第17話 後悔しないためならサイコパスにでも私はなりたい。

くまさんと出会った。
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「――陛下~、ご飯よ~? メアリ陛下~??」
「……はいぃ」

さきほどから、ホームの方からくまの呼ばわる声が聞こえてくる。
湖の前で膝を抱えた裸体の少女は、覇気のない声でそれに応じる。

くまがワールド辞典なるデータベース(?)で画像検索を行った結果……
少女の限りなく臀部に近しい背部に浮き彫りとなった紋様は
淫紋ではなく、王紋――アークライト王国・国王の印であることが判明。

当然のごとくショックを受けた少女は、
昨日に引き続いて茫然自失の態となる。

それから、またまたくまの許しを得て、
湖の前であれこれとお昼まで思い悩み、
――そうして、現在に至ることになる。

昨日はソフィーリア・エーテルハイド・アークライトという、
仰々しい自身の本当の名前を知らされて――
その姓に王国の名を冠することから『わたしはお姫様なのでしょうか』
とか、夢見る少女みたいな当てもないことを心に思った。

それが今日になって、
少女の幼気な背中にいきなり
でかでかとド派手なタトゥーを刻まれ――

『お姫様じゃないよ、淫魔だよ。いや淫魔じゃないよ、国王様だよ!』

(って、もう本当の本当に何がなんだかわかりません……)

――だった。そりゃそうだった。

くまの調査によると、この森は「聖域」「試練の地」「召喚獣の森」――
いろんな呼び名がある。

四大国の王位継承権者は、ここを訪れて王の証たる王紋を得る。
森に立ち入ることを許されしは王位継承権者のみ。
王位継承権者とはまさしく現王の直接の子供のみ。

(王様の子供なのにどうして孤児なのでしょう?)

どうして捨てられてしまったのでしょう?

さまざまな疑問がメアリの心に浮かんではくれど、突き詰めればそれ。
そして、想像してみるに、ろくな答えが見い出せない。

すなわち――

(きっと王位をめぐる骨肉の争いみたいなことに違いありません)

きっとそうに違いない。きっとそうなら……、

シスター・アマリリスはメアリを捨てたわけじゃないのかもしれない。

シスター・アマリリスがその王位をめぐる争いに関与していたとして。
ならば何らかの目的があって、メアリを森へと送ったはず。

それは、ただ捨てるのとは違うはずだ。
メアリは必要とされているはずなのだ。

その目的が何なのか、いくら考えてみても分からないけれど。
そう思えるだけで、少女の気持ちは明るくなった。

それは、あるいは自然な光が降り注ぐこの場所のためなのかもしれない。
不思議な明かりが満ちていた、鬱蒼とした巨樹の森の中で。
広漠たる湖が広がるこの場所は、枝葉の天蓋に覆われていない。
それは白い雲が穏やかに流れる、青いお空が見えるということ。
お昼の太陽の光がとっても気持ちがいいのだということ――。

(王国には確か王子様がいたはずです。その王子様が次の王様になるのなら、わたしはやっぱり邪魔者のはずです。王国にいたら、きっとそんなあれやこれやに巻き込まれてしまうのかもです……)

いずれにせよ、そんな争いごとに巻き込まれるのはごめんだった。
絶対に森から出たくないです、と少女は願った。

シスター・アマリリスも、メアリは『長い時間を、あるいは生涯を』
森で過ごすことになる――と言っていた。

(……シスター・アマリリスはひょっとして、わたしをそんな争いから逃がしてくれたのでしょうか?)

そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
だけど――だったらいいな、とメアリは思ってる。

そんなふうに少女の気持ちが前を向こうとしていた矢先のことであった――

「陛下~、お昼ご飯の時間よ~? メアリ陛下~?? めんどくサッキュバスメアリ陛下~???」
「……はいぃぃぃ」

ホームの方からくまのご機嫌に呼ばわる声が近づいてきて。
湖の前で膝を抱えた少女が、消え入りそうな声でそれに答えるのは――

少女の、前を向こうとしていたその気持ちもそれで百八十度方向転換。
改めて、今度はものすごい勢いで後ろを向いて進み始める――

(人はなぜ後悔するようなことを言ってしまうのでしょうか……)

後悔しない人生を送りたい? そんなものは幻想である。
なぜなら脳は後悔を感じるようにできているからである。

脳には眼窩前頭皮質という部位があり――、
人はそこで後悔を感じるようにできている。

その証拠に眼窩前頭皮質を損傷すると人は後悔を感じなくなるそう。
医学的にそれは精神病と診断され――
ときにはサイコパスと呼ばれる人格が形成されることもあるという。

後悔しないためならサイコパスにでもなりたい?
イエス! サイコパス! ノー? サイコパス?

しかし後悔とは、本来人が生きる上で必要な能力なのだ。
後悔とは、過去の失敗を悔い、そして改めることなのだ。
後悔とは、失敗を活かして、次につなげていくためのものなのだ。

すなわち――めんどくサッキュバスメアリの失言を、
少女は人として乗り越えねばならぬのだ!

「陛下~? めんどくサッキュバスメアリ陛下~?? いずこにいらっしゃるのですかぁ~???」

嬉々として呼ばわるくま。
その様や、好きな子をいじめる小学生――あるいは社会人の如し。

そんなあなたはS! あるいはDVやモラハラ予備軍になる可能性や高し。
本気で嫌がるあなたはNだと安心してるかもだけどやっぱ隠れSかもだし。
ひょっとして私のこと好きなのかも! って喜ぶあなたはMの素質秘めし。

人は必ずしも好きだからいじめるわけじゃなし。
自分の存在を周囲に知らしめたいだけだし。
べ、別にあんたのことが好きなわけじゃないしっ!

てか、櫻子櫻子言わないでほしいし、私は花子様派だし。

――いずれにせよ、注意されたし。

さて、今の少女の心中を察することができようか。

冷静になってふと思い返してみると――
なぜ、あのときあんなことを言ってしまったんだろう?
と、いうことは往々にしてあるものだ。

それは思春期を迎えた少年少女たちなら尚のこと。
あれ? 待って。
あのときは妙なテンションになって変なこと口走っちゃったけど、
え? あれ? あれって、めっちゃ恥ずかしい!?

てか、めんどくサッキュバスメアリって何?

そういうこと。

めんどくサッキュバスメアリって誰!?

そういうこと!

「めんどくサッキュバスメアリ陛下~???」

それすなわち、少女のこと。

(ああ……!)

今すぐにでも、勢いよく、目の前の湖にフルダイブ!
そのまま、ずぶずぶと沈み込んでいってしまいたい。

「あ、いたいた、めんどくサッキュバスメアリ陛下!」

そうして、今も湖の底でほくそ笑んでいらっしゃる悪魔を。
めんどくサッキュバスメアリ陛下をひっぱたいてやりたい!

水鏡の金髪ロリがニヤリする幻影をメアリは確かに見た――
気がする。

「もぅ~、探しましたよぉ~めんどくサッキュバスメアリ陛下! こんなところにいらっしゃったんですかぁ、めんどくサッキュバスメアリ陛下!! いよっ、めんどくサッキュバスメアリ陛下!!!」
「くふぅぅぅ」

抉る、抉る。くまが少女の真新しい古傷をガシガシと抉る!

少女のちっちゃな胸の奥にある
心の傷に真っ赤な血が滲むのを
メアリは確かに感じた――
気がする!

真っ赤な血を流せるわたしは、
めんどくサッキュバスメアリ陛下なんかじゃないんだもん!
そのはず!

――いや違うぞ、少女よ。ああ、少女よ。
めんどくサッキュバスメアリから逃げちゃダメだ。ダメなんだ。
めんどくサッキュバスメアリとちゃんと向き合わなきゃいけないんだ。
そうしてイタイ自分もちゃんと受け入れることで人は成長できるのだ!

少女は羞恥の呻き声をあげ、傍らに来たくまを見上げる。
人の字を描く愛らしい口元が憎たらしくニヨニヨしてる。
黒い円らな瞳が嫌らしくキラキラと輝いている。
何の悪意もない首元を飾る赤いリボンさえ人を小馬鹿にしているようだ。

くまは完全に楽しんでいる。この羞恥プレイを楽しんでる!

「さっ、ホームに戻りましょう、今日のランチはピサーラのピザ、照り焼きチキンですよっ、めんどくサッキュバスメアリ陛下ぁ?」
「うわぁぁん」

もはや限界であった。少女は湖へフルダイブした!

「させるかぁ! フォース・オブ・リパルジョン」

くまが呪文を唱えた。少女の裸身は湖面に生じた反発力によって弾かれる。

「もう、わんぱくなんですから、めんどくサッキュバスメアリ陛下ったら☆」
「うわぁぁん、もはや、うわぁぁい!」

昼下がりの森の湖畔で見られる、陽光を浴びて輝く美しい飛沫は、
跳ね返る湖の水滴か、はたまた少女の涙であったか――、

くまはめんどくサッキュバスメアリ陛下を青空のトランポリンで
しばらく弄んだ。

 

≪つづく≫

 

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