本作の副題は『司書になるためには手段を選んでいられません』、まさに司書という職業に就く道の険しさを端的に示している。本好きの下剋上の読書は、「わたしの将来の夢は司書さんになることです!」といった一般レベルの本好きな私に、「司書さんになるためには断固たる決意が必要なんだ!!」と、こないだの社会科見学のとき、地元の図書館司書さんが休憩中の裏話としてこっそり教えてくれたように、ファンタジー世界とリアル、それぞれで司書になることの厳しさを改めて悟らせてくれた。
主人公・本須麗乃は、著者も本書のプロフィール欄で認める通りの変人レベルの本好きで、大学図書館への就職も決まっていたが、自宅書庫にて読書中に地震が発生、傾いた本棚からこぼれ出した大量の本に埋もれ、その命を落としてしまう。ところが、死したはずの彼女の意識は、異世界の病弱な五歳児マインの中に転生する。早速、異世界の本を読もうと、いかにも貧しそうなマインの自宅を探索するも見つからず。街の市場でようやく一冊の本と出合うが、それは没落貴族の質草で、手に入れるのが非常に困難な高級品だと知る。どうやら、この異世界の文明レベルは中世ヨーロッパ並といった感じで、本の普及率は極めて低いらしい。それでも本を諦められない麗乃は、本がなければ、自分で作ればいい、と紙作りから始めることに。こうしてマインの、司書になるための奮闘劇の幕が上がる。
以上が本作の簡単なあらすじだが、これだけの情報ですでにファンタジーな異世界で司書を目指すことの困難さが、容易に察せられてしまうだろう。一応、どういうことなのか掘り下げてみると、まず、本の普及率が低い世界に図書館はあるのかしら? 甚だしく少ないとはいえ本がある以上、図書館がまったくないとは言い切れないが、その存在は極めて希少だろうなと想像できる。さらに、本が一般化されていない世界では、そこに暮らす人々の識字率も当然高くない。一例を挙げると、マインの父親であるギュンターは街の南門を守る兵士をしているのだが、よそからやってくる人達の名前を読んで書ける程度の識字レベル。愛娘であるマインに冷めた目で見られ、ムッとした彼が言うに、『農民だったら、村長くらいしか字が読めないんだから、父さんは十分すごいんだ』。そんな異世界で図書館司書になるための努力とは、如何なるものか。
第一に、木から安価な紙を発明するところから始め、本を作り、それを一般に広く普及させるとともに、人々の識字率を上げ、やがては本を収集・整理・保存する図書館を建設、それを適切に管理・運用する司書という職業までをも自ら創出して、ようやくその職に就く……想像を絶する覚悟がいる。
きっと現代知識チートやら成長チートやらを駆使し、国政を司る地位にまで上り詰め、最終的には主人公が司書になる夢を見事叶えるような、そんな物語になるんだろうな……と、先の展開を読まずにはいられなくなってしまうわけだが、ともあれ、本作の主人公たるマインはその空前絶後の努力を惜しまずにやろうとしているのだから、はてさて、尊敬すればいいのか、呆れればいいのか、判断に迷ってしまう。
さて、ここまでで、ファンタジーな異世界で司書になるためには、このような一念発起、一意奮闘が必要となってくるのだなと理解できたが、では、現実世界においてはどうだろう? さすがにここまで大変じゃないよね?
なぜなら、私が暮らす現実世界の国においては、国民の識字率はほぼ100%、年間7万冊もの書籍が出版され、図書館の数にしても全国で3300館以上、人口当たりの蔵書数は世界第4位となり、世界的に見ても図書館が充実している国だといえる。まさにマインの暮らす国とは雲泥の差があり、これなら図書館司書になるのもさほど難しくはないように思える。
ところが、私に裏話をしてくれた司書さんは言う。
「確かに、図書館司書になるのはそれほど難しくないわね。でも、司書を続けていくのはなかなか大変」
――それってどういうことですか?
「とにかく給料が安くて、生活が苦しい。それに安定性がない。司書って非正規雇用が7割を超える職業で、よほどタイミングと運がよくなくっちゃ正規で働くのは難しい。そして、非正規には契約期限があって、いつまで同じところで続けられるかわからない。だから、期限が近づいてくるとモチベーションだって下がってきちゃう。とりあえず、司書で一生食っていくつもりなら、正規職員にならなきゃダメ。大学で司書資格をとったら、遮二無二、新卒採用を狙って。それで正規職員になれなかったら、司書は諦めたほうがいい。諦めたらそこで試合終了ですよ……? 私も言ってあげたいけれど、ここで司書を諦められなかったら、人生という、もっと大切な試合が終了してしまうからね。従って、司書以外の将来の夢もちゃんと考えておいて。むしろ、司書は第二志望。間違っても司書だけを目指して、非正規雇用で働いちゃダメだからね!」
――なるほど。
私は本好きの下剋上を読んで、私も結構本が好きだから図書館司書になれたらいいな、と安易に考えていたけれど、しっかりと現実を見据えなければならない。
私がこの話を聞いて思ったのは、とりあえずお金さえあれば、たとえ正規の職員になれなくても、非正規職員でずっと図書館司書を続けていくのも可能なのだということ。そのための準備としてまず、高給な職業に就く必要がある。高給取りと聞いて真っ先に思いつくのは、やはり政治家だ。そうだ。私は将来、政治家になって、給料を貯金しつつ、総理大臣を志す。そうすれば、もう図書館では働いていけない……、このような現状をも変えられるかもしれない。仮にもし状況を変えられなかったにしても、議員時代に貯めたお金で生活費を補いつつ、非正規として好きな仕事をずっと続けていけるだろうし、総理になって今よりもずっと多くの司書が正規職員として働ける国を作れれば、私も正規の司書として再就職できるに違いない。これで、この国で図書館司書として働くことを諦め、労働条件の良い海外の図書館へ、貴重な人材が流れていくのを防げるはず。さらには、その図書館に詳しい経験豊富な司書が足りなくなり、延いては近い未来、この国の教育においても悪影響を及ぼすかもしれない問題も、きっと解決すると私は信じる。
本書においては、マインの幼なじみとなる近所の男の子ルッツが、自分の将来について思い悩む場面があった。この世界の子どもは七歳になると見習いとして働き始め、将来の職業を定めることになるのだが、ルッツは親や兄弟達と同じような仕事に就くのが嫌で、街を出て、いろんなところに行ってみたいと、旅商人に憧れを抱いている。しかし、実際に元旅商人の話を聞いて、その厳しい現実を知り、折衷案として、取引で別の街へも行くことができる商人見習いを志す。
今回の読書を経て、私もルッツのように、自分の将来を見つめ直すことができた。すなわち、第一志望は総理大臣、第二志望は図書館司書。
まずは政治家から総理となって、図書館司書の労働条件を改革する。改革を為した暁には、司書として再就職し、マインのように、大好きな本に囲まれた素敵な日々を目指すのだ。
オヤジ……、私もやっとできたぜ、ダンコたる決意ってのができたよ。
つぎの本の返却と貸出のついでに、安西(仮名)司書さんにお伝えしようと私は思った。

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