第20話 電子書籍はなぜ安くならなかったのか。

くまさんと出会った。
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「悲しいけど、これEPUBなのよね」

くまが少女に告げた悲しいお知らせとは戦争のことではなかった。

それは、どうあっても少女に漫画を読ませてはあげられない――
という本当に残酷な事実であった。

ノマ、ノマラ、ノマノラ、NMNL――
それすなわちノーマンガ・ノーライフ!

この世に漫画のない人生など――はたして想像できるだろうか?

それは本当に……、本当に、酷すぎる世界だ!!

漫画があることで、気持ちや生活が豊かになる。
漫画があることで、今日も笑って生きていける。

それこそが、最も偉大な真実の一つであるはずなのに……。

EPUB(イーパブ:Electronics Publication)とは――
電子書籍のファイルフォーマットである。

ファイルのあとにくっついてる「.epub」のことである。
他にも「.azw」「.pdf」「.zbf」などいろんな形式が存在してる。

――なぜ、いろんなファイル形式が存在してるのか?

そのファイル、私の端末じゃ読めないんですけど……。

なのになぜ……!?

それは電子書店さんが儲けるため――

独自のフォーマットで作られた電子書籍があり、
持ってる端末がそれしか読めなかったら、
そこを使い続けるしかなかったため――

電子書籍の黎明期、各社はこぞって独自のフォーマットを開発――
しかしその電子書店がサービス終了すると本が読めなくなるなど、
いろいろと不便さが目立ってきた。

そこでフォーマットの統一が求められ、出てきたのがEPUB!

……とはいえ、各社も開発費など回収せねばならず、
フォーマット統一はなかなか進まなかった歴史あり。

ある世界線では既に電子書籍フォーマットは
EPUBに統一されている――らしい。

そんなわけで――かは定かではないんだけども、くまもEPUB。

そう、くまの所持する漫画とは紙の本ではなくて電子書籍――
そう、お友達に貸したり借りたりすることはできない――

電子書籍なのだった。

「……お借りすることが難しいのでしたら、一緒に見させてはいただけないでしょうか?」
「それができないんだよね。これは電子書店さんが儲けることとはまったく関係ない事情なんだけど……」

くまの電子書籍とはコンソールで読むものだった。

くまの持つコンソールとは、純然たるこの世界の住人が
決して持ち得ないものであった。

要するに、この世界の住人はコンソールを知覚することができない。
つまり、触れることも見ることさえもできない。

結果として、まさしくこの世界の住人である少女に
漫画を見せてあげることはできない……。

くまは少女にそのことをご説明――

「そうなのですか……」
「まさに痛恨の極み!」

漫画を愛好する一人の漢(宅)として、
漫画を知らずして興味を示している、
それはもはや同志と呼んでも決して過言ではない漢(友)に対し、
まさか漫画をおすすめできない日が来るだなんて!!!

遠い異国のお友達に「今、○○ってマンガおもしろいよ!」

「――できないだなんて! 酷い!! 酷すぎるぅ!!!」

その無念といったら、斬魄! 我が魂を斬られる思い!

そして、その残念な気持ちは少女も共有するところ――

「…………」

しかしそれでもなお、メアリは諦めきれない様子であった。

メアリは懸命に、自分ではあまりよくないと思ってる頭を巡らせてみる。

勉強はソフィアの方ができた。メアリは勉強が苦手だった。

瞬間、少女の脳裏に思い出が過る。

『一般的な人が身長と腕の長さを合わせた地上2mの高さから殺人丸を160km/hで投げてターゲットAに当てたいとき、最も飛距離が出る最適打出角度はいくつになるかを答えなさい。ただし、空気抵抗は無視するものとします。――はいメアリ、わかりますか?』
『……シスター・アマリリス、そんな計算しなくてもパンしちゃえばいいと思います』
『メアリ、人はそんな羽虫をパンするように殺すことはできません。だから殺人丸を投げるのですよ。ではソフィア、わかりますか?』
『約44.7°よ。ただし、到達高度が約50.9m、滞空時間が約6.38秒もあったら余程うまくやらなきゃ、そんなの避けられちゃうわ。まず投げるところを見られないようにしなきゃだし、そしたらこっちからターゲットも見えないわけだし――何か隠密系か感知系の術を使う前提なのかもしれないけど。あと、一般的な人は殺人丸を160km/hでは投げられないわ。一般人の定義をあなた基準で話すのやめていただけます?』
『的確な意見ですね。さすがソフィアです。あなたは天才ですね』
『……くぅ』
『!? だ、大丈夫よメアリ! あなたならパンしちゃえばいいだけなんだからね! さすがメアリ! メアリ天才! ね? ねっ! ……ちょっとシスター? 余計なことを言うのはやめていただけます???』

(シスターに褒められても得意げになったりせず、むしろダメなわたしを慰めてくれる――本当に出来た子です。もしここにソフィアがいてくれたら、きっと冴えたいい方法を思いついてくれるはずなのですが……)

けれど、ここにソフィアはいない。
だから、ソフィアになったつもりで、自分で考えてみるしかない。

この少女――読んだことのない読み物があると聞いて、
そうそう簡単に諦められる少女ではなかった。

――少女が考えてる間に、ここでところで?

電子書籍ってどうして当初思ったほど普及しなかったんだろうね?

まあ一番にあるのは紙の本に比べてそんなに安くないからだよね。

なぜ、安くならないんだろうね? まあ電子化にもコストがかかってるし?

でも、それを踏まえても、
流通、印刷、在庫管理の費用が抑えられる電子書籍は、
紙の本の三分の一くらいの値段にはできたはず――

なんだって!?

でも、それやっちゃうと、もはや紙の本は売れなくなるよね。
すると本屋さんがもっと少なくなって、なくなっちゃうよね。
困る人もたくさん出てくるよね?

本屋さんで実物の本を見て選ぶ楽しみとかあるもんね!

……そういえば、電子書籍は作家さんの応援にならない
って話もあったな。

電子書籍の売り上げは重版などにつながる評価としては
あまり重要視されていない――みたいな話。

実際には、そんなこともないらしいんだけどさ。

印税的には電子書籍の方が作家さん的には
むしろおいしいらしいし。

購入者としては
『今電子書籍を購入するともれなく紙の本のおまけが付いてくる!』
みたいなノリが嬉しいところ。

でも、それだと本屋さんがマジやばー、か。逆ならどうだろか?
『今紙の本を購入するともれなく電子書籍のおまけが付いてくる!』?

個人的には電池が切れると読めなくなっちゃうのもね。
まあ実際にはそんな事態はあんましないかもだけども。
不安感だけはどうしても拭えないのがでかいんだよね。

スマホはちゃんと20%になってから
80%までしか充電しない派だからさ。

こうして過充電、過放電を避けると電池が長持ちするみたいよ。
あと、ながら充電も電池の劣化を早めるんだって!
注意しようね!

「……では、こういうのはどうでしょうか?」

さて、そんなこんな言ってるうちに
少女の考えもまとまったみたい。

「うんうん、何でも言ってみて。もはや君にマンガを読ませてあげられる可能性は限りなくゼロに近いとはいえ、マンガを諦めないその意気やよし! 同志が納得するまでいくらでも付き合う所存が僕にはあるんだかねっ☆」

そんな少女に意外にも鷹揚に応じるくまである。

漫画の時間を邪魔されて不快には
ならないのだろうか?

いいえ、漫画は人を優しくできる。
主人公と共に読者もまた成長する。
人もくまも成長する。

努力、友情、勝利――からの成長!

ああ、邪智暴虐の王だってこんなにも丸くなるんです。

――……漫画って本当にいいものですよね!

そして、少女はよく考えた末に思いついた提案を述べる。

「さきほどの鏡にマンガを映してはいただけないでしょうか?」
「ん? それはさきほど君の淫らな紋を映した魔法~の鏡~! のこと?」

少女の提案に、くまはアイテムボックスから再度
魔法の鏡を取り出しつつ答える。

「ちなみに、この鏡には世界で一番美しい女を教えてくれるという非常に便利な副機能がついているよ! 鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだ~れ???」
「それに答えるには、世界の定義を条件付けしていただく必要があります。狭義の意味ですか? それとも広義の意味でしょうか?」
「え、何その返し、めんどくさっ! じゃ狭義の意味で」
「でしたら、それはマリリンですね」
「なんと!? ぜひお会いしてみたいマリリン!」

などと、遊び始めてしまったくまだったけれども――

「おっと、そんなことを言ってる場合じゃあなかったんだよね? ――この鏡にコンソールに表示したマンガを映すってこと? いいけど――、見える? ほらほら見えてる?」

と、くまが両方のお手々を鏡に向けて突き出すしぐさをする。

どうやら少女の要請を聞き入れて、
コンソールを鏡に映してくれている様子。
しかし、この世界の住人たる少女にコンソールは見えない。

無論、見えないものはたとえ鏡に映したとしても見えなかった。

「ほらほら、どう? 見えてる? ほらほら」
「あ、いえ、そういう意味ではなくて」

くまの再三の「ほらほら」に「いやいや」で答える少女。

「すみません。言葉が足りませんでした。えっと――」

出来る少女は否やの後にはすぐに自分の否を謝罪する。
そうして生まれる僅かな間に次に発すべき言葉を探す。

(ソフィアはまさにそうしていましたよね……)

「えっと、さきほど、ご主人様はわたしの背中をこの鏡に映してくれましたよね?」

普通、一枚の鏡に背中を映そうと思えば、鏡に背中を向けねばならない。
すると、鏡に映った自分の背中を見ることはできない。

――いや、首を思いっきり捻れば見えるかもだけど、
見にくいことこの上ない。

さっき、少女は正面を向いたまま
鏡に映った自分の背中を見ることができた。

それができたのはくまが何らかの方法(魔法?)を用いて
鏡に少女の背中を映してくれたからだった。

「うん、コンソールのカメラで写してね。それを鏡に映したわけね!」

さっきはいきなりタトゥーの衝撃が大きすぎて、
それには驚けなかった少女だけれど、
これってふつうにすごいことだった。

感動が遅れてやってきたパターンだった。

――ちなみに、鏡が普通に喋ってるのも
普通に凄いことだった。

「わたしには詳しくはわかりませんが、そうしたみたいにマンガを鏡に映してもらうことはできないでしょうか?」

しかし、今の少女はマンガマンガだった。

「…………」

――……ああ、もの寂しそうにするんじゃないよ鏡よ鏡、鏡さん!
あなたの凄さはもはや世界中のみんなが知っている!

ああ、こうして人は知らず知らずのうちに
鏡(他人)を傷つけてしまうもの……。
パリンしてギザギザハートにしてしまうララバイ。

そんな鏡さんにも人を丸くする漫画を!
いえ、今の鏡さんにマンガマンガは禁句でしたね。

これが後にあのような事件の禍根となってしまおうとは……。
未だ誰も知らない。

――……って、え? いや、ホントに誰も知らないよ!?!?

閑話休題。

漫画のために懸命な少女にくまも感銘を受けているぞ。

何とかしてこの少女に漫画を読ませてあげたい思いが
ふつふつと湧いてくる!

……でも、無理なものは無理なのである。

くまはそれを少女に告げなくちゃいけないのである。

ああ、神はそれをこの愛らしいくまのぬいぐるみにさせようというのか!
幼気な裸の少女に告白させようとしているのか!
なんとも残酷な仕打ちじゃないか!!

そのくまの胸中、もはや咬牙切歯といって大げさじゃあない。
興奮なんかしていないんだからねっ――たぶん。

「……本当に、本当に残念なんだけどメアリ君、それをするにはもう一つコンソールが必要なんだ!」

歯噛みせんばかり説明するくま。
忸怩たる思いからか、その口振りもなんだか
言い募るみたくなっちゃうよね。

「そのコンソールでこのコンソールに表示するマンガを写してデジタルデータにしてこの鏡にまさにミラーリング……ん?」

そして、くまはついに気づいた!

犯人は現場に戻るということに!

「いや、これEPUBなのよね! すでにデジタルデータなのよね!! この鏡にまさにミラーリングすればいいじゃんね!!!」

ミラーリングとは、お手持ちの端末に表示されている画面を
他の画面にも表示させる機能である。
スマホの画面をテレビに映したりできるそれそれぇである。

「ははは、この僕としたことが! なんという視野狭窄! ゼロに限りなく近い可能性とは、無限大のことだったんだね! そのことに気がつくとは――メアリ天才!」

ひとに自分の好きな漫画を紹介できる――
その無上の喜びにくまは打ち震えてる。

少女の顔もパッと輝く。
くまに褒められたのが嬉しいのもある。

――孤児とは真に褒められることのない生き物だ。

「すごいね」「えらいね」

言葉だけなら大人は子供に簡単に言えるだろう。
されど、それはただ会話の中の流れでしかない。
ゆえにその言葉にとくに愛情は含まれていない。
そのことを子供は敏感に察している。

「うちの子は天才だ!」

確かに親バカかもしれない。だが、
子供を愛情から褒められるのは、
やはり親をおいて他にはいない。

一緒にいられて幸せだよ。大好きだよ。
生まれてきてくれてありがとう。

それは存在を丸ごと肯定してくれる無条件の褒め。
子供は愛情を強く実感することで自己肯定感を得られるのだ。

ゆえに、少女はくまに褒められて嬉しかったのだけど、
もっと嬉しいのは――

「ご主人様、それはつまり!?」
「君は、マンガを読める!!!」

こうして、ようやく少女は漫画を読めることになったのだった。
はたして、何を読むのだろうか……

――楽しみだね!

 

≪つづく≫

 

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