涙の食事を終えたメアリの顔はぐしょぐしょ。
ソースに気をつかう余裕もなかったのだろう、口まわりはベタベタ。
「ひどい顔だねぇ」
と、くまに言われて、メアリは顔を赤くした。
くまはコンソールを操作する。と、
宙に、ぽわん、と。
水のボールが出現した。
「それで顔を洗うといいよ」
くまに促されて、メアリはほとんどためらいなく、球体から水をすくう。
ばしゃばしゃ、と顔を洗った。
ついでにベヒモスバーガーの包み紙についたソース汚れも慎重に洗った。
「……そんなゴミ、洗ってどうするの?」
くまはそんな少女を不思議に思い、尋ねてみた。
「ゴ、ゴミ? このすばらしい紙が、ゴミ?」
メアリは目をまん丸にした本気の驚き顔でくまを振り向く。
「え。中身食べ終えたら、ゴミだよね、ふつう、燃えるゴミだよね? ちょうどいま、魔法で跡形もなく燃やそうと思ってたんだけど」
少女の驚き顔に、こちらも驚いた声音で答えるくま。
手に持ったままの包み紙をひらひらと示す。
「やっ、やめてください! 燃やすくらいなら、わたしにください!」
勢い込んで少女が訴える。
「……べつにいいけど。こんなのとっといてどうするの? てか、その『やっ、やめてください!』はもっとエロい場面で聞きたかったよ」
くまは、もっとエロを、と訴えている。
「……いい詩が浮かんだら書き留めて、保管します」
「ぷぷっ! ポエムって、少女か! 少女だけど!」
くまのひとりボケツッコミに、メアリはさらに頬を赤く染めた。
「ですが、この紙はホントにすごいですね。ほらほら。水をはじきます。すごく薄いし、ツルツルしてるし、本当にすごいなぁ」
メアリはうきうきと包み紙を洗い終える。
丁寧に折りたたんで大事そうに背負い袋の中にしまった。
「……僕はなんだか君の将来が、とっても心配になってきたよ。そんな紙一枚で、やすやすと股を開くような女にはならないでよね」
「大丈夫です。こんな貴重な紙を持っているのは、きっと相当なお金持ちかご主人様くらいなものです」
「じゃあさじゃあさ、もしもその相当なお金持ちに、『もう一枚、その紙あげるから、いまここで股を開け』って言われたらどうする?」
「…………」
「んんん、考えないで! いや、開いちゃダメだからね! そんなことで少女のM字開脚を披露しちゃダメゼッタイ! もちろんビッチにはビッチのよさがあるんだけど、汚れなき無垢な少女も大変貴重なものなんだからね!」
「それが、ご主人様のご命令なら」
「ふぅ、やれやれだぜ」
そんなこんなのやりとりを終えて。
改めてくまに向き直った少女の顔は、元どおりキレイになっていた。
表情もどこか晴れ晴れして見える。
とはいえ目は充血してまっ赤になったままだったが。
顔もいくぶん羞恥の赤みを残したままだったけれど。
「……しかしマニアックな恰好だよねぇ、それ」
くまは改めてメアリの頭から足の先までつぶさに観察した。
とくに足の先をしげしげと眺めていた。
完成された裸体の少女。しかしそれは完全なる裸ではない。
「裸にクツだけって、新しくない?」
何が新しいのか、メアリにはわからない。けれど、
「クツも脱がないとだめでしょうか?」
聞いてみた。それに対してくまは、
「いや! そのままで! そのままでイこう!」
力強く言い放つ。
「いやいや、裸にクツ、いいよ! 何かこう、心の中のイチモツにグッとくる感じがする! これ、くるんじゃない? 新しい波が。停滞したフェチ界に。裸ニーソみたいに裸ズック的な!」
うんうん、とひとり何かを納得しているくま。対して、
「……ご主人様がよろこんでくださるなら、それで」
ペットのメアリはそう答えるしかない。
せめて瞳に冷たい意思を込めて。
「え、ちょっと待って、そんな目で見ないで、心の中のイチモツがピクンピクンしちゃうよ。いや、建前としては、クツがないと足をケガしたりして危ないでしょ?」
「ええ、わかってます。ちゃんと、わかってますから」
「わかってる? ホントにわかってる?」
「はい」
「僕が基本的にはSであり、たまにならMもいいってこと、ホントにわかってる?」
「みなまで言わないでください」
「ヒトは心に二律背反する想いを常に抱えているものなのさ」
「ゆがんだ性癖をカッコよく言わないでください。まるで正義と悪の心みたく言わないでください」
そこでメアリはひとつ息を吐く。
裸にクツ。それはなんだかとっても。
全裸よりもよほど恥ずかしいような気がするのだけれど。
でも、クツを脱がなくてもよい。
という許しは、メアリにとっては喜ばしいことに違いない。
それは少女が羞恥に濡れるMだから、ではない。なぜなら。
このクツもシスター・アマリリスが用意してくれたものだったから。
孤児院では孤児たちはみんな裸足だった。当然メアリもそうだった。
森の地面に落ちる枝や石でメアリの足が傷つかないように。
シスター・アマリリスが気遣ってくれたのではないか。
(……シスター・アマリリスは、どうしてわたしを森へ送ったのでしょうか? いらない子を捨てるだけなら、荷やクツを準備する必要があるでしょうか?)
子どもを捨てる罪悪感をやわらげるため、とも考えられる。
だがそれだけで、高価な魔石のランプなど用意してくれるものだろうか。
(……何か理由があって、わたしを森へ送ったのだとしたら?)
その理由はなんなのだろう?
森へ行くと聞いた瞬間には、考えられなかったけれど。
また捨てられるという思いで自暴自棄な気持ちになっていて。
捨てられる理由など聞きたくないと思っていたけれど。
それでも。
(聞いておくべきだったのかもしれません)
何か理由があったとしたら。
(本当に何か理由があったとしても、あのシスター・アマリリスが話してくれるとも思えませんが)
それを知れば、少しは救われる?
シスター・アマリリスを憎まなくていい?
(ただの希望的観測かもしれませんが)
いままでに食べたことがないような、おいしい食事にお腹が満たされた。
くまの言葉に心が少し軽くなった。
おかげで物事を冷静に考えられるようになってきているのかもしれない。
メアリはひとり黙考する。そうだといいな、と考える。
その様子をじろじろと嘗め回すように見ていたくまは、
「いや、いいね。いいよ、君! 裸ズック!」
まだ言っていた。
「……ご主人様は、わたしの裸を見て、うれしいのですか?」
メアリは再び意識をくまに向けて尋ねてみる。
「そうだなぁ」
くまは「うーん」と唸って、少し考えてみる。
「さっきはエレクトしないなんて言ってしまったけども、裸ズックにはけっこうムクムクきたし、土やソースで汚れた顔が洗われたことによって気づいたけど、君、じつはけっこう美少女だよね」
くまはつぶらな瞳でメアリの顔をしげしげと眺めながら続けた。
「裸ガントレットとか、裸鉄仮面とか――いろいろやってみたらさ、ひょっとしたらこれからの育成次第で、いつかズキューンに出会えるかもしれないよね!」
「……つまり?」
「僕は君の裸を見て、うれしいってこと」
くまはグッと、丸っこい手を前に突き出す。
立てる親指がないのがもの足りない感じだ。
それを聞いたメアリは、
「なら、よかったです」
恥ずかしげに頬を赤く染めながらも言う。
「え? え? なになに? ひょっとして、もうデレ期に突入するの? メアリちゃんは。僕は、攻略難度ゆるマンのキャラでも遠慮なくいただいちゃうよ。キツくなきゃもえない、なんて言わないからね。待って待って、いま心の中のイチモツの準備を……」
くまはよろこんでいるのか、あわてているのか。
短い両腕をパタパタと踊らせている。
「さっきの言葉にうそはありません」
メアリは言う。
『ご主人様がよろこんでくださるなら』
ご主人様のために。
何か、自分にできることがあればいいなと思う。
おいしい食事を与えてくれた。すばらしい紙を与えてくれた。
でも、それだけじゃない。
泣いてもいいのだと、食べてもいいのだと。
好きに生きてもいいんだよ、と。
言ってもらえたような気がしたのだ。
このご主人様に。
攻略難度ゆるマンのキャラを遠慮なくいただいちゃうような。
このご主人様に。
そんなつもりが本当にあったのかは、わからないけれど。
「おいしいお食事とすばらしいものをお恵みくださって、ありがとうございます。ご主人様」
メアリは深々と頭を下げる。
再び上げられた彼女の顔には、屈託のない少女らしい笑顔があった。
とびきりの笑顔で裸ズックな美少女の。
神聖不可侵なる姿が、そこにはあった。
「ズキューン!」
くまは思わずズキューンした。
期待したいつかの未来は意外と早く、たったいま、訪れたのだった。
≪つづく≫
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