おじいさんのランプを改めて読もうと思ったのは、もちろん、受験に出るらしいと聞いたからだ。しかし、こうして新たに読み直してみると、最近、私はおじいさんと似て非なるような体験をしていたことを想起した。しかも、おじいさんが十年、二十年とかけて得た経験を、私はたったの一日、二日で。さて、これは一体どういうことか。順を追って振り返っていきたい。
まず、おじいさんのランプとは、おじいさんが孫に聞かせる昔語りである。おじいさんの名前は巳之助といって、日露戦争の頃、十三歳の孤児だった。村の人たちの手伝いをすることで、どうにか村に置いてもらっていたが、いずれは何かで成功したいと、そのチャンスを窺っていた。私も前に書いた読書感想文から『かわいいは正義』という、この世界の残酷な真理を一つ学んで以来、可愛くなるための美容整形手術を受けられる方法を探っていた。
巳之助はあるとき、人力車の先綱を引くアルバイトで初めて町へ。そこで、商店一つ一つを明るく照らすランプを目撃、強い感動を覚える。それを契機に巳之助はランプ屋を始めるのだが、私もこの頃、投資の授業で興味を持ち、美容整形手術を受けるには多大な費用が必要だし、始めるなら早いに越したことはない、とネット証券の口座を開設。そしてある日の登校後、席に座って朝の会の時間を待つ私の後ろで、男子たちがしゃべっている話がそれとなく耳に入ってきた。「絶対、予約注文しとけって」。また新作ゲームか何かの話かしら。男子って本当に子供よね。「100株でも200株でもいいからマジで、マジでくるから」。株だった。男子はとっても大人だった。そのときの男子の話を要約すると、ここ一週間ほどチャートであやしい動きをしている株があり、彼の経験から察するにどうやら仕手が入っている様子、たぶん今日明日あたり爆上がりするぞ、といった感じ。株初心者の私には何を言っているのかよく分からない部分の方が多かったが、物は試しに自分の端末で銘柄をチェック。してみると、その株はなんと美容関連の会社のもの、株主優待もあるではないか。これは何か良い兆しに違いない、と早速予約注文。
一方、巳之助の商売は初めのうちは流行らなかった。ランプが行灯よりもずっと明るく便利なのは間違いなかったが、人間、古いもので事足りていると、なかなか新しいものには手が出しにくい。私の買った株も、午前中はとくに目立った動きはなかった。1時間目が終わり、2時間目が終わり、休み時間の度に値動きをチェックしていたが、さして変わっていなかった。ところが前場の終了間際、ちょうど4時間目前の休み時間に異変は起きる。なんと、いきなりのストップ高。そしてそれ以降、株価は天井に張り付いたまま、その日の取引終了時間を迎えることに。そう、まるで、巳之助が機転を利かせ、仕入れたランプを無料レンタル、からのその便利さが人々に伝わり、商売は軌道に乗って、家も建て、結婚し、子供も二人生まれたが如くに。
しかし、順調なのもここまでだった。ついに電気がやってきたとの知らせが、巳之助の耳にも入ってきたのだ。他方では、翌日の前場もなんだかんだで高値をキープ、美容整形手術を受けて可愛くなるのも、もはや時間の問題かしら、くしし、などとルンルンきぶん状態でいた私の耳にも、次のような知らせが。「あの株、ちゃんと前引けで売ったか? 後場はもう暴落するぞ」。そんな馬鹿な。巳之助も私もそう思った。電灯が、ランプよりも一段進んだ文明開化の利器である事実は巳之助も理解した。給食の時間中、慌てて端末をチェックして、寄り付きの気配値がすでに絶望的な水準にある事実を私も把握した。前の前の読書感想文でも学んだとおり、理想の上司になるためには、いついかなるときにも冷静さが必要だ。ところが、どんなに利口な人でも、自分が職を失うか、つまりは収入を失うかどうかというときには、物事の判断が正しくつかなくなることがある。巳之助は、村に電灯を引くことが決まったと聞いて、村会で議長を務めた区長さんを怨んだ。私も男子を激しく憎悪した。巳之助は区長さんの家に火をつけようとした。私もあまりのショックで5時間目の体育を休み、保健室で休ませてくださいと嘘をついては教室へ取って返し、バッテリーの自然発火を装って男子の端末を燃やしてやろうと画策した。
家を出るとき、巳之助はマッチを探すも見つけられず、結局、火打の道具を持って区長さんの家へ。しかし、火打の道具ではなかなか火がつかず、カチカチと大きな音ばかりして、これでは寝ている家人を起こしてしまう。巳之助は舌打ちをして「古くせぇものはいざってとき間に合わねぇ」と繰り返し呟くうち、はたと気づく。ランプはもはや古い道具となり、電灯という新しい道具が普及し始めた。それだけ国が進んだことを喜ばなければいけない。古い自分の商売が失われそうだからといって、何の怨みもない人を怨んで火をつけようなど、見苦しい。古い商売がいらなくなったなら、その商売はすっぱりやめて、何か世の中のためになる新しい商売に変わろうではないか。そんな巳之助に私も共感を覚える。教室へ戻ってきた私は、男子のロッカーの前へ。徐に、懐からソーイングセットを取り出すできる女子よろしく、取り出したるはお手製ピッキングセット。そして、いざロッカーの鍵を解錠して、中にあるはずの端末を燃やしてやらんと、ヘアピンピックを鍵穴へ差し込もうとしたところで、はて、鍵穴が見当たらない。そう、男子のロッカーはなぜかスマートキー。周りはみんな、百均の鍵を使っているのに、なぜかここだけスマートキー。さすが、株で儲けているだけあって、セキュリティは万全だった。もしも私がどこぞの三世であれば用意周到、電子ロックもなんのその、この大仕事をきっとやりおおせたに違いない。しかし私は、私の祖父母から見た、ただの三世。スマートキーの偽造までは準備が及んでいなかった。くっ、古くせぇものはいざってとき間に合わねぇ。道具も情報も、古くせぇものはいざってとき間に合わねぇ。
ちなみにAIによる概要によれば、仕手とは、莫大な資金力をもって短期的に大きな利益を得ようと株価を操作する男子や投資家やファンドなどを指し、そうした投機的な取引対象となる株式を仕手株といって、素人が手を出すのはあまりおすすめできないんだそう、みんなも、IQ139の娘さんも気をつけなはれや。
その後、巳之助はランプ屋を廃業して、本屋になった。私も、これできっぱりと株はやめた。だって、株価を気にして授業中にそわそわしたり、その値動きに一喜一憂したりして、大切な勉強を疎かにするようでは話にならない。やはり、堅実に。巳之助おじいさんのように世の中のためになるには、真面目に授業を受けて、勉強して練習して勉強して練習して勉強してまた新しいネタを作って練習して、高学歴芸人を目指すしかない。
きっと今これを読んでいる先生は、損しちゃったね、馬鹿しちゃったねと言われることだろう。私も、うん損しちゃった、うん、馬鹿しちゃった、そう考える。でもね、これだけは言わせてほしい。と、私は膝の上で端末をぎゅッと握りしめ、私の株のやめ方は、自分でいうのもなんだけど、なかなか立派だったと思うよ?
後日、男子たちがまた後ろでわちゃわちゃと話をしていた。「よーし、じゃあ株で儲けたこの金で、ボケモンカードを大人買いしに行こうぜ!」。ふっ、やっぱり男子って子供ね。内心で苦笑を漏らしつつ、ちょっぴり大人になった私はこう思う。これからの時代は、仮想通貨よね。
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