「……恥ずかしいです」
「ク、ク、ク。自分で言い出したくせに」
(言わせたかったくせに……)
「さて、どれどれ――」

まっ赤になっている少女に袋を持たせたまま。
くまはそれの中身をゴソゴソやり始めた。

「パンばっかりだねぇ。ま、森が食料の宝庫とはいえ、やっぱり食べ物はたくさん入れておきたいよね。なかなか考えて荷物を用意してるね」

メアリの頭の中にシスター・アマリリスの美しい無表情が思い浮かぶ。

「でも、このパン硬すぎ。保存食なの? 絶対おいしくないでしょ、これ」
「硬くないパンなんて、この世に存在するのでしょうか?」
「何それ? 哲学的な質問? やわらかくないパンなんてパンじゃないよ。そんなの、こんがり焼いたトーストとか、メロンパンのカリカリ部分くらいしか、僕は認めないね」

メアリにはくまの言うトーストもメロンパンもわからなかった。
それでも、

「そういえば、お金持ちが食べる白パンというものがあると聞いたことがあります」
「少女か!」
「? それはわたしが幼児体型の幼女だとおっしゃりたいのですか?」
「いや、少女も幼女もいただきたいけど、硬いパンだけはいただけないな、とおっしゃりたいね。ドイツの人やフランスの人に謝れって言われても、僕は謝らないからね」
「はあ」

幼女、もとい少女は曖昧に頷くしかなかった。

そんなメアリを見て、何を思ったか。くまは、
「よし!」
と発すると、覗き込んでいた袋から離れた。
かわいい円筒形の手を何やら上下に動かすしぐさを始める。と、

ポン!

と、くまとメアリの間に白い丸っこい物体がふたつ、現れた。
ふたつの物体は宙に固定されているかのように、浮いている。

「ペットに餌を与えるのも飼い主の務め。さあ、お食べ」
「お食べって、それは食べ物なのですか? わたしにくださるのですか?」

白いものはツルツルしていて、なんとなく食べられる気がしない。

くまはそんなメアリのためらいを感じて、
「じゃあ、見ていたまえよ」
かわいい両手でふたつのうちのひとつを取った。

器用に白いものを剥く。
どうやら白いものは包みらしく、簡単に中のものを取り出せるようだ。

「いただきまーす」
言うと、くまは、白い包みの中のものにかぶりついた。

くまは喋るとき、顔の口にあたる部分が、もごもごと微妙に動く。
それは人が口を開いて話している感じではなく、まるでただの演出のよう。
しかしいま、くまの口は裂けるように大きく開いた。
そして、白い包みの中のものを食いちぎった。
ギザギザの歯がホラーでシュールな風である。

「うまうま」
と、くまはうまそうにそれを食べている。

メアリはこわごわ残りの白い包みを取った。

(温かい。これは……紙、ですか? でも、こんなツルツルでうすくて、きれいなものは見たことがないです。もしかして、お金持ちが使う、ものすごく高価なものなのでは……)

包みの口は軽く折られているだけで、簡単に開けることができた。
何か、得も言われぬおいしそうな匂いが鼻孔をくすぐる。
中にはたしかにパンらしきもの。それに、これは……
赤い、野菜? 茶色い、これは焼いた肉? 白い何かと、……ソース?
――らしきもの、が重なるように挟まれている。

ごくり。
メアリは二重の意味で唾を飲み込んだ。

「この糧を与えたまいし、貴女の慈しみに感謝します。どうか貴女の祝福が、わたしたちの心と体を支えてくださいますように」

メアリは食前の祈りをすます。
と、くまにならって、思い切って、それにかぶりつく。そして、驚く。
そのやわらかさ。こんなにやわらかいパンはこれまで食べたことがない。
それだけではない。
口いっぱいに広がる果物のような酸味と、肉の旨味とコクと。
それらを味わった瞬間に、

「ひぐっ」

少女の目から、どっ、と涙が溢れ出した。

(こんな、おいしいもの、食べたこと、ありません)

少女の脳裏に浮かぶのは、なぜかシスター・アマリリスの顔である。
自分を森に捨てたシスター・アマリリスの無表情な顔。
憎い。憎くて憎くてたまらない。
なのに。

「ひぐっ、ひぐっ」

この食べ物を、シスター・アマリリスに。

食べさせてあげたいと思った。

憎んで憎んで憎んで。憎み切れれば、どんなに楽だろうと思うのに。
何かあるたびに思い浮かぶのはシスター・アマリリスのことばかり。
特別やさしくしてもらったわけでもないのに。
むしろ、いつも冷たくあしらわれていたのに。
それでも。
文字を、読むことを、いろんなことを。
教えてくれたのはシスター・アマリリスだった。
いらないから森に捨てるくせに、背負い袋の中身を用意してくれた。

「ひぐっ、ひぐっ、ひぐぅっ」

殺したいほど憎みたいのに、死んでしまうほど恋しくて。
メアリの心はめちゃくちゃに引き裂かれてしまいそうで。

涙が止まらない。

「やれやれ、グルメなペットだなぁ。そんなに泣くほどまずかった?」

ベヒモスバーガーを、一口食べた瞬間、号泣し始めた少女。
くまは涙と鼻水でぐしゃぐしゃなメアリの顔を眺めている。
すると、せっかくの食事も台無しに見えた。

「ひっぐ、ひぐ、お、お、おいひっ、おいひぃ、れふぅ」

メアリは懸命に答える。
この食べ物のおいしさに、どんなに感激しているか。
必死に伝えようとする。

その想いは、はたしてご主人様に伝わったのか、
「そっか。なら食え、そして泣け」
まるでいじめっ子のように言う。

なのに。
泣いていい、と言われて。
食べていい、と言われて。

こんなに涙が出るのは、なんで?

「はひっ、はいぃっ」

「……君はドMなロリだったんだねぇ」

ベヒモスバーガーを食べた少女の涙は止まらなかった。

 

≪つづく≫

 

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