第15話 正直、男子は女子のタトゥーをどう思っているのか。

くまさんと出会った。
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「ところで君、サキュバスだったの?」
と、くまは言った。
「……サキュバス?」
サキュバスとはなんだったかと――、
少女は記憶を辿ってみる。

サキュバスに魅入られた一兵卒の青年が立身出世を果たす――
そんな物語を読んだことがあった。

(わたしが、そのサキュバス? あのサキュバス……)

昨日は自分が王族かもしれないと告げられ――。
今日は自分が淫魔かもしれないと告げられ――。

なんだかもう、自分が誰なのか、よくわからなくなってくる。

「わたしは人間です」

そんなアイデンティティの危機に抗うかのように、
少女はくまに答えを返す。

「でもねぇ君ぃ、淫紋が浮いているよ。見られてびしょびしょに濡らして、淫紋が浮いているよっ!!!」

誤解なきよう物事を正確に述べるならば、少女は穴を見られる羞恥に――
額を汗で濡らしていたのである。

「ご主人様、わたしのどこに淫紋が浮いているのでしょうか?」

メアリは自らのおへその下を確認してみる。
しかし、くまの言うような痣も模様もない。

「その裏側だよ」

その裏側といえば背中側……、そこは限りなく臀部に近しい背部である。

「ひょっとしてご主人様はその紋様を確認するために、わたしの後ろに浮いてくれていたのでしょうか」

だとしたら……、メアリは自らの言動を省みる。

(ご主人様はわたしを心配して、その印を調べてくれていたというのに)

「ううん。僕は君のアナを覗こうとしてただけ。そのついでにこの印を見つけただけ」
「…………」

――だった。そんな気はしていたのだった。

「どんな模様なのでしょう?」

メアリはできる限り首を捻って、自分の背中を見ようとしてみるが……、
当然それを見ることはできない。

「うん、これがまさに淫紋! って感じなんだな。翼の生えたハートが王冠を戴いているこの感じ」

まさに淫紋っていう感じ! ――と、くまが繰り返しその有様を形容する。
そう言われれば、メアリも十二歳の女子である。俄然気になってくる。
お年頃の女の子の身体にわけのわからない紋様が突然浮き出してきたのだ。
気にならないわけにはいかない。

(…………)

いや、そもそもくまの言うその印は「突然」出てきたものなのだろうか?
人間、自分の背中を見る機会なんてそうそうあるものではない。
じつは生まれたときからついているものに、今初めて気がついたのかも。
でも、それなら孤児院で唯一仲の良かったソフィアが教えてくれたはず。
お互いの背中を拭き合いっこしていたのだ。
ソフィアが気づかないわけがない。

「あの、ご主人様、その紋様はいつからわたしの背中にあるんでしょうか?」

思えばメアリは昨日からくまの前で裸身をさらしたまま過ごしているのだ。
いまやメアリの裸に一番詳しいのはくまであるはずなのだ。
そう思えば、また羞恥の感情が湧き上がってくるのを感じずにいられない。
されどそこはぐっと堪えた。

「今朝からだよ。昨日は君の身体にこんなものはなかったな。キレイな身体だった」

その言い方だと、すでに穢されてしまったみたいで違和感を覚える。
確かに昨夜はくまとベッドを共にしたが――てか、
少女がくまの金髪ロリ美少女ベッドだったのだが、
メアリはいまだ処女のままである。

「気になる? 見たい? 見せてあげよっか?」

そう言って、くまは何もないところから、一枚の姿見を取り出した。

「これは……、鏡ですか?」
「そう、鏡」

鏡にメアリのあられもない貧相な裸体が映っている。

(これでどうやって背中を見るのでしょう?)

背中を映して、首を捻れば、ぎりぎり見えるだろうか。
メアリは鏡に背中を向けようとして――

「はい、そのまま、そのまま」

それをくまが制止した。
それからくまは再び少女の後ろにすーっと移動する。
すわまた穴を覗かれるのかとメアリは身を固くする。
しかし、その変化はすぐに起きる。

「あ、鏡にお、……臀部が映りました」
「おでんぶて。おいしそうだよね、ちくわぶ」

そう、鏡に映し出される像が変化したのだ。
少女の貧相な裸体から、やはりこちらも肉付きの薄い狭間に。
少し割り広げれば隠れている桃花色の蕾が覗けそうな狭間に。

「ご主人様が映しているんですか?」
「そう。う~ん、マンダム」

長々と映し出される自らの小さなヒップのアップに。
どんどん顔が熱くなってくるのをメアリは感じてる。

見たいのはもう少しだけ上の部位のはずなのだけど。
像は臀部に固定されたまま動かない。……動かない。

動かない。

「……あの、ご主人様、もう少しだけ上の方を映していただけないでしょうか」
メアリはそう、くまに懇願する。
「そう? もう少しだけ、この羞恥プレイを楽しみたかったんだけど……、致し方なし」

くまがそう言い終わると同時、ようやく像は動いた。
少女はいよいよ、その見たかった部位――
限りなく臀部に近しい背部を確認することができた。

「…………」

声にならなかった。
そこには確かに翼を生やしたハートが王冠を戴いていらっしゃった。
その羽を思いっきり広げていらっしゃいましたとも。

「……もう、」
「え?」

少女の膝から力が抜けた。心がポキリ折れてしまった。

人間、視覚情報から得られるインパクトというものは殊の外でかい。
話に聞いたときにはとくに何とも思わなかったのに――
実際、見てみれば「これはひどい……」という経験は、
誰にでもあるだろう。

たとえ自分の知らない本当の名前に王国の名前が入っていようが。
ふつう自分では見ることのできない背中に淫紋が入っていようが。

見えなければ大したことない。
まだ耐えられる。

アイデンティティの崩壊から目を逸らし続けていられる。

でも、これはダメ……。

それはそこに確かにおわす。思ったよりも派手に刻まれている。
しかもなんで淡く妖しい感じに光っていらっしゃるのでしょう?

幼気な少女の小さな背中に広々と翼を広げて。なぜか王冠まで戴いて。
偉そうにして。もう、いっそのこと玉座を足してくれても構いません。

いや、そうしたらそうしたで、より大きな衝撃が少女を襲っただろう。
それは間違いない。
しかし、そんなの些細なことだと思えるほどに、
少女の心のメーターは振り切れてしまっている。

「…………」
「…………」

メアリは床にへたり込み、言葉を続ける気力もない様子。
くまもさすがに察していた。

幼気な少女の背中に淫紋が
――単語を言い換えるなら「刺青」が刻まれてしまったのである。

さらに単語を言い換えるなら、それは「タトゥー」である。
若い女子の中にはタトゥーを入れたがる者もいる。
それはファッションなのだ。決意を新たにする儀式なのだ。
そう言う者もいる。

だが、実際はどうか?
タトゥーを入れた若い女子もやがて歳を取り、母となろう。
そのとき彼女は自分のタトゥーをどう思っているのだろう?

一方、男は女子のタトゥーを正直どう思っているのか。

え、タトゥー? へー、いいじゃん。かわいいじゃん。
真に受けてはいけない。それはただのエクスキューズ。
男は女子のタトゥーに昔の男の影を見てる。
バックで決めるとき背中のマリア様がこっちを見てる。
正直萎えると彼は語る。

そんな事の重大さを認識し直せば、さすがのくまも気休めは言えない。
ただただ黙って少女の背中を見つめるほかない。

やがてメアリがそっと口を開いた。

「……サキュバスだから、捨てられたのでしょうか?」

くまはその呟きにも似た言を聞いて、

「え、そっち?」

少女の煩悶の方向を見誤っていたことに気づく。
さりとて、少女が懊悩している事実に変わりはない。
くまはかける言葉を慎重に選ぶ。

「大丈夫! だって君がサキュバスなら親もサキュバスのはずでしょ? サキュバスの親が、生まれた子がサキュバスだからって理由で子供を捨てたりなんかする?」

くまにしては気遣いの感じられる答えが返る。
されど、ささくれ立つ少女の心はそれに反駁。

「ひょっとしたら母親がサキュバスで、そのことを隠して人間の男の人と恋に落ちて、そのまま結ばれて出産――のちサキュバスの正体が夫にばれて、人の世界にいられなくなった母サキュバスは、子サキュバスを孤児院に捨て魔界へ……」
「想像力豊かか!」

くまのツッコミが炸裂する。それでも少女の顔は曇ったまま。
今にも泣き出してしまいそうではないか。

……むくむくしちゃう。
だって、Sなんだもん。

「大丈夫! 背中に派手なタトゥーがあったって、公衆浴場に入れなくなるだけじゃない!」
「公衆浴場なんて……ソフィアが初めてのとき体を洗うのを手伝いに、一緒に連れて行ってもらった一回だけなのに……あれはとても気持ちがよくていいものだったのに……もう二度と入れないだなんて……」

少女の目元が痙攣してる。うるうるきてる。

むくむくしちゃう……!
だってドSなんだもん!

ちなみに、ある国ではタトゥーは昔、罪人の証であった。
近代に入り、罪人へのタトゥーは禁止された。
しかし、マル暴が組織への忠誠を示す証として使い続け。
周囲に威圧感を与えるとして、公衆浴場が出禁に。
だが法的根拠は弱く、その正当性は法令の解釈によるところ大。
じつは銭湯はOK、温泉はNGとの話も。
とはいえ、これはそれぞれの施設の判断によるところ大。
なので必ずしもそうなっているわけではない。
されど、タトゥーはファッションや民族的風習の場合も。
よって入場禁止を緩和する流れが今後広がっていくかも?

「――だって! 大丈夫だって!」
「でも、大人になって結婚して子供が生まれて、一緒に公衆浴場に行ったら、周りの人にジロジロと変な目で見られて、ママ、なんでみんなママのこと見てるの? って子供に聞かれたりしたら……」
「いや、だから想像力豊かか!!」

少女のネガティブモードが過ぎる。
なんだかもう、めんどくさ過ぎる。

「わかった! わかりました! じゃあ僕がその紋様が何なのか調べてあげる!」

いよいよくまはそう言って――、
コンソールをメアリの背中の紋様に向けて構え直した。

「どうするのですか?」
メアリが首だけでくまを振り返って聞く。
「その紋様を写して画像検索してみる」

「写す……それは偉い人の肖像を絵画に写すみたいなことなのでしょうか?」
少女は疑念を眼差しに込めて、くまに尋ねている。
「まあ、そんな感じ。理解が早くて助かるよ」

「それは絵画のようにずっと画が残るものなのでしょうか……もしそうならわたしの限りなく臀部に近しい背部が一生ご主人様の手元に残ってしまうのでしょうか……そして私が何かおイタをしたときなんかに一般公開されてしまうのでしょうか……」
少女は絶望に濁った瞳でくまを見てる。
「リベンジポルノか! わかったよ! この画像は残さないって心の中のイチモツに誓うから! てか、めんどくさ! ネガティブモードのメアリ、ホントめんどくさっ!」

「めんどくサッキュバスメアリとお呼びください。今後ともよろしく……」

めんどくサッキュバスメアリはなかまになった。
めんどくサッキュバスメアリは儚げにそっと目を伏せた。
めんどくサッキュバスメアリはMAGが足りない。

「めんどくサッキュバスメアリ長っ! めんどくサッキュバスメアリめんどくさっ! てか、もはや何もうまいこと言えていないよ!? 大丈夫か!? ここ大丈夫なのかっ!?」

いよいよ少女の精神もギリギリか。ギリギリアウトか?
その横顔につーっと一筋心の汗が伝う。

そこでカシャリ。Sとしてのタイミングやよし!
しかし泣き顔は含まれていないSとしての忸怩!

――そんなわけで、
少女の限りなく臀部に近しい背部が画像として納められた瞬間であった。

 

≪つづく≫

 

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