第11話 暇を持て余した神々の遊戯が再び行われているのか。

くまさんと出会った。
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森の空気が朝の光を帯びていく。
生物たちが目覚め、あるいは眠りにつく、静謐なとき。
そんな森の中、不自然に賑やかな場所がある。

その騒ぎは前日の昼間に持ち上がった。
いま、そこには多くの森の生き物たちが集まっていた。
夜を過ぎて、なおも騒ぎは続いている。

最初に集まってきた生き物たちは、大きなマナの力を感じ取ったのだ。
それはベヒモスのジョージが放った特大火炎弾のもの。
そしてくまの使った魔法の波動。

森の武闘会の特訓だろうか、と彼らのいくらかは考えた。
……いや、違う。
一部の生き物たちはすぐその違和感に気づいた。

このマナ凝縮量と属性変化――ベヒモス族代表ジョージの技に違いない。
しかし、だとすれば、これはおかしい。
彼ならば、特訓の際、きちんと森を傷つけない場所を選ぶはずである。
ジョージの実力と紳士的な性格は、森ではよく知られていた。
では、突発的な戦いだろうか。

森の生き物は殺し合いを厭う――

とはいえ、小さな諍いがまれに戦いに発展することはある。
だが、あのジョージに限ってそれも考えにくい……

直後。
先を凌駕するほどのマナ圧縮と解放。
事象としては爆発が起きているはず。
もし、これが命あるものに直撃していたとしたら――
生物たちそれぞれの肌に衝撃と怖気が走った。

一番気になるのは――誰がこれほどの膨大なマナを操ったのか。
その魔力は明らかに既存のどの森の生き物よりも卓抜していた。
もし既存の生物ならば、森で知らない者はいないであろう力の持ち主。
覚えがないということは、新たにこの森に発生したのだろうか。
おそらくは、森の武闘会上位者に匹敵するか、それ以上……
現に、先の一撃以降、交戦していたと思われるジョージの反応がない。
爆発を起こしたと思しき謎の生物の追撃もまた、なかった。

まさか、たった一撃で? 前回大会三位だった、あのジョージが?

彼らはすぐさま駆け出した。そして、その場所に辿り着く。
そこはたしかにくまとベヒモスのジョージが戦った場所であった。

集った森の生き物たちの輪の中心には、大小二頭の魔獣の姿。
ジョージの妻ジョセフィーヌ、子ジョナサン。
ベヒモス母子の姿があった。

奇妙な生き物とジョージがその場から消えたあと、彼女らは悟った。
夫の、あるいは父の死を。

絆の糸がぷつりと断たれたような感覚。

それを感じたのは彼女らばかりではない。
ベヒモス族の者たちが一度にそれを知る。
その証拠に。
もっとも早くこの場に駆けつけたのは、やはりベヒモスたちであった。

『ジョセフィーヌ、何があった?』

ジョセフィーヌは集まってくれた同胞たちに事情を説明した。
その間にも続々と集結してくる森の生き物たち。
その話は伝言ゲームのように皆に伝わっていく。

『あたしたちもよ! 殺された者がいるわ!』『我々の同胞にもだ!』『たしかにマナを爆発させる技を使っていた!』『くまだ! だいなまいと・ほし・くまと名乗っていたよ!』

あたりは俄かに騒然となった。

『ジョージさんが一撃で殺されただと!? ばかな!? 森の武闘会三位の実力者だぞ!?』『いや、犀竜の群れもひとつまるごとやられているらしい』『信じられん。くまとはいったい何者だ?』『とにかく至急集会を開くべきじゃ、あのふたりに知らせを送らねばなるまいて』

足の速いユニコーンが数頭、サンダーバードが数羽。
相談し、それぞれの方角へ走り、また飛んでいった。

――こうして森に夜が訪れ、再び朝がやってきたのだ。

その間、森の生き物たちの代表者、その群れの者たちが集まり続けた。
百種の森の生き物の代表と、その群れが集えば、数は優に千を超えた。
そんな生き物たちは眠ったり、夜通し語り合ったり。
思い思いに集会の開くときを待つ。
そして――

「待たせたな」

巨大な木々の枝葉の天蓋にジョージの火炎弾があけた大穴から。
大きな影がひとつ、舞い降りてくる。
生き物たちは輪の中心を広げるように動き、その影を迎えた。

土の上に降り立った影は、鳥の翼に獣の顔を持つ怪鳥だった。
他者を威圧するように口の両端から覗く、大きく長い牙が特徴的である。

「遅くなりました」

怪鳥の登場と、ほぼときを同じくして。
輪の中心に進み出たのはかえるの騎士とでも呼ぶべき生物。
右手にはランス、左手には水玉を持つ。
声は水玉から聞こえてきた。

「きたか、レヴィアタン、湖の貴婦人よ」
「ええ、ごきげんよう、ジズ、天上の歌い手」
「いつものことだが、天上の歌い手はやめてくれ。セクウィと名で頼む」
「では私もエヴィータとお呼びください」

獣の顔が歪み、水玉から怜悧な声が響く。

「やれやれ、礼儀とはいえ、毎度面倒なことよな」
「しかし礼儀は大事ですからね」

森の生き物たちはそのやりとりに注目した。
開始の合図はない。
しかし、森のナンバーワンとツーがそろい、集会はいま始まったのである。

「まずは聞きたい」

怪鳥、セクウィはベヒモスたちの集う一角に顔を向けた。

「ジョージが殺されたというのはまことなのか?」

ベヒモスの集団から一組の母子が進み出て、母のほうが黙って頷いた。
瞬間――

「クケェェェェェェェェェッ!」

怪鳥が甲高く鋭い鳴き声を上げる。
声は森の木々をざわめかせ、生き物たちの身体をこわばらせた。

「落ち着きなさい、セクウィ。皆が怖がっていますよ」

水玉からの怜悧な声が怪鳥をいさめる。

「エヴィータ! これが落ち着いていられるか! 我が友! 森の武闘会で幾度も拳を交え、友情を確かめ合ってきた我が戦友! つぎの大会こそは必ずその栄誉を手に入れてみせる、とさわやかに言ったあいつが殺されたというんだぞ!?」

怪鳥は雄叫びを上げるかのごとく続け、森の空気を震わせる。

「落ち着いて、セクウィ。あなた、拳なんかないじゃないの」

そこで水玉から怜悧なツッコミが入った。

「うぉおおおおお! では喰らってみるか、我が拳を!」

怪鳥がその長大な翼を広げ、ぎゅるっと握り込むように縮めると。
それはまるで拳のようなかたちとなる。

「あ、ヤバ。これ、マジなやつだ。いつもなら『ふはははは。漢はみな心の中に、握りしめた拳を持つ生き物なのだ!』とか、冗談で返してくるところなのに。これ、マジなやつだわ。あなた、戦闘態勢用意」

水玉からの声が、かえるの騎士に言う。
かえるの騎士が身構え、場が一気に緊張し、張りつめた空気が弾ける――
かと思われたそのとき。

「ふたりともやめてください」

ジョージの妻、ベヒモスのジョセフィーヌが静かに制止した。

「いまやあなたたちのケンカを、いったい誰が止められるでしょう。あなたたちの本気の戦いを止められる唯一の者、私の最愛の夫ジョージは、もはやこの森にはいないのですよ」

ふたりは凍りついたように動きを止めた。
彼女の言葉を聞き、

「……すまない、ジョセフィーヌ」
「あなたが一番つらいのに……。そんなことを言わせてしまって本当にごめんなさい」

怪鳥も水玉の主も冷静さを取り戻す。
場にホッとした空気が流れた。

「――しかし信じられん。いくらベヒモスが暇を持て余した神々の遊戯よりのち、群体化によりその真の力を封じているとはいえ、たったの一撃で葬り去られようとは」

仕切り直すように再び怪鳥が口を開いた。

「そうですね。とはいえ、群体化の強みもたしかにありますが、私たちのように個のまま力を封印していれば、真の力を部分開放できますからね。そうたやすくは敗れなかったかもしれません」

かえるの騎士の左手から水玉の声が返す。

と、

ジョセフィーヌの傍ら、ベヒモスの子がこちらを睨んでいるのに気づいた。

「言っておくが、決してお前の父を侮っているわけではないぞ、ベヒモスの子よ」
「ええ。ジョージはベヒモス族のなかでも、とくに優れたベヒモスでした」

怪鳥と水玉がいたわるように声をかける。
ベヒモスの子――ジョナサンはぎゅっと顔を俯けた。

「そのジョージを殺した者とはどのようなものなのだ?」

怪鳥の問いを皮切りに、

「くまです!」「あたしたちの同胞も殺されているのよ!」「マナを爆発させる技を使います!」「他の生き物を殺すなんて信じられない!」「どこから来たんだ?」「どんな姿かたちをした生き物なの?」「森で新たに発生したのか?」「いや、外界からの侵入者かも!」

各所から情報や疑問が噴出した。

「待ちなさい。順番に、まずは情報を整理しましょう」

水玉の声が促す。

森の生き物たちは互いに譲り合いながら、知っていることを話し始めた。
やがて、ジョセフィーヌを筆頭にくまを知る者たちの情報が出揃った。

「うむ。たしかに、森に新たな命が発生するのはそう珍しいことではない。しかし、そのくまという者は『他の生物を殺さず』という森の生き物ならば誰しも本能的に知っている森の禁忌を犯している。ゆえに森由来の生物ではあるまい」
「そうですね。そして『食べるために殺す』と言っているのも気にかかります。それは外界の生き物たちの性質だったはずです」

くまは生き物をタベル――
くまは生き物を殺す――

車座となっている生き物たちがざわつく。

「いやっ! わたし殺されたくない!」「おれだって!」「私は子供たちを殺させるわけにはいかないわ!」「妻と子供たちをくまから守らなければ!」「だが、俺たちに勝てるのか?」「あのジョージさんが殺されているんだぞ!」「我々が束になったところで……」「えーい、やってみなけりゃわからんぞい!」「えーん、お父さんとお母さんが殺されたらやだー!」「いったいどうすれば……」

騒がしくなった集会の中心で、怪鳥と水玉は話を続ける。

「まず殺しをやめるように説得するしかあるまい」
「しかし言ってやめるでしょうか? おそらくはその者、食べなければ死んでしまう生き物ですよ。殺しをやめろと言うのはすなわち、死ねと言うに等しいことではありませんか」
「だが、奴のために我らが殺されてやるわけにもいくまい」

そこで「ふぅ」と息を吐く水玉の主。

「つまりは、やる、ということですね」
「それしかあるまい」

怪鳥が鼻息荒く言い放った。

「私たち森の者が他の生き物を殺すなど――女神様のお怒りに触れますよ」

水玉の主はそのことを案じる。

「女神様はもう何百年も、我らの前にその美しい姿を見せてはくれん。我を罰するためにそのご尊顔を現わしてくださるなら、それもまた一興だとは思わんか?」
「女神様ならばお姿を現さなくとも、あなたを罰することくらいできるでしょう」
「ふはははは。そうなったら、そうなったときよ!」

怪鳥は周囲の不安を吹き飛ばすかのごとく、豪快に笑った。

「で、まずはどちらが説得に赴きますか?」
「なんだ、結局主もやる気になっとるではないか」

にやり。怪鳥が牙を剥いた。

「勘違いなさらないで。私は本当に、まずは話し合いをしてみるべきでは、と考えているんです」
「ふん。それをあのジョージがしなかったと思うのか? 無駄なことよ」

水玉の主はしばし黙るほかない。そして続けた。

「ジョージが殺されたことを鑑みて、私たち合同でその者に対処すべきではありませんか?」
「それは我の流儀に反する」
「……言うと思いました」

怪鳥の頑なな姿勢に、水玉からため息が漏れた。

「だいなまいと・ほし・くま、か……」

ふいに怪鳥が、いま脅威となっている者の、その名を呼んだ。

「……主は、くまが遊び神だと思うか?」
「……そうは思いたくありませんが」

可能性は高いでしょう。水玉の主はその言葉を飲み込む。
されど、その思いは怪鳥には伝わっていた。

「なれば、その者を打倒するのは我らには不可能やもしれぬな。もしや、暇を持て余した神々の遊戯が再び行われているのか?」

怪鳥は呟くように、

「また、神々が早く飽きてくれるのを祈るしかないのだろうか……」

遠い昔に想いを馳せるように、言った。

「いずれにしても、女神様の号令がなく、私たちのいずれも召喚されていない現時点では、暇を持て余した神々の遊戯が再び行われているとは考えにくいのではありませんか?」
「神の暇潰しのため、召喚されては殺し合いをさせられ、死ねばまた甦らされ、再び召喚されてはまた殺し合い……いくら我らが神々の駒とはいえ、あの果てしない闘争の日々をいまの世代には経験させたくはないものだが。戦いはたまに力試しくらいがちょうどよい」
「それは言っても詮無きこと。私たちは私たちのできることを――生きていくしかないのですから」
「……違いない」

諦観まじりの水玉からの声に、怪鳥も頷くしかなかった。

「さて。では、まず我がくまの説得に向かうとするか。皆の話から被害の出ている方角はわかった。じつはそちらにはピサーラたちの群れがいくつかあるはずなんだが……足の速い奴らが一群れもこの会議に集まっていないのが気にかかっていてな。無事でいてくれればよいのだが……」
「セクウィ、くれぐれもお気をつけて」
「ふん。主の出番はないわ、エヴィータ。ナンバーワンは棲み処の湖でどっしり構えておればよい。つぎの森の武闘会で我がその座を奪いにいくまで、な。ふはははははは――」

森の生き物たちが見つめる中、怪鳥はひとつ大きく羽ばたいた。
そして力強く舞い上がり、枝葉の天蓋を突き抜けていった。

 

≪つづく≫

 

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